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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)794号 判決 1955年8月27日

第一審原告(反訴被告) 染谷半左衛門

第一審被告(反訴原告) 山田竹治郎

主文

第一審被告の控訴を棄却する。

第一審原告の控訴に基き原判決を次のとおり変更する。

第一審被告は第一審原告に対し金二十六万二千七百八十九万円並びに内金十九円に対する昭和三十年四月十七日以降、内金五万円に対する昭和二十八年七月六日以降、いずれも完済まで年五分に相当する金員を支払え。

第一審原告のその余の請求を棄却する。

第一審原告(反訴被告)は第一審被告(反訴原告)に対し千葉県安房郡富浦町多田良鳥畑不動後六百七十五番地の一畑二反八畝二十一歩をその地上に存する家屋番号多田良二〇番の二、木造亜鉛葺平家建家屋一棟建坪十坪並びに花卉栽培のための施設物(フレーム類)及び花卉一切を収去して明け渡し、かつ昭和三十年四月十七日から右明渡ずみまで一年金千七百四十円に相当する金額を支払え。

第一審被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中第一審被告の控訴によりて生じた分は第一審被告の負担とし、その余は第一、二審を通じこれを二分しその一を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告の負担とする。

この判決は、各相手方に対し、第一審原告において金七万円、第一審被告において金六万円、の各担保を供するときは、各その勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

昭和二十九年(ネ)第六八九号事件控訴人、同年(ネ)第七九四号事件被控訴人、第一審原告(反訴被告)(以下単に第一審原告という。)訴訟代理人は、右第六八九号事件の控訴の趣旨として、「原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す。第一審被告は、第一審原告に対し、原判決認容の分を含め、金二十四万円並びに内金五万円に対する昭和二十六年十二月四日から、内金十四万円に対する昭和二十七年六月一日から、及び内金五万円に対する昭和二十八年七月六日から、いずれも支払ずみまで年五分に相当する金員を支払え。第一審被告の反訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決を求め、昭和二十九年(ネ)第七九四号事件控訴人、同年(ネ)第六八九号事件被控訴人、第一審被告(反訴原告)(以下単に第一審被告という。)訴訟代理人は、右第七九四号事件の控訴の趣旨として、「原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。第一審原告は、第一審被告に対し、原判決認容の金額を含め昭和二十六年十二月二十五日から原判決主文第三項記載の畑の明渡ずみまで一年金十四万四千円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする。」との判決を求め、なお双方とも相手方の控訴に対し控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は次のとおりである。

第一第一審原告の本訴請求の原因

(一)  第一審原告は、昭和二十六年十二月三日第一審被告からその所有にかかる千葉県安房郡富浦町多田良鳥畑不動後六百七十五番地の一畑二反八畝二十一歩を、代金を三十三万円とし内金五万円は契約と同時に支払い残金二十八万円は昭和二十七年五月三十一日及び同年十二月二十五日の二回に金十四万円宛分割して支払うこと、右最終回の割賦金支払と同時に所有権移転登記手続をなすこと、右畑所在の立木等は有姿の尽とするが、枇杷の収穫は昭和三十一年七月末日までは第一審被告の取得とし、また芍薬は切花の際金千円を第一審原告から第一審被告に支払うこと、右各条項に違反するときは本件契約は当然解除となり違反者から相手方に対し違約金として金五万円を支払うこと、の約定で買い受ける旨の契約を締結し、右契約に基き、即日金五万円を、及び昭和二十七年五月三十一日金十四万円を、それぞれ第一審被告に支払つた。

