東京高等裁判所 昭和29年(ラ)567号・昭29年(ラ)568号 決定
按ずるに本件記録によれば、抗告人と相手方等との間には、昭和二十八年二月十六日東京地方裁判所八王子支部において調停が成立し、(同庁昭和二十八年(ユ)第一号並びに第五号)、該調停調書には調停条項として、(一)抗告人は東京都北多摩郡東村山町野口字萩山二千七百七十番地の土地の内、相手方近藤には五十坪九勺四才、相手方乙戸には五十坪一合五勺(もつとも叙上の各坪数は、当初の調書に記載されたものではなく、同年九月四日更正決定により訂正されたものである)を、昭和二十七年六月一日以降賃料一カ月一坪金三円の約で賃貸すること。右賃料中昭和二十七年六月から同年十二月迄の分は昭和二十八年二月から毎月末日限り向う七カ月間に支払うこと。昭和二十八年一月一日からの賃料は毎月末日限り支払うこと。(二)若し相手方等が右賃料の支払を二回以上怠つたときは、抗告人から何等の通知催告を要せず賃貸借契約は解除となり、相手方等は各地上の建物を収去して土地を明渡すこと。その他の記載があることを認めることができる。
而して原審並びに当審における審訊に際して、相手方本人近藤近平及び乙戸重二は、いずれも昭和二十八年二月中或いは二月二十四日抗告人の父中村復一郎方を訪ずれ、同人に対し賃料を提供したが、同人は或いは裁判所から調停調書がまだ来ないから受取れぬとか、或いは調停調書表示の賃借土地の坪数と実際の賃借坪数とが相違するからその訂正をして貰はねば受取れぬとかの理由で、その受領を拒絶し、更に同年三月中或いは三月末頃、同年四月頃、同年六月末頃にも同様中村復一郎方において、同人に賃料を提供したが、その都度同様の理由で受領を拒絶されたから、同年九月一日に昭和二十七年六月分から翌二十八年八月分迄の賃料二千二百五十円を供託し、その後順次賃料を供託している旨供述している。然し当審における中村復一郎審訊の結果によれば、同人は抗告人と相手方等との間の賃貸借関係について、抗告人を代理して一切を処理する権限(賃料受領の権限をも含んで)を有していたことは明かであるが、相手方等が前記調停成立後昭和二十八年二月中から六月中までの間に右復一郎方を訪ね賃料の受領を求めたということはなく、ただ同年三月末頃相手方等と共に前記調停の当事者となつている上田市松が右復一郎方に来て、自己及び相手方等の賃料(当時弁済期の到来していた同月末日迄の分と推認する)をまとめて持参したから受取つて貰いたい旨述べたが、右復一郎は当時まだ調停調書を受取つていなかつたので、確かな賃料額が判らぬから今は受取れぬといつてその申出を拒絶したこと(右調停には復一郎も抗告人の代理人佐藤吉熊弁護士と共に度々出頭したが、調停が成立した最後の期日には出頭しなかつたので、当時まだ調停条項の詳細を知らなかつた)及びその後相手方等は賃料の支払をしないので、抗告人は同年七月二十日附内容証明郵便で相手方等に対し、右賃貸借は調停条項の趣旨によつて解除になつたから建物を収去して土地を明渡すよう催告したことを認め得るところである。叙上の認定に反する相手方等の前掲供述は採用し難い。
右認定の事実によれば、仮りに同年三月末日迄の賃料及び前年度延滞賃料の分割支払分について、抗告人が受領遅滞の責に任すべきものとしても、中村復一郎が当然その後の賃料等の受領をも続いて拒否するものとは直ちに考へられぬところであるから、相手方等は同年四月末日以降毎月末日弁済期の到来した分については、その都度現実に支払うべきは当然であるといわねばならぬ。然るに相手方等がその支払を怠つたことは前段認定のとおりであるから、前記賃貸借は調停条項の趣旨により、遅くとも同年五月末日には解除の効果を発生したものというべきである。