東京高等裁判所 昭和29年(ネ)723号 判決 1958年9月19日
控訴人 日本農工殖産株式会社
被控訴人 間野徳十郎
主文
一、原判決を次の通り変更する。
二、昭和二六年六月二九日東京都品川区大井鮫洲町二一九番地日本農工株式会社品川事務所において開催の控訴会社臨時株主総会における決算報告書並に清算結了を承認する旨の決議の無効であることを確認する。
三、控訴人は被控訴人に対し、別紙目録記載の株式につき、被控訴人名義に名義書換手続をせよ。
四、訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同趣旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用、認否は、当事者双方において次に記載の通りの主張をし、また被控訴人において甲第二二号証(写)を提出し、乙第八号証の一、二は成立を認めると述べ、控訴人において乙第八号証の一、二を提出し、当審証人兵藤嘉門、橋本長正、春日慎一(第一、二回)、矢守すみ子の各証言及び控訴会社代表者高橋武美本人の当審供述を援用し、甲第二二号証はその原本の存在成立ともに認めると述べた外は、原判決の事実摘示の通りであるからこれを引用する。
(控訴人の主張)
原判決摘示の被控訴人主張事実に対する控訴人の認否は原判決摘示の通りであり、その他の控訴人の主張は以下に記載する通りであつて、これ以外の従前の主張は撤回する。
一、本案前の主張
(1)、被控訴人の本件名義書換請求は権利保護の利益を欠くので失当であり、従つて残余の請求も訴の利益がなく、その請求はすべて却下さるべきである。その理由は、
(イ) 被控訴人はいわゆる事件屋であつて、本件株券を殆んどただのような値段で、無価値であることも承知で取得し、
(ロ) 控訴会社の旧監査役鈴木源吉をそそのかして、虚無の株主総会を招集し、清算人高橋武美を解任して被控訴人等が清算人に選任された旨の議事録を作成し、その登記をして控訴会社の帖簿等の保管換及び閲覧を求める仮処分並に建物占有妨害禁止等の仮処分を申請してその決定を得、仮処分の執行をして、清算人高橋の清算事務を妨害し、それが不成功に終つたので本訴を提起したものであり、
(ハ) 仮に被控訴人が取得すべき何等かの権利が本件株式の上に残つていたとしても、控訴会社が企業再建整備法に従つて第二会社を設立した際株主には分配さるべき残余財産の皆無であることが確定していて、ただ清算結了の総会に出席してこれを承認するの権があるのみである、
ことによつて明白である。
(2)、控訴会社は昭和二六年六月二九日清算を結了し、同年一一月二日その登記を終つたので、控訴会社は消滅して当事者能力を失つているから、被控訴人の本訴は不適法として却下さるべきである。
(イ) 被控訴人は昭和二六年六月二九日の清算結了のための株主総会は存在しなかつたと主張するが、右総会は適法に招集され、株主三名(高橋武美、春日慎一、今村正治)が出席して総会が成立し、決算報告が承認されたのである。
(ロ) 被控訴人は本件株式の名義書換義務が残存する以上、清算は結了する余地がないと主張するが、
(a) 清算人の株式の名義書換義務は清算手続において処理さるべき事務自体ではない(附帯事務にすぎない)し、それは組織体の内部関係にすぎず、
(b) 然らずとしても、右の義務は債務に準ずべき性格を有するものであつて、債務の残存は清算結了の妨げとならないことは判例の示すところである、
からその主張は理由がない。
(ハ) 被控訴人は右総会の招集手続がされていないというけれども、
(a) 右総会に出席しない株主は既に株主権を放棄していたので、株主総会に興味を有しなかつたのであり、
(b) 仮に招集通知が他の株主に達しなかつたとしても、その株主は既に株主権を放棄していたのであるから右は招集手続の瑕疵とはなり得ない。
二、仮に右本案前の主張が容れられないとしても、被控訴人は本件株主権を取得するの余地はないので、被控訴人の本訴請求はすべてこれを棄却さるべきである。