(二)  右売買の目的たる畑は、右契約締結当時の現況は全部農地ではなく、農地といいうべきは西北部一反五畝だけであつて、周辺の土手、生垣、境界樹木生立地帯等約八畝は雑地荒蕪地であり、残部約五畝は宅地跡の空閑地であつたけれども、一筆の土地として農地と見うべきものであり、少くとも西北部一反五畝は農地であつたので、これが所有権の移転については所轄千葉県知事の許可が必要であつた。本件売買契約は右知事の許可を効力発生の停止条件として締結されたものであつて、第一審被告は、少くとも昭和二十七年十二月二十五日の登記期日までに右許可の申請手続をなすべき約であつたところ、第一審原告が昭和二十六年十二月二十六日右申請につき協力を求めたのにかかわらずこれに応ぜず、ついに前記登記期日にいたるもこれが申請手続をなさなかつた。一方第一審原告は、約定の右代金支払並びに登記期日に残代金十四万円を第一審被告方に持参し支払のため現実に提供し登記手続を求めたのであつたが、第一審被告において何ら登記の準備もせず、かつ理由なしに右代金の受領を拒んだので、止むなくこれを持ち帰つた次第であつた。なお、第一審原告は、昭和二十八年一月十二日富浦町農業委員会に対し本件畑に対する耕作権確認の申請をなしたところ、第一審被告は、同委員会においてたとい残金十四万円全部の支払を受けるも現在としては所有権移転登記をなす意思なき旨言明したのであつた。

(三)  かような次第で、第一審被告は、本件売買につき知事の許可を得るためこれが申請手続に協力すべき義務あるにかかわらず故なくこれをなさず、かつ登記をもなさず、仮に契約上かかる協力義務がなかつたとしても、少くとも現況農地である西北部一反五畝を除きその余の部分は農地ではなかつたのであるから、その部分については知事の許可がなくても分筆の上所有権移転登記をなすことが可能であつたのにかかわらず第一審被告は全然これをなさなかつたのであるから、本件売買契約は右第一審被告の不履行により昭和二十七年十二月二十五日限り当然解除となつたものというべきである。よつて第一審原告は、本訴において第一審被告に対し、右契約解除を原因としてこれに基く原状回復義務の履行として第一審原告がさきに支払つた金五万円及び金十四万円の各代金の返還並びにこれらの金額に対する各受領の日の翌日から返還ずみまでの年五分の利息の支払を求めるとともに約旨に基く違約金五万円並びにこれに対する本件訴状が第一審被告に送達せられたる日の翌日である昭和二十八年七月六日から支払ずみまで年五分に相当する遅延損害金の支払を求める。

(四)  もし本件売買契約が知事の許可を欠くが故に無効とせられるときは、第一審被告は法律上の原因なくして第一審原告の支払つた金五万円及び金十四万円を利得したことになり、右利得は現存するのみならず第一審被告は悪意の受益者であつたのであるから、第一審原告の前記契約解除を原因とする返還請求が理由なしとして排斥せられるときは、予備的に第一審被告に対し、右不当利得を原因としてその受けたる金五万円及び金十四万円の利益にその受益の日の翌日から年五分の利息を附してこれが返還を求める。

第二右に対する第一審被告の答弁並びに抗弁

(一)  第一審原告の右第一(一)ないし(四)の主張事実中、第一審被告が昭和二十六年十二月三日第一審原告との間に第一審被告を売主、第一審原告を買主として登記の点を除き第一(一)記載のような内容の畑の売買契約を締結したこと、右契約に基き第一審原告から、契約当日金五万円を、及び昭和二十七年五月三十一日金十四万円を、それぞれ代金として受領したこと、右売買の目的たる畑は農地であつて、従つてこれが所有権の移転については所轄千葉県知事の許可を必要としたこと、しかるに第一審被告はこれが許可の申請手続をなさず、また登記手続をもしなかつたこと、並びに第一審原告が昭和二十八年一月十二日富浦町農業委員会に対し本件畑の耕作権確認の申請をなしたことは、いずれもこれを認めるが、その余の事実はすべてこれを否認する。本件売買契約は、知事の許可を効力発生の停止条件としてなされたものではなく、単純無条件に締結せられたものである。しかもなお知事の許可は、本件売買契約締結当時その効力を有していた農地調整法第四条第二項によればこれを行うことを得ない場合を規定しているのであるから、本来民法第百二十七条にいわゆる条件たり得ないものである。また第一審被告は、本件契約において右知事の許可申請手続に協力すべき旨約したこともなく、本件畑の所有権移転につき知事の許可を必要とすることは本件紛争後はじめて知り得たところであつたのである。また登記は最終回の割賦金支払と同時にこれをなす約ではなく、代金完済後にこれをなすべき約であつた。しかるところ、第一審原告は、約定の支払期日たる昭和二十七年十二月二十五日までに残代金十四万円の支払をなさず、ひたすら右残代金の内金六万円の支払を昭和三十一年七月まで猶予せられたき旨懇請するのみであつたので、第一審被告は登記手続をなさなかつた次第で、また第一審原告から農地でない部分につき分筆の上登記手続をなすべき旨の要求がなかつたのみならず、本件畑は全体として農地であつたのであるから、第一審被告には分筆の上登記手続をなすべき義務もない。

