東京高等裁判所 昭和29年(ネ)2531号 判決
本件手形が正当に振り出されたものであることは控訴人の否認するところであるから、右手形振出の事情につき審按するに、証拠を綜合すれば、本件手形は控訴人が自ら振り出したものでなく、訴外堀貫一が日本テレビジョン株式会社取締役社長斎藤常一の名を以て振り出したものであること、控訴人は昭和二十七年九月頃日本テレビジョン株式会社なる会社の設立を計画し、その設立に要する資金を調達すべく、訴外堀貫一に対し手形割引の方法による金融の斡旋方を依頼したことはあつたが、これは単なる仲介の依頼であつて、同人に対し控訴人に代つて手形を振り出す権限を与えたのではないこと、同年十一月末頃右会社の設立が見込薄となつてので、控訴人は堀に対し金融の斡旋を謝絶したこと、しかるにその後同年十二月頃になつて、堀は控訴人の許諾がないのにかかわらず、日本テレビジョン株式会社事務所に到り、事務員丸山に対し控訴人の諒解を得ている旨申向けて同人の保管する同会社取締役社長斎藤常一の印を取り出させ、これを使用して訴外生川庄次郎に宛てた金額二十一万五千円の約束手形一通の外、株式会社銀座セストラルに宛てた本件の約束手形及び確認書(資材購入代金として振り出した本件手形を確実に期日に決済すべきことを確認するとの書面)を作成して割引のために訴外森脇誠等に交付し、これが遂に訴外菱谷敏男を経て被告人の手に渡つたものであること、右日本テレビジョン株式会社の事務員渡辺信一郎は被控訴人の旨を承けた苗松教仁より本件手形を呈示され、同人の求めに応じて前記確認書の末尾に「右手形本日正に呈示を受けました昭和二十七年十二月三十一日社長代理渡辺信一郎」と記載したけれども、同人は控訴人の代理人ではなく、また控訴人の意嚮を確め、その諒解を得て記載したものでなかつたこと、控訴人は堀貫一の本件手形振出行為を覚知した事後においても、これを承認したような事実はなかつたこと等の事実をそれぞれ認めることができる。
原審証人川角一夫は、控訴人が板橋警察署の捜査主任たる同証人の取調べに対し、控訴人において本件手形を振り出して堀に交付した旨を供述し、堀の偽造にかかるものであることを告げなかつたと証言しているけれども、前段認定の事実並びに控訴本人の当審供述に対照すればこれは同証人の記憶違によるものか、そうではないとしても控訴人が何らかの考慮に基きことさらこのような供述をしたものと認めざるを得ないので、これを以て直ちに控訴人の手形振出の事実を肯認する資料となすに足りない。
被控訴人は更に民法表見代理に関する規定を援いて、控訴人において堀の手形振出につきその責に任ずべきであると主張するが、堀が控訴人より手形振出その他何らかの事項につき嘗て代理権を授与せられていた事実はこれを認め難いので、右の主張は採用できない。
してみると本件手形は堀が控訴人に無断で控訴人名義を使用して偽造したものであつて、控訴人に手形上の責任がないこと明かであるから、被控訴人の本訴手形金の請求は排斥するほかないところ、原審が以上と所見を異にしてこれを認容したのは不当であつて、本件控訴はその理由があるとして原判決を取り消し被控訴人の請求を棄却した。