(1)、控訴会社は特別経理会社であり、企業再建整備法により再建さるべきものであるが、控訴会社が昭和二三年四月二日附で主務大臣に対し認可を申請した整備計画は、株主が特別損失を資本金の額に達するまで負担することを内容としており、それは同年一一月一五日附で認可されたので、控訴会社の株主の権利は右認可された整備計画(決定整備計画)の内容に従つて変更され(企業再建整備法第二九条の二第一項)、株主は同日限り株主権を喪失した(全額切捨)ものである。
(2)、株主が右の決定整備計画により株主権を喪失しなかつたとしても、株主は右計画により配当請求権は勿論、残余財産分配請求権をも失つたというべきであるから、株主にはいわゆる自益権は全然なく、共益権を残すのみとなつたのである。そして共益権は原始的にのみ取得され得るものであつて、移転性はないものと解すべきであるから、被控訴人は本件株式について権利を取得するに由なきものである。
右の株主の地位を自益権と共益権とに分けて考える主張が容れられないとしても、企業再建整備法第二九条の二第一項の解釈として、株式が全額切捨となればその株式は移転性を欠くに至るものと解すべきであるから、右いずれにしても被控訴人は本件株券に伴う株主としての地位を取得する余地はない。
(3)、右の解釈が許されないとしても、控訴会社は整備計画を立案して主務大臣に提出し、その計画が認可せられたので、整備計画の内容と認可になつた旨を各株主に通知したところ、株主は右の認可の日頃すべて株主権を放棄しているので、本件株券はその内容たる株主の地位を有しない空のものにすぎない。
三、仮に被控訴人の承継取得すべき株式が存在していたとしても、被控訴人の本件株式買受に関して調査した結果、控訴会社は、清算事務も結了に近く、無用の紛争を避けるため定款第一二条によつて本件株式の譲渡を承認しないこととしてその通知をしたので、書換請求は失当であり、右株式の取得を前提とするその余の請求も理由がない。
(1)、被控訴人は右の定款の規定(旧商法第二〇四条第一項但し書)は清算中の会社ではその効力を失う旨主張するが、
(イ) 会社は清算手続中も会社継続の決議を為し得るし、
(ロ) 「清算中清算人の過半数の決議で承諾したときの外は株式の譲渡を禁ずる」旨の定款は有効であるとする判例がある、
からその主張は失当である。
(2)、仮に旧商法第二〇四条第一項但し書の規定が清算中効力を失い、従つて右規定による定款の定めもその効力を停止するとしても、本件株式に関しては民法第四六六条が類推適用され、その性質上譲渡性を欠くものと解すべきであり、少くとも同条第二項による譲渡禁止債権に準ずべきであつて、被控訴人は悪意の第三者であるから、本件株式の取得を以て控訴会社に対抗することができないものである。
四、仮に何等かの理由により控訴会社は被控訴人に対する本件株式の譲渡を拒否できなかつたとしても、控訴会社の清算結了の株主総会が行われた昭和二六年六月二九日以前には被控訴人より控訴会社に対して適法な名義書換請求を受けたことはないので、最早被控訴人の本件株式の名義書換請求は許容さるべきではなく、その余の請求も訴の利益を欠くものである。
(1)、被控訴人が昭和二六年四月頃本件株式の名義書換を請求した際は、名義書換のための譲渡人の委任状を持参しなかつたものである。(このことは被控訴人所持の甲第一〇号証の一ないし一〇の委任状の日附が同年九月二二日であることからみても明かである)。
(2)、仮に被控訴人が右の際委任状を持参していたとしても、右の委任状には受任者の氏名も委任年月日も記入されておらず、また控訴会社の定款に定める名義書換の請求書類も提出しなかつた。
旧商法による株式の名義書換は譲渡人を除外しては行い得ないのであり、譲渡人の代理人として名義書換を請求するには、受任者の氏名が明示されなければ代理権を行使し得ない。
五、仮に被控訴人が本件株主総会の期日前に本件株式の適法な名義書換請求をしていたとしても、