(二)  事実関係は右のとおりであつて、本件畑の売買契約は、右につき千葉県知事の許可を欠くが故に農地調整法第四条第一項第五号により無効であつて、仮に第一審原告主張のとおり知事の許可を停止条件としたものであつたとしても、第一審原告は、当時千葉県安房郡富浦町において農業を営んでいなかつたので、農地調整法第四条第二項第三号の規定上知事の許可を得ることのできないことは契約当時明瞭であつて条件の不成就が既に確定していたのであるから、本件売買契約は民法第百三十一条第二項によりこれを無効となす外ない。そして無効の契約について債務不履行のあるべき筈はないのであるから第一審被告に債務不履行あることを前提とする第一審原告の本訴請求は債務不履行の有無を論ずるまでもなく失当であるといわなければならぬ。

(三)  唯本件売買契約が無効なる結果、第一審被告は、法律上の原因なくして第一審原告が右契約に基き支払つた前示代金内金合計十九万円を利得したことになるのであるが、本件契約は前にも申したとおり知事の許可なくしてなされたものであり公の秩序に反するものであるから、右契約に基き支払われた代金は不法の原因のための給付に該当するものというべく、従つて第一審原告は第一審被告に対しこれが返還を請求することはできない。

(四)  仮に右(三)の主張が理由がないとしても、第一審被告は、第一審原告に対し、後記反訴請求の原因においてのべるとおり、昭和二十六年十二月二十五日以降本件畑の明渡を受けるまで一年金十四万四千円に相当する不法行為に基く損害賠償債権又は不当利得返還債権を有しているので、昭和三十年四月十六日の当審最終口頭弁論において同日までに生じた右債権と本件不当利得返還債務とを対当額において相殺の意思表示をなしたので、第一審原告の右債権はこれにより消滅した。

第三右抗弁に対する第一審原告の答弁

(一)  本件畑の所有権の移転については所轄千葉県知事の許可を必要とすることはまことに第一審被告所論のとおりであるが、それだからといつて右知事の許可を停止事件としてあらかじめ農地売買契約を締結しておくことは法の禁ずるところであるということができず、条件附契約として当事者間にその効力を認むべきである。本件において右知事の許可が得られないことが契約当時既に明瞭であり、従つて条件不成就に確定していたとの事実はこれを争う。但し現在にいたるまでついに知事の許可のなかつたことは認める。

(二)  本件代金内金が不法原因給付であること、並びに、第一審被告が第一審原告に対しその主張のとおりの損害賠償債権又は不当利得返還債権を有することはいずれもこれを否認する。仮りにかかる債権を有するとしてもその額は後記のとおり一年金千七百四十円の割合にすぎない。

第四第一審被告の反訴請求の原因

(一)  本件売買契約においては売買の目的である本件畑の引渡時期について何ら定なく、第一審被告は、代金全額の支払を受けた後これが引渡をなすつもりでいたところ、第一審原告は、契約締結後間もなく、契約したら自分の物だと称し第一審被告の制止するのもきかないで強引に本件畑の占有をうばい、現に右地上に木造亜鉛葺平家建家屋一棟建坪十坪(家屋番号多田良二〇番の二)を建築所有し、花卉栽培のための施設物(フレーム類)を設置し、花卉を栽培耕作して不法に本件畑を占有している。しかして本件売買契約は前記のとおり無効であり、本件畑の所有権は依然として第一審被告にあるので、第一審被告は、ここに反訴を提起して第一審原告に対し、右不法占有を原因として所有権に基き本件畑をその地上に存する前記建物並びに花卉類施設物一切を収去して明け渡すべきことを求める。

