東京高等裁判所 昭和29年(ネ)2320号 判決 1955年7月06日
控訴人(原告) 桑原一子
被控訴人(被告) 国
主文
原判決を取り消す。
控訴人に対しなしたる昭和二十一年三月二十九日附国籍回復許可の無効であることを確定する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す、控訴人に対する昭和二十一年三月二十九日附国籍回復許可の無効であることを確認する。若し右請求が許されないときは、右国籍回復許可による戸籍の記載は消除すべきものであることを確認する、若し右請求も許されないときは、控訴人の有する日本国籍は同人が日本人の妻となりたるにより取得した日本国籍であることを確認する、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張は、控訴代理人において「(一)、控訴人が日本の国籍を離脱したのは昭和二年六月十七日である。控訴人の父七松は和歌山県新宮市佐野に住み控訴人は同県海草郡本脇村に住み互に疎音であつたところ、七松は次女秀子が昭和十八年三月水谷一雄と事実上婚姻し同年九月二十一日長男誠が出生したが日本国籍なきため婚姻届に支障を来しているものと信じ日本国籍の回復許可を申請するに至つた。その際右秀子の姉妹である控訴人及び三女永田安子の名義を冒用し一括して日本国籍の回復の許可申請をしたもので、控訴人らの全く知らないところである。(二)、仮りに、国籍回復許可の無効確認が許されないとすれば、無効の許可に基ずいてなされた戸籍の記載は法律上許されないものでこれを訂正する必要があるが戸籍法第百十三条により家庭裁判所の許可を得てなしうるものでなく同法第百十六条により確定判決によりなすべきであるので、右記載の消除すべきことの確認判決を求める法律上の利益を有するものである。(三)、仮りに右請求が許されないときは、控訴人の有する日本国籍は日本人の妻となりたるにより取得せられたものであつて、控訴人はこのことにつき確認を求める法律上の利益を有するものである。蓋し控訴人は既に述べた如く、日本人収容所に収容され周囲の日本人に強要されてアメリカ合衆国の国籍を離脱したけれども右は強要によるものであつて、本来無効である。右離脱が無効である限り、控訴人はアメリカ合衆国の国籍を有し、日本人の妻となり日本国籍を取得してもアメリカ合衆国の国籍を喪うものではない。控訴人は二重国籍を有するので、国籍法第十条により日本の国籍を離脱し得るのであるが、若し前記国籍回復許可が有効であるならば、これによりアメリカ合衆国の国籍を喪う旨規定する同国法(一九四〇年国籍法第四章第四〇一条a項)によりアメリカ合衆国の国籍を喪つて日本の国籍を取得したのであるから、その後の婚姻によつて日本の国籍を取得してもこれを離脱しえないのである。されば両者は日本国籍であつてもその成立の時期を異にするのみならず効力においても差異があり両立しえない全く別個の国籍であるから、控訴人の日本国籍は婚姻による日本国籍たることの確認を求める法律上の利益がある。」と述べ、被控訴代理人において「控訴人の日本の国籍の離脱が昭和二年六月十七日なることは認める。控訴人の父垣下七松が控訴人の不知の間に国籍回復許可申請をなしたことは否認する、その余の右(一)の事実は不知であると述べたほか、原判決事実摘示と同一であるのでこゝにこれを引用する。
(立証省略)
理由
控訴人が日本人である父垣下七松と毋同はるえの長女として大正七年十月二十一日アメリカ合衆国カリフオルニヤ州において出生し、日本の国籍及びアメリカ合衆国の国籍を取得したが、昭和二年六月十七日日本の国籍を離脱してアメリカ合衆国の国籍のみを保有するに至つたこと及び控訴人がその後昭和二十一年八月二十一日日本人である桑原正明と婚姻しその旨戸籍簿に記載されていることは、当事者間に争のないところである。