(1)、被控訴人は昭和二六年一〇月頃その所有と称する控訴会社の株券を小野広、三輪直彌、滝田雅、久須美友恵に譲渡しているので、現在その権利を回復しているとしても控訴会社に対して本件株式の名義書換を請求し得ず、本件株主総会の瑕疵を主張し得べき地位にもない。
(2)、仮に右の譲渡が仮装のものであつたとしても、被控訴人は控訴会社に対しその頃譲渡の意思表示をしたのであるから、禁反言ないし信義誠実の原則により、被控訴人は控訴会社に対しその譲渡が仮装であつたことを主張し得ない。
(3)、少くとも控訴会社は善意の第三者であるから、民法第九四条第二項により被控訴人は控訴会社に対してその無効を主張し得ない。
従つて被控訴人の控訴会社に対する本件株式の名義書換請求は失当であり、その余の請求も認める余地はない。
六、控訴会社は昭和二六年六月二九日の株主総会で清算の結了を承認し、同年一一月二日その登記を終つたので、被控訴人は最早控訴会社に対して本件株式の名義書換を請求し得ず、その請求はすべて失当である。
七、被控訴人は、本件株主総会の決議無効確認を求める利益があると主張するが、被控訴人において本件株式の名義書換を請求する利益がないこと前記の通りである以上、被控訴人は控訴会社に対し何等利害関係を有するものではなく、本件株主総会の決議無効確認を求める利益をも有しない。
(被控訴人の主張)
一、被控訴人は本訴請求の趣旨中、株主総会の決議の不存在確認を求めた部分を決議の無効確認を求めることに訂正する。
右決議は控訴会社の清算人高橋武美が株主藤倉電線株式会社及び閉鎖機関満洲投資証券株式会社に全然招集通知をすることなく、右高橋が株主として一人現れ開催し、同人の意見によつて決議ありとするものである。(仮に高橋以外に二人の株主――春日、今村の出席ありとするも、それは高橋から株式を仮装の下に譲受けた極く少数の株主である)。招集の通知は株主総会成立の欠くべからざる要件であるから、かかる招集通知なきに拘らず高橋一人の出席(又は大多数の株主を無視した極く少数者の出席)によつてせられた決議はこれを株主総会の決議というを得ない。従つて本件決議は決議としては法律上当然無効のものというべきであり、右決議の以前である昭和二六年四月二三日落札によつて本件株式を取得してその株主となつた被控訴人は右株主総会決議の無効確認を求める法律上の利益があるものである。
二、控訴人の本案前の主張に対して、
(1)、被控訴人は本件株式の名義書換請求につき権利保護の利益を有する。
(イ) 被控訴人は事件屋と異る。元日産パルプ株式会社の取締役に就任し正業を有し、いわゆる訴訟提起を目的とする事件屋ではない。被控訴人は、右日産パルプ株式会社が本件株式の前株主であつた閉鎖機関満洲投資証券株式会社の大株主であつた関係上、控訴会社にも重大な関心を持つて本件株式を取得したものであり、しかもその取得の方法も証券処理協議会を通じて正式のルートによつてこれを落札取得したものである。落札価格が低かつたということは何人もこれをあづかり知るところではない。
(ロ) 被控訴人は高橋清算人の清算事務を妨害したことはない。また旧監査役の鈴木をそそのかしたこともない。昭和二六年五月一三日の株主総会の招集は同監査役独自の発意によるものである。高橋武美が清算人に就任しながら数年間株主総会一つ開かず、株主に清算状況を一つとして報告しなかつたので、右鈴木において清算事務の正常な復帰を思い株主総会を招集し新たに清算人を選任せしめたところ、これに被控訴人外一名が選ばれたにすぎない。これは被控訴人等が同監査役をそそのかしたものでもなんでもない。
(ハ) 被控訴人が株主総会に出席しても何等の権利なしということは断じてない。
(a) 被控訴人が清算結了報告の株主総会に出席してその承認決議に参加することも、株主権行使の一つである。
(b) また清算人の職務が不正に行われておれば清算結了を承認せず、清算人の責任を追及すべきである。
また清算人の解任の必要が生じたときは株主総会の決議によるべきであり、従つて株主総会の存在は必要であり、これに出席する権利は尊重さるべきである。