(二)  次に、第一審被告は、本件畑を花卉畑として利用耕作するときは、一反歩について一年金六万円、可耕地二反四畝につき一年金十四万四千円の収益をあげることができたところ、第一審原告の右不法行為によりこれを耕作することができず、少くとも昭和二十六年十二月二十五日以降一年金十四万四千円に相当する得べかりし利益を失い同額の損害を被つた。よつて第一審被告は第一審原告に対し本件畑の明渡に併せ昭和二十六年十二月二十五日から右明渡ずみまで一年金十四万四千円に相当する損害の賠償を求める。

(三)  なお、右不法行為による損害賠償の請求が理由がないときは、第一審原告は、法律上の原因なくして本件畑を耕作し、昭和二十六年十二月二十五日以降一年金十四万四千円に相当する利益を不当に取得したので、右不当利得金の返還を求める。

(四)  なおまた第一審被告は、第一審原告の本訴請求に対する仮定抗弁として右損害賠償債権又は不当利得返還債権による相殺を主張したので、もし右相殺の抗弁が容れられるときは、第一審被告の右反訴請求金額より右相殺により消滅した部分の控除されることはもちろんである。

第五右に対する第一審原告の答弁

(一)  第一審原告が現に本件畑の上に第一審被告主張の建物を所有し、花卉栽培のための施設物(フレーム類)を設置し、本件畑を耕作し花卉類を栽培していることは認めるが、不法に本件畑の占有をうばつたことは否認する。本件売買契約においては、第一回の金五万円の支払後直ちに本件畑の引渡を受ける約であつたので、第一審原告は、右金五万円の支払後昭和二十六年十二月二十五日まず本件畑のうち農地であつた西北部一反五畝の引渡を受けてこれを花畑として利用耕作し、ついで昭和二十七年三月頃残地全部の引渡を受けてこれを開墾耕作した次第であつて、決して第一審被告の意に反して強引にこれをなしたものでなく、従つて、本件売買契約が解除となつた結果、原状回復義務として本件畑を第一審被告に返還し、また本件畑の使用料を第一審被告に支払うべき義務あることは格別、第一審被告主張のように不法行為による損害賠償債務を負担するものではない。

(二)  仮に第一審原告が第一審被告に対しその主張のような損害賠償債務を負担するものとしても、その額を争う。右額は本件畑の使用料を基準として算定すべく、本件畑の小作料は年間一反歩当り金六百円として金千七百四十円が相当であるので、右額を超過する第一審被告の請求部分は失当である。

(三)  第一審原告が本件畑の利用耕作により一年金十四万四千円の利益を不当に利得したとの事実を否認する。仮に不当利得となるものとしてもその額は前示小作料相当額に過ぎない。

第六右に対する第一審被告の反駁

(一)  第一審被告は、本件売買契約締結後、第一審原告の懇請により、昭和二十六年十二月中に第一審原告に対し本件畑に生立していた枇杷の木の下に君子蘭の鉢植を置き、また約四、五十坪の場所に試験的に花卉を栽培することを許容した事実はあるが、本件畑を任意引き渡しまたはこれが占有を黙認した事実はない。現に第一審被告は第一審原告が本件畑の周辺に生立していた防風林を伐採したり隣地との境の堤を切り崩したり、また家屋を建築した際、強くこれに抗議したのである。また第一審被告が第一審原告から芍薬の金千円を受領したことは事実であるが、これは第一審原告が本件畑の引渡前不法に切花をしたので、その損害金として受領したものであり、これをもつて第一審被告が本件畑を引き渡しまたはその占有を容認していた証左となすは当らない。

(二)  本件畑の所在地である千葉県安房郡富浦町において畑の小作料が一年一反歩につき金六百円と定められていることは認めるが、本件損害賠償又は不当利得金の額を定めるにつき右小作料を基準として算定することは妥当でない。小作料とは耕作者が賃借権地上権等所有権以外の正権原に基いて土地を耕作する場合にその権原の設定者に対して支払う地代、借賃をいうのであつて、しかも法律により統制されているのであるから、本件のような不法耕作の場合にこれを基準として損害の額を算定するのは相当でなく、仮に右不法耕作により第一審被告の現実に失つた得べかりし利益の額によるべきものである。そして第一審被告は、本件売買契約締結前、本件畑の内四畝歩に枇杷を植栽し、二反四畝歩に花卉を栽培して年間一反歩につき金六万円以上の収益をあげていたのであるから、本件得べかりし利益の喪失による損害を一年金十四万四千円と見積つたのは相当である。そしてこのことは不当利得の額の算定についても何ら変るところはない。