控訴人は第一次請求として「昭和二十一年二月二十六日控訴人名義で日本国籍回復許可の申請がなされ、これに基ずいて同年三月二十九日和歌山県知事より国籍回復の許可があり、控訴人は日本国籍を回復したものとして同県新宮市佐野九十九番地に一家創立した旨戸籍簿に記載されているが、右許可は無効なる」旨主張しこれを原因として右許可無効の確認判決を求めるので、先ずこのような訴が許されるか否かにつき、考えてみる。控訴人の右請求は、その主張に照せば、右国籍回復の許可が無効であつて、これにより控訴人が日本の国籍を取得するものでないことを主張し右許可により発生する法律関係の不存在を主張しその確認判決を求めているものと解するのが相当であつて、いやしくもこのような法律関係の存否につき控訴人において確認の利益を有するならば、これが確認訴訟の目的となりうることは明らかである。唯本件においては、控訴人は右主張と同時にその後控訴人が日本人である桑原正明の妻となつたことを主張し(この事実は当事者間に争がない)、当時の国籍法(明治三十二年三月十六日法律第六十六号)第五条第一号によれば、外国人が日本人の妻となつたときは日本の国籍を取得する旨規定されているから、控訴人主張の国籍回復許可がかりに無効であつても控訴人が現に日本の国籍を有することについては毫も変りはないから、この限りにおいては右国籍回復許可の有効無効は現に控訴人が日本の国籍を有することに何らの消長を及ぼすものではない。従つていやしくも控訴人において現に日本の国籍を有する限り、右国籍回復許可の無効の確認を求める利益はないものといわねばならない。しかしながら、現行国籍法第十条によれば、外国の国籍を有する日本国民は日本の国籍を離脱することができる旨規定されているので、控訴人がアメリカ合衆国の国籍を有する限り控訴人は日本の国籍を離脱することができる法律上の地位にあるものというべく従つて、控訴人が外国の国籍を有するか否かは控訴人の利害に影響のあることであり、しかもアメリカ合衆国の国籍法において婚姻による外国国籍の取得はアメリカ合衆国の国籍を喪失せず自己の志望によりて外国国籍を取得した場合はアメリカ合衆国の国籍を喪失する旨定めていることが明らかであり、加うるに、日本国の裁判所において国籍回復許可が無効であると判断された場合には、アメリカ合衆国においてはその国籍を喪失しないものとして取扱はれるものである限り(アメリカ合衆国一九四〇年国籍法第四章第四〇一条a項参照)、控訴人は国籍回復許可が無効であつてこれにより日本の国籍を取得したものでないことが確定すれば当然にアメリカ合衆国の国籍を喪失しないことが確定するのとほゞ同様の利益をうるものというべきであつて、このような場合にあつては、控訴人は国籍回復許可の無効であることの確認を求めるについて即時確定の利益を有するものと考えざるをえない。
昭和二十一年二月十六日控訴人名義で日本国籍回復の許可申請がなされ、同年三月二十九日和歌山県知事よりその許可があつて、控訴人が日本国籍を回復したものとして和歌山県新宮市佐野九十九番地に一家創立した旨戸籍簿に記載されていることは当事者間に争のないところにして、原審証人垣下七松の証言と原審における控訴人の本人尋問の結果によれば、控訴人は昭和二十一年一月十三日アメリカ合衆国より日本に帰り和歌山県海草郡本脇村に住み、一方垣下七松はその頃アメリカ合衆国より日本に帰り同県新宮市佐野に住み、互に交際も少く暮して来たが、たまたま七松の次女秀子の婚姻届をなすに当りその国籍回復を必要と信じ、七松においてその許可申請をなすに至り、その際七松は控訴人らに計ることなく擅に控訴人の氏名を冒用し前記許可申請をなしたことが認められるので、前記許可申請は控訴人の意思に基ずかないものであつて、これに対する前記許可もその効力を生じないものというべきである。しからば前記許可により控訴人が日本の国籍を取得しないことは明らかであつて被控訴人はその主張に照しこれを争つているのでたとえこの法律関係が現に控訴人が日本国籍を有することに何らの関係を有しないとはいえ、前記の通りなお即時確定の利益あるものと考えられるからには、かゝる趣旨において控訴人の請求は認容さるべきものというべきである。
よつて右と異る原判決を取消し控訴人の請求を認容し訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条第九十六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 岡咲恕一 亀山脩平 脇屋寿夫)