(2)、控訴会社は当事者能力を失わない。
昭和二六年六月二九日の清算結了承認の株主総会決議は存在せず、同年一一月二日の登記は会社の消滅を来さない。
控訴会社が清算結了の登記を了したとしても、直ちにその権利能力を失うものではない。登記は事実を創造するものではなく、控訴会社が今日なお当事者能力を有することは明かである。
(イ) 昭和二六年六月二九日の清算結了承認決議のための株主総会の決議は不存在である。
(a) 控訴会社がした株主総会の招集は僅かに全株式数の百分の四にすら足りない。
(b) 出席株主は高橋武美一人に虚偽の株主二名が加わつたにすぎない。
かかる株主総会の開催は一部株主の集合にすぎないのであつて、その会合において清算結了の承認決議がされたとしても、その決議は不存在である。
(ロ) 株式名義書換義務が存する以上清算結了の余地がない。
(a) 株式名義書換は清算手続において処理さるべき事務であり、その最も大きな事務の一つであつて、控訴人主張のような附帯事務ではない。株式名義書換が組織体の内部関係事務であることは認めるが、清算事務遂行の基礎となるべき事務であり、これなくして何一つ清算事務が行われない。
(b) 控訴人は債務の残存は清算結了の妨げとならないと主張し、その旨の判例があるというが、その判例は誤りである。債務の残存するときは清算を遂行すべきであり、この手続を執ることなく、また債権者の許諾なくして清算を結了するが如きは法の精神に反する。しかもまた株式名義書換の義務は通常の債務とはその性質を異にする。そしてまた本件控訴会社にあつては、なお残余財産が存するのであるから右判例を本件に引用することもまた既に不適当である。
(ハ) 控訴会社は清算結了報告総会の招集手続に瑕疵なしという。しかしこの主張もまた失当である。
(a) 株主が株主権を放棄することはあり得ない。
株主権は会社に対する相対的な関係であり、それは個々の多数の権利を包括した意味においていわれるものである。従つて、株主が会社に対する関係中、個々の権利について放棄することはあり得ても、これらを包括した関係において放棄することは考えられない。
(b) 株主藤倉電線株式会社及び閉鎖機関満洲投資証券株式会社が昭和二六年六月二九日株主総会に出席する権利を放棄したこともない。
三、株主権取得の余地なしとの主張に対して、
(1)、控訴人は、控訴会社の決定整備計画によれば、株主は資本金の額に達するまで特別損失を負担することとせられているのであるから、控訴会社の株主の権利は右計画の内容に従つて変更せられ、株主は右計画認可の日を以て株主権を喪失したものと主張するが、企業再建整備法第四三条の規定から見ても、同法は整備計画の認可後においても、なお株主権の存在を予定しており、右控訴人の主張は失当である。
(2)、株主は整備計画認可後も清算結了報告総会に出席することは可能であり、株主権は厳存する。
控訴会社の決定整備計画によつても第二会社たる日本農工株式会社の株式を一旦控訴会社においてこれを引受け、これを第一会社株主に譲渡することを規定している。従つて第一会社株式を譲受けた被控訴人は第二会社株式を譲受けることができ、このことが第一会社たる控訴会社の株主権の内容をなすものであつて、それが現在如何に変容しているかは、控訴会社が格別干渉するを要しないことである。
(3)、控訴人は整備計画が認可され、整備計画の内容及び認可になつた旨を各株主に通知したところ、株主は右認可の日に株主権を放棄したというが、何等の立証もない。本来かかる事実はないのである。また株主権の放棄なるものが認め得ないことも既に述べた。
四、定款第一二条の規定について、
控訴人は、「清算事務も結了に近く無用の紛争を避けるため定款第一二条によつて本件株式の譲渡を承認しないこととした」というが、その主張は失当である。
(1)、控訴会社の定款第一二条の規定が株式会社の清算段階ではその効力を失うべきこと原審において主張(原判決事実摘示)した通りである。