証拠<省略>

理由

まず第一審原告の本訴請求の当否について判断する。

第一審原告が昭和二十六年十二月三日第一審被告からその所有にかかる千葉県安房郡富浦町多田良鳥畑不動後六百七十五番地の一畑二反八畝二十一歩(以下これを本件畑という。)を登記の点を除き第一(一)記載のような約定で買い受ける旨の契約を締結したことは当事者間に争なく、成立に争ない甲第一号証(土地売買契約書)によれば、昭和二十七年五月三十一日残代金全額支払と同時に所有権移転登記をなす約定であつたことを認めることができる。第一審被告は、登記は代金完済後になす約であつたと主張するけれども右事実を認めるに足る確証はない。

ところで、右契約当時本件畑の現況は農地であつたことは当事者間に争ないところであるので、(第一審原告は、本件畑のうち農地といいうべきは西北部一反五畝だけであつて残部は農地でないといつているけれども、しかもなお全体として農地と見うべきものであることを自認している。)これが所有権の移転についてはその当時効力を有していた農地調整法第四条第一項により所轄千葉県知事の許可を必要としたところ、第一審被告は、本件売買契約は右許可を欠くが故に無効である、と主張するけれども、同法第四条第五項によればかかる許可がないときはその効力を生じない旨規定するに止まり、知事の許可を効力発生の停止条件としてあらかじめ農地売買契約を締結しておくことまで禁止した趣旨でないと解するを相当とすべく、このことは、不動産登記法第三十五条第一項の第二号と第四号との対照からもうかがいしることができるであろう。しかもなお、現実の取引において売買契約成立にさきだち知事の許可を得ることはまれであるばかりでなく、まだ成立していない売買契約について知事の許可を得るということ自体が無意味であることに留意すべきである。されば第一審被告の主張にして本件売買契約はいまだ知事の許可がないからその効力を生じていないという趣旨ならば格別、これがため知事の許可を効力発生の停止条件としてあらかじめ締結せられた農地売買契約の効力を否定することはできず、かかる契約は、まだ知事の許可がなくても条件附契約として当事者間にその効力を有するものとなすべきである。そして、本件において、当事者は、いずれも本件畑が農地であることにつき認識があり、これについて売買をなす意思をもつて本件売買契約を締結したのであるから、特に知事の許可ある時をもつて売買契約成立の時となす合意があつた場合は格別、かかる合意のない限り、本件売買契約は、第一審原告主張のとおり知事の許可を効力発生の停止条件としてあらかじめなされたものと推定するを相当とすべく、第一審被告は、本件売買契約は単純無条件になされたと主張するけれども、右に副う原審並びに当審における第一審被告本人尋問の結果は信用することができず、その他右推定を覆すに足る反証はない。

第一審被告はかかる知事の許可は民法第百二十七条にいわゆる条件たり得ないものであると主張する。なる程農地調整法第四条第二項によれば知事が許可を行うことのできない場合を規定しているが、それだからといつて知事の許可をなすと否とが客観的に確定しているものとなすことができず、知事の許可は、たといそれが法規裁量であるとしても矢張一の裁量行為であるのであるから、これをもつて条件となすことは毫も妨げないものというべく、また農地売買契約をもつて条件に親まない行為となすこともできないであろう。

次に第一審被告は、仮に知事の許可が停止条件たり得るものとして、第一審原告は本件売買契約締結当時千葉県安房郡富浦町において農業を営むものでなかつたから、千葉県知事は、農地調整法第四条第二項第三号により本件売買契約に対して許可を与えるに由なく、従つて条件不成就に確定していたものである、と主張する。しかし成立に争ない乙第四号証によつてはいまだ右事実を認めるに足らず、他に右事実を認めるに足る証拠がないばかりでなく、右第二項は許可を行うことを得ない基準を示したに止まり、第一審原告が富浦町に居住して花卉栽培業を営む目的をもつて本件売買契約を締結したことは、原審並びに当審証人高木仲次郎、福原秀の証言により明らかなところであるので当時第一審原告が富浦町において農業を営んでいなかつたからといつて直ちに条件不成就に確定していたものと即断することはできないであろう。