(2)、また右定款第一二条の規定は商法改正によつて当然失効した。
新商法施行法(昭和二五年改正法)第二条は「新法は特別の定がある場合を除いては、新法施行前に生じた事項にも適用する」とある。そして新商法第二〇四条は株式譲渡の自由の絶対性を明かにし、株式譲渡の制限規定を悉く無効としたが、これが新法施行前に生じた事項にもまた適用されるのである。従つてこの見地に立つて控訴会社定款第一二条の規定をみるとき、新商法第二〇四条の規定に牴触し、その無効は新商法施行前の本件株式名義書換請求当時に遡つて適用されるものといわねばならない。
(3)、控訴人は本件株式譲渡に関しては民法第四六六条が類推適用されるというが、この主張もまた失当である。
株主権は前述のように会社に対する相対的な関係であり、債権関係ではない。従つて債権譲渡禁止に関する右民法の規定を類推することのできないことは、あたかも民法が記名株式の質入に指名債権質の対抗要件の規定の適用を許さないのと同様である。
五、被控訴人が昭和二六年六月二九日前に控訴会社に対して適法な名義書換請求をしたことは原審における各証拠によつて明白である。
(1)、甲第一〇号証の一ないし一〇は、後日九月二三日頃名義書換請求の時に記入したものである。それ以前にも被控訴人は空白のままこれを控訴会社に提示して名義書換を求めている。
(2)、委任状に受任者の氏名及び委任年月日の記入がなくても、かかる空白部分は会社において補足し、以て名義書換に応ずべきものである。即ち白紙委任状を株券と共に交付した者は、その受任者の補充を譲受人に委託したものであり、株式譲受人が名義書換のためそのまま会社に株券を提出したときは、その補充を更に会社に委託したものである。この場合会社は受任者の記載を補充して株券及び株主名簿の名義書換をなすべきである。従つて控訴会社は受任者の記載の欠缺を理由として名義書換を拒絶できないのである。
(3)、また控訴会社は、昭和二六年四月被控訴人がした名義書換請求に白紙委任状の添付がなかつたというが、全く荒唐の言である。
六、株式譲渡に対する主張について、
控訴人は、被控訴人が昭和二六年一〇月頃その有する本件株式を小野広外三名に譲渡したことを以て本件株式の名義書換を請求し得ないというが、その主張は失当である。
(1)、昭和二六年一〇月被控訴人が本件株式を右小野等に譲渡したとしても、その以前たる同年四月ないし五月中に名義書換を請求しており、従つて昭和二六年六月二九日の株主総会の決議を争うに何等欠くるところがない。
被控訴人が小野広外三名に本件株式を譲渡したのは、控訴会社が被控訴人の名義書換請求に応じてくれないので同人等の名義を借りただけである。従つて被控訴人の株主たる地位には何等影響がない。
(2)、控訴人は右名義の借用を虚偽表示として、控訴会社が善意の第三者であるから民法第九四条第二項により右虚偽表示の無効を控訴会社に主張できないという。しかしこの主張も失当である。会社に対する関係で譲渡の無効を主張し得ないとしても、その後小野外三名は被控訴人に再度株式を譲渡し、被控訴人が株主となつたことは何等の疑いがないからである。
理由
当裁判所も被控訴人の本訴請求を正当と判断するものであり、その理由とするところも、控訴人の主張のうち、控訴会社は特別経理会社であるから会社経理応急措置法第二三条の適用があり、株式の譲渡については会社の承認等の手続が必要であり、この手続を踏まぬ場合は株式の譲渡を以て会社に対抗できないとする部分についての判断を省略(控訴人は当審において右主張を撤回)し、また次の通り附加する外は、原判決の理由の説示と同様であるからこれを引用する。
一、控訴人の本案前の主張につき
(1)、控訴人は被控訴人の本件株式の名義書換請求は権利保護の利益を欠くと主張し、被控訴人が本件株式三二、〇〇〇株を代金七万四百円(一株二円二〇銭の割合)で落札したものであることは原判決がその理由において引用してその成立を認めている甲第一号証の一、二によりこれを認めることができ、また控訴人主張のような監査役鈴木源吉招集の株主総会があり、右総会で清算人高橋武美が解任せられ、被控訴人外一名が清算人に選任せられた旨の議事録が作成せられてその旨の登記がせられ、控訴人主張のような仮処分命令及びその執行があり、右命令が取消された後本訴の提起となつたものであることは成立に争いのない乙第一ないし第三号証の各一ないし三に本件弁論の全趣旨を綜合してこれを認めるに足るのであるが、株式会社の株式を取得した者がその名義の書換を会社に請求することは、たとえ、右のような事実関係であり、またその株式が決定整備計画において、資本金の総額まで特別損失を負担することとせられているにしても、その書換請求を以て、権利保護の利益を欠くものとは到底これを解することはできないのであるから、控訴人の右主張は失当であり、右主張の理由のあることを前提として残余の請求も訴の利益がないとする控訴人の主張またこれを採用するに由がない。
(2)、控訴人はまた、控訴会社は昭和二六年六月二九日清算を結了し、同年一一月二日その登記を終つたので、控訴会社は消滅して当事者能力を失つたと主張する。そして右登記の事実は当事者間に争いのないところであるが、
(イ) 控訴人主張の、株主権放棄の事実については、藤倉電線株式会社の有する株式はすべて高橋武美においてこれを譲受けていたものとする控訴会社代表者本人の当審供述は本件口頭弁論の全趣旨から見ても到底採用できないところであり、他に右控訴人主張事実を認めるに足る証拠はない。(証人兵藤嘉門の原審証言中には、藤倉電線株式会社においては控訴会社の株式はこれを消却(償却)したとする部分があるが、右にいう消却とはただ右株式を帳簿から落した趣旨にすぎないものであること同証人の当審証言によつて明かであり、従つて右証言も右控訴人の主張事実を認めるに足る証拠とはならない)。
そして前記の昭和二六年六月二九日の清算結了のための株主総会はその招集手続に瑕疵があり、同日の会合における決議は株主総会の決議ということのできないものであつて、右控訴人主張の株主総会の決議は不存在のものというべきこと原判決理由の説示の通りであり、当審における控訴会社代表者本人の供述中右原判決の認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右すべき証拠はない。
(ロ) そしてまた原判決も認定する通り、控訴会社は被控訴人に対して本件株式名義書換の義務を負担し、未だにその義務の履行をしていないのであつて、右名義書換のことも正に清算人のなすべき義務として、その終了がなければ清算を結了し得ないものと解するのが相当であるからたとえ控訴会社が前記の通り清算結了の登記を終つているとしても、控訴会社にはなお結了を要する現務があり、また清算結了を承認する適法な株主総会の決議もせられていないのであるから、控訴会社は今なお清算手続中にあり、現在なお法人格を失わないものというべきである。従つて控訴会社に当事者能力のないことを前提とする控訴人の主張またこれを採用することはできない。
二、株主権取得の余地なしとの控訴人の主張につき
(1)、控訴会社が特別経理会社であり、企業再建整備法により再建さるべきものであることは当事者間に争いのないところであり、控訴会社が昭和二三年四月二日附で主務大臣に対し認可を申請した整備計画は、株主が特別損失を資本金の額に達するまで負担することを内容としており、右計画が同年一一月一五日附で許可されたことは被控訴人の明らかに争わないところであるが、右整備計画においてはまた同時に、控訴会社の株主に対し控訴会社が引受くべき第二会社の株式を第一順位を以て譲渡すべきことを定めていること原本の存在成立共に争いのない甲第二二号証に徴し明かなところであるし、控訴会社の株主の権利は右認可された整備計画(決定整備計画)の内容に従つて変更されたとしても、その認可の日を以て株主権が喪失されたものとは到底認めることはできないのであり、控訴人のこの点に関する主張もまた失当である。