されば本件売買契約は、条件附契約として条件の成否未定の間においても当事者間にその効力を有していたものと認めるのが相当である。

しかるところ、第一審原告が第一審被告に対し、昭和二十六年十二月三日本件売買代金の内金五万円を、昭和二十七年五月三十一日同金十四万円を、それぞれ支払つたことは当事者間に争なく、同年十二月二十五日第一審被告方において残金十四万円を支払のため提供したが受領を拒絶せられたことは、原審並びに当審証人高木仲次郎、福原秀、及び当審証人小熊正の証言を綜合してこれを認めることができる。もつともこれら証言及び原審並びに当審における第一審被告本人の供述を綜合すれば、第一審原告は、右提供にさきだち昭和二十七年秋頃よりしばしば第一審被告に対し残金十四万円の内金六万円の支払を昭和三十一年七月三十一日まで延期せられたき旨懇請していたこと、及び第一審被告は、このことから第一審原告に対し不信の念を抱き、かつ右金十四万円は小熊正が第一審原告のため調達提供したものであつたので、右提供の際これが受領を拒絶したものであることを認めることができるけれども、それだからといつて受領拒絶につき正当の理由あるものということができず、第一審原告は、右提供により残代金支払につき不履行の責を免れたものということができる。一方第一審被告は、前認定のとおり右残代金支払と同時に所有権移転登記手続をなすべき約であつたのにかかわらず、何らこれが手続をなしていなかつたことは第一審被告の争わないところであり、また本件登記申請をなすについては知事の許可ありたることを証する書面を提出することを要することは、不動産登記法第三十五条第一項第四号の規定に徴し明瞭であるので、従つて約定の登記期日までに右許可を得ることを要するものというべく、右許可申請は当事者の連名をもつてなすべきものなるをもつて、本件売買契約書に明記されたると否とを問わず第一審被告は右申請に協力すべき義務を有するものというべく、第一審被告においてもこれを了知していたことは当審証人福原秀の証言によりこれを窺知するに難くないのにかかわらず、右証人の証言によれば、第一審被告は約定の登記期日前第一審原告から右申請に協力すべき旨求められたのに対し故なくこれに応ぜず、ついに現在にいたるもこれをなさなかつた事実が認められるので、本件売買契約は、約旨に基き条件の成否未定の間において右第一審被告の不履行により昭和二十七年十二月二十五日限り当然解除となつたものといわなければならぬ。もし本件特約の趣旨がいわゆる失権約款でなく、解除の意思表示を要するものとするも、本件訴状の送達により右意思表示ありたるものと認むべきである。第一審被告は、本件売買契約締結に当り許可申請手続に協力すべき旨約したことなく、知事の許可を要することは本件紛争後はじめて覚知したものであると主張するけれども、右に照応する原審並びに当審における第一審被告本人の供述はにわかに信用することができず、右の外他に右事実を認めるに足る証拠はない。

果して然らば、本件売買契約は適法に解除せられたものであるから、各当事者はこれによりその相手方を原状に復せしむる義務を負うものというべく、従つて第一審被告は、第一審原告に対し、本件売買代金内金として受領した金五万円及び金十四万円にそれぞれその受領日の翌日である昭和二十六年十二月四日及び昭和二十七年六月一日から年五分の利息を附加してこれを返還すべき義務あるものというべきである。

第一審被告は、右代金は不法の原因のため給付せられたものであるから、第一審原告はこれが返還を求めることができない、と主張するけれども、本件のような売買契約を締結することは別段法律の禁止するところでないことは前説明のとおりであるから、これに基き支払われた本件代金内金が不法原因給付にあたらないことは説明を要せずして明らかであるであろう。