(2)、控訴人はまた右決定整備計画によつて控訴会社の株主は配当請求権は勿論、残余財産分配請求権をも失つたものであるから、共益権の非移転性の見地からしても、企業再建整備法第二九条の二第一項の解釈からしても、本件株式には移転性はなく、控訴人がこれを取得するの余地はないと主張する。
しかし右決定整備計画においては、控訴会社の株主に対し第二会社の株式を第一順位を以て譲渡すべきことを定めていること前記の通りであるし、右計画によつてその内容を変更せられた控訴会社の株式には、その移転性がないものと解すべき何等の法理上の根拠も見出し難いので、控訴人の右主張またこれを採用することはできない。
(3)、控訴人はまた控訴会社の株主は右整備計画認可の頃すべて株主権を放棄したと主張するが、この主張の認め難いことは既に一の(2) の(イ)において説明した通りである。
三、控訴会社の定款第一二条を援用し、控訴会社は被控訴人の本件株式の取得を承認しなかつたので、被控訴人は本件株式を取得し得ない旨の控訴人の抗弁また失当である。
(1)、右定款の規定が清算手続中はその効力を停止するものと解すべきことは原判決の説示する通りである。
(2)、また控訴人の本件株式の譲渡については民法第四六六条第二項の類推適用があるとの主張の理由のないことも原判決説示のとおりであり、同条第一項を類推適用し、本件株式はその性質上譲渡性を欠くものと解すべしとの主張については前記二の(2) に説示する通り、これを然らずと判断すべきである。
四、また控訴人は、控訴会社の清算結了の株主総会が行われた昭和二六年六月二九日以前には被控訴人から控訴会社に対し適法な名義書換請求をしたことはないのであるから、被控訴人は最早本件株式の名義書換を請求し得ないものと主張する。
(1)、しかし、被控訴人が昭和二六年四月中に控訴会社に対し、白紙委任状を添付して本件株券を呈示し、被控訴人名義にその名義書換手続を請求した事実の認められることは原判決の認定する通りであつて、証人春日慎一の当審第一回証言中右認定に反する部分は到底信用できず、また甲第一〇号証の一ないし一〇(閉鎖機関整理委員会委員長岩坪友至からの本件株式の名義書換のための委任状)の日附が昭和二六年九月二二日とせられていることは控訴人主張の通りではあるが、右日附は後に記入せられたところであり、同年四月中に被控訴人から控訴会社に対して名義書換の請求をした当時においては右日附欄は空白とせられていたものであること本件弁論の全趣旨に照してこれを認めるに十分であるから、右委任状の日附の点も前示認定を覆すの資料とすることはできないのであり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(2)、控訴人はなお右委任状には受任者の氏名も委任年月日も記入されておらず、また控訴会社の定款に定める名義書換の請求書類も提出されなかつたものであるから適法な名義書換の請求があつたものとは認め難いと主張する。
しかし白紙委任状附記名株式の譲渡を受けた者が会社に対しその名義書換を請求するに当り、その白紙委任状の受任者欄及び委任年月日欄の補充をしなかつたからといつて、これを以て不適法な名義書換請求であるとは到底解し難い。或いはこれを形式的にいえば、控訴人主張のように、旧商法による株式の名義書換は譲渡人を除外しては行い得ないのであり、譲渡人の代理人として名義書換を請求するには、受任者の氏名が明示されなければ代理権を行使し得ないものとも論じ得ようが、誰に対する名義書換を誰が求めているかが明かな限り、委任状の受任者欄の補充がせられていないにしても、会社としても誰がその受任者であり右受任者欄に補充せらるべき者であるかは明かな筈である。会社における名義書換の手続上、その補充が是非共必要とあれば、これを請求者に補充せしめるか、この補充を会社にまかされたものと解して会社側においてこれを補充すれば足るのであり、いずれにしても右無補充の事実を捉えて受任者の明示がないものであり、適法な名義書換請求がないものとは到底これを解することはできない。委任年月日欄のことも右と全く同趣旨に考うべきであり、その無補充のことを名義書換請求の適不適に結びつけること自体既に無理というべきであろう。
定款所定の名義書換のための請求書類が提出されなかつたとの点については、原判決もいうように控訴会社の定款第一三条に原判決摘記の規定の存することは明かであり、本件株式の名義書換請求に当つて右所定の書類の提出がなかつたことは本件弁論の全趣旨に徴してこれを認めるに足るが、会社所定の書式による当事者連印の書面とか、会社において必要と認める証拠書類の提出等を求める右定款の規定の趣旨から考え、右所定の書類の提出がなければ適法な名義書換の請求がないものとまではこれを解し難いところであり、少くとも右のような書類の提出を求めるのであれば、これを求める会社の方で名義書換請求者に説明協力の上でこれを求め、これに応じなかつた場合に初めてその不提出の責任を請求者に負わしめ得るにすぎないものと解すべきであるが、本件において控訴会社において右のような説明協力をした事実については何等の主張も立証もないのであるから、右いずれにせよ、右の点についての控訴人の主張またこれを採用することはできない。
五、控訴人は更に、被控訴人は昭和二六年一〇月頃本件株券を小野広外三名に譲渡しているので、現在その権利を回復しているとしても控訴会社に対して本件株式の名義書換を請求し得ず、本件株主総会の瑕疵を主張し得べき地位にもないと主張する。
そして被控訴人が右控訴人主張のような譲渡をしたこと自体は、その譲渡が虚偽の意思表示であるか否かはともかくとして、被控訴人もこれを争わない。しかし被控訴人の本件株式取得の日は昭和二六年四月二三日であり、本件で問題とせられる清算結了承認の株主総会の日である同年六月二九日の以前である同年四月中に適法な名義書換請求をしたに拘らずその義務の履行のせられなかつた本件においては、仮にその後一時右株式が控訴人から他に譲渡せられた事実があつたとしても、現在被控訴人においてその権利を回復している以上、被控訴人は現在なお従前通りの控訴会社に対する地位を保有するものと認めて然るべきであるから、右控訴人の主張また採用に値しない。
六、控訴人はなお最後に、控訴会社は昭和二六年六月二九日の株主総会で清算の結了を承認し、同年一一月二日その登記を終つたので、被控訴人は最早控訴会社に対して本件株式の名義書換を請求し得ないと主張するが、控訴会社が右登記に拘らず現在なお清算手続中のものであり、株式名義の書換請求をなし得る状態にあることは前記一の(2) において説明の通りである。
七、そして控訴会社の昭和二六年六月二九日の清算結了のための株主総会はその招集手続に瑕疵があり、同日の会合における決議は株主総会の決議ということのできないものであつて、不存在のものというべきこと前記の通りであるから、右不存在の確認と株式名義の書換とを求める被控訴人の本訴請求を認容した原判決は固より相当であるが、被控訴人は当審に至つて右決議の不存在確認を求める部分を無効確認を求めることに訂正したものであり、不存在の決議はその効力の点からいえば当然且つ絶対に無効なものというべきであつて、本件事情の下において被控訴人が右無効の確認を求めるにはこれを求むべき法律上の利益があるものというべきであるから、本判決においては右訂正の趣旨に応じて主文第一項ないし第三項記載の通り原判決を変更することとした。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 薄根正男 奥野利一 山下朝一)
目録
閉鎖機関満洲投資証券株式会社の控訴会社株式
三万二千株
株券番号
い丁第五一号ないし第一九一号(百株券)
い丁第二七五号ないし第二八四号(右同)
い丁第三三五号ないし第三四四号(右同)
い丁第四四五号ないし第五四四号(右同)
い丁第五九二号ないし第五九四号(右同)
い丁第六四五号ないし第七〇〇号(右同)