よつてさらに進んで第一審被告の相殺の抗弁について審究する。

第一審被告は、第一審原告は本件売買契約締結後不法に本件畑の占有をうばい、第一審被告の耕作を不能ならしめ、よつて少くとも昭和二十六年十二月二十五日から一年金十四万四千円に相当する損害を被らしめた、と主張するけれども、右不法侵奪の事実は、これに符合する原審並びに当審における第一審被告本人の供述は、後記証拠にてらし当裁判所の信用しないところであつて、これを措いて他に右事実を認めるに足る証拠なきに反し、かえつて当審証人高木仲次郎、福原秀、及び増田敏雄の証言を綜合すれば、本件売買契約においては、買主は第一回の金五万円支払後は自由に本件畑を耕作しうべき旨の約旨あり、第一審原告は、右約旨に基き本件畑の引渡を受けこれを耕作していた事実を認めうべきをもつて、第一審被告は第一審原告に対しその主張するような不法行為による損害賠償債権を有することはないものといわなければならぬ。

しかしながら、本件売買契約が解除となつた以上、第一審原告は、本件畑を占有耕作していたのであるから、原状回復義務の履行として本件畑の利用により取得したる利益を相手方である第一審被告に返還すべき義務あるは当然であつて、(大審院昭和十年(オ)第二八四一号同十一年五月十一日判決参照)第一審被告はこれを不当利得返還債務であるといつているけれども、右主張のうちには当然右原状回復義務に基く返還債務の主張をも包含しているものとなすを相当とすべく、契約に基いてなされた給付は解除によつて法律上の原因を失うこととなるのだから、その受領者は不当利得に関する規定に従つて返還義務を負うに至るとみてもよい訳であるが、原状回復義務は、不当利得に基く返還義務が既給付物について現存利益の返還義務であるのに対し、始めから給付を受けなかつたと同一の結果を生ぜしむる債務であるのであるから、原状回復に関する規定は不当利得に関する規定の特則として定められたものと認めるを相当とすべく、従つて契約解除に基く原状回復の場合、最早不当利得に関する規定の適用はないものといわなければならぬ。よつて第一審被告の不当利得返還債務に関する主張は、原状回復義務に基く返還債務としてのみこれを審究すべく、その他は審究の要なきものである。

ところで第一審原告が本件畑の利用により取得したる利益とは何をいうのであらうか、第一審被告はこれを第一審原告が本件畑を利用耕作することにより得た収益であるといい、第一審原告は本件畑の使用料である小作料相当額であるという。なる程本件畑を利用耕作しなかつたならば第一審原告は何ら収益をあげ得なかつたのであろうし、右収益はあるいは本件畑から生じた果実であるということもできるであろう。しかしながら第一審原告が右収益をあげるためには、本件畑の利用耕作に要した労力費用も加わつているのであつて、この点を考慮に入れるときは、第一審原告が本件畑の利用により得た利益というのは畢竟本件畑を何ら対価を支払わないで利用したことをいうのであつて従つて本件畑の使用料すなわち小作料相当額がこれであるというのを相当とする。もしそうでないならば、第一審原告が本件畑の引渡を受けたが何らこれを利用耕作せず、従つて現実に収益をあげ得なかつた場合になお利益ありとしてこれが返還を求めることができるであろうか、この場合、前示の如く解するときは、第一審被告としては、現実第一審原告が本件畑を利用したと否とを問わず、これを引き渡しこれを利用しうべき状態においたのであるから、契約解除による原状回復義務の履行として本件畑の引渡から返還にいたるまでの期間につきその使用料すなわち小作料相当額の返還を求めることができるのである。右に反する第一審被告の所論は採用しない。

しかして本件畑の小作料は一反歩当り一年金六百円をもつて相当とすることは成立に争ない甲第五号証により明らかであるので、第一審原告主張のとおり一年金千七百四十円をもつ相当であるとなすべく、かつ右金額は昭和二十六年十二月頃から現在にいたるも変りないものと認められるので、従つて昭和二十六年十二月二十五日から昭和三十年四月十六日までの本件畑の相当小作料は合計金五千七百六十四円(三年三月二十三日分として計算し、円未満は切捨)であることは算数上明らかなところである。第一審被告は、昭和三十年四月十六日の当審における最終口頭弁論において、これをもつて第一審被告の負担とする前示金五万円と金十四万円、合計金十九万円とこれが利息の返還債務と対当額において相殺の意思表示をなしたところ、右元本並びに利息の返還債務は金五万円の口と金十四万円の口とにわかれているが、同一の原状回復義務に基く一個の債務であるのであるから、民法第五百十二条第四百九十一条により利息及び元本の順に充当すべきものである。よつてその利息を計算するに、元金五万円に対する昭和二十六年十二月四日から昭和三十年四月十六日までの年五分の利息は合計金八千四百十七円であり、(三年四月十三日分として計算するときは金八千四百二十二円となり、三年と百三十四日分として計算するときは金八千四百十七円となるが、いずれも円未満を切り捨てた関係上そうなつたので、ここにおいては少なきに従う。)また元金十四万円に対する昭和二十七年六月一日から昭和三十年四月十六日までの年五分の利息は合計金二万百三十六円であり、(二年十月十六日分として計算するときは金二万百四十円となり、二年三百二十日分として計算するときは金二万百三十六円となるが、ここにおいては後者に従う。但し円未満切捨)利息の合計は、金二万八千五百五十三円となるところ、前記五千七百六十四円をもつて対当額において相殺するもなお元本の外金二万二千七百八十九円の利息を余す次第で、第一審被告は第一審原告に対しなお元本金十九万円、右利息の残金二万二千七百八十九円及び金十九万円に対する昭和三十年四月十七日から支払ずみまで年五分の利息の返還をなすべき義務あり、第一審原告の代金内金及びこれが利息の返還を求める本訴請求はこの限度において正当として認容すべきも、その余は失当として棄却すべきである。

次に違約金五万円の支払を求める第一審原告の本訴請求の当否につき審究するに、本件売買契約が第一審被告の不履行により解除せられたことは前認定のとおりであるので、第一審被告は第一審原告に対し約旨に基く違約金五万円を支払うべき義務あることは当然であつて、従つて金五万円並びにこれに対する本件訴状が第一審被告に送達せられたる日の翌日であること当裁判所に顕著なる昭和二十八年七月六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あり、右に関する第一審原告の本訴請求は全部正当として認容すべきである。

次に第一審被告の反訴請求の当否について判断する。

第一審原告が現に本件畑の上に第一審被告主張の建物を所有し、花卉栽培のための施設物(フレーム類)を設置し花卉を栽培して本件畑を占有していることは第一審原告の認めるところである。そして本件売買契約が昭和二十七年十二月二十五日限り解除せられたことは前認定のとおりであるので、たとい占有の当初正当なる権原に基いて占有を開始したとしても、同日以降は最早これを占有すべき権原を喪失し、現在においては不法にこれを占有しているものといわなければならぬ。従つて第一審原告は、契約解除に基く原状回復義務の履行として本件畑を第一審被告に返還すべき義務あるは固より、所有権に基く第一審被告の明渡請求に対してもこれに応ずべき義務あるをもつて、第一審原告に対し本件畑の上に存する建物、施設物、花卉類一切を収去して右畑の明渡を求める第一審被告の反訴請求は正当として認容すべきである。

次に第一審被告が第一審原告に対し不法行為に基く損害賠償請求権はこれを有しないが、小作料相当額の本件畑の使用による利益返還請求権を有すること、並びにそのうち昭和三十年四月十六日までに発生した分については、第一審被告のなした相殺の結果消滅し、現在においては昭和三十年四月十七日から本件畑の明渡ずみまで一年金千七百四十円に相当する利益の返還請求権を有するにすぎないことは、本訴における相殺の抗弁についての判断において説明したところにより明らかであるので、金員の支払を求める第一審被告の反訴請求は右の限度において正当として認容すべきも、その余は失当として棄却すべきである。

叙上の次第なるをもつて、第一審被告の控訴は理由なきも、これと趣旨を異にする原判決は第一審原告の控訴によりこれを変更すべきものとし、よつて民事訴訟法第三百八十四条、第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十二条、第百九十六条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 大江保直 草間英一 猪俣幸一)

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