大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)2号 判決

原告 株式会社大平商店

被告 特許庁長官

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

二、事  実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十八年抗告審判第一五四号事件について、特許庁が昭和二十八年十二月二十二日になした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、昭和二十六年十月四日別紙記載のような商標について、第四十三類菓子及び麺麭の類を指定商品として、登録を出願したところ、(昭和二十六年商標登録願第二〇〇二九号事件)拒絶査定を受けたので、昭和二十八年二月四日抗告審判を請求したが、(昭和二十八年抗告審判第一五四号事件)特許庁は、昭和二十八年十二月二十二日原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は、同月二十六日原告に送達せられた。

二、審決は、別紙記載の登録第二四四〇二一号及び第二四五五〇四号商標を引用し、原告の商標は、これら登録商標と類似するものとして、次のように説明している。すなわち原告の商標は、角力取が、両手を水平に挙げて、かつ、まわしの部分に「大関」の文字があり、引用の登録商標は、両手を下げて拳を握り、かつ、まわしの部分に「谷風」の文字の相違はあるにしても、離隔的にこれをその全体よりみるときは、外観上彼此まぎれるおそれがあるものというのを、取引上相当とする。また称呼上及び観念上よりみるときも、両者間では、各まわしの部分の「大関」と「谷風」の文字から、前者は、「大関」印、後者は、「谷風」印の称呼及び観念が一応生ずるとしても、このような図形を一般世人は、単に「角力取」印又は「角力」印と称呼及び観念することが、極めて普通であると、慣習上いわなければならない。従つて、両商標は、この点で「角力取」印又は「角力」印の称呼及び観念を同一にするものといわなければならない。

三、しかしながら、右審決は、次の理由によつて違法である。

(一)  原告の商標は、その図形及びまわしに記載せられた文字から、名実ともに疑のない「大関」印であり、引用商標は、同様の理由から、疑のない「谷風」印であつて、両者は何等混同を生ずるおそれがない。

汽船は図に描けば大体皆似たり寄つたりであつて、これに若し船名の表示がなければ、いずれも単なる「汽船」印としてまぎらわしいが、甲の船には「秩父丸」、乙の船には「大洋丸」というように、船名がハツキリ胴書された場合には、甲は「秩父丸」、乙は「大洋丸」と一定し、最早外観上も称呼及び観念上も混同を生ずることはない。また同じ軍人の図形であつても、一方は「大山大将」、他方は「寺内大将」と明瞭に記銘されている限り、これまた外観上も称呼観念上も混同を生ずる余地はない。

右常識問題と同様に、角力取の図形においては、その角力取が何という角力取であるかを表わす名前は、「まわし」に大きく書くのが常識であつて、世人は、皆この「まわし」に書かれた名前によつて、それが何という角力取であるかを識別する。従つて「まわし」に全然名前が書いてない場合は別として、「まわし」に名前が明記されている限り、その名前によつて識別が行われることは絶体というも過言ではない。

以上の見地からこれを見るに、引用商標は「谷風」印、原告の商標は「大関」印として扱われるものであつて、いずれも単なる「角力取」印として扱われるものではない。しかも単に称呼観念上そのようであるばかりでなく、外観上はつきり、かゝる区別のあることは、特に注意されなければならない。この点、審決が、外観上の比較においては、図形のみが比較の対象となり、記銘文字は閑却されるかの如く判示しているのは、「人物の図形に記銘された記銘文字は、すべての観者の最も注視するところである。」との上述の常識の逆を行くものであつて、結局実験則違反である。

(二)  およそ商標の外観上の比較においては、文字もまた重要な要素であつて、それが人物の図形に対する記銘文字である場合においては、むしろ第一義的主要素となることは、先に述べたところである。商標の称呼及び観念は、自然に生ずる称呼及び観念、換言すれば、通常いかなる称呼及び観念を以て扱われるものであるかの判断によつて確定すべきであつて、各方面から検討していかなる称呼観念の発生が可能であるかによつて確定すべきではない。例えば一輪の桜花の図形商標は、「桜」印の称呼観念の外、可能という点からいえば「花」印ともいい得るが、自然の称呼観念は「桜」印である。「富士山」の図形を「山」印と呼ぶ類も、同様に正しい称呼観念の確定といい得ない。審決が、引用商標の「谷風」印を目して、「谷風の称呼観念が一応生ずるにしても、他に『角力取』印又は『角力』印の称呼観念をも生ずる。」としたのは、可能論によつて称呼観念を確定した嫌がある。原告の商標も、引用商標も、ともに、自然の称呼観念は、他に自明のものがあつて「角力取」印又は「角力」印ではない。最近の特許庁の審査において、(昭和二十七年商標登録願第五七八五号事件)本件と同一の菓子類を指定商品として、「相撲」なる文字商標が、拒絶の理由なきものとして、登録査定処分のなされたことは、この事実を物語るものである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告の請求原因としての主張に対し、次のように答えた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを争う。

原告の商標と引用にかゝる各商標(登録第二四四〇二一号商標と同第二四五五〇四号商標とは、全く同一構成にかゝり、前者は第四十三類餠、あんころ、団子、チマキを指定商品とし、後者は同類菓子及び麺麭の類、但し餠あんころ、団子、チマキを除くものを指定商品としている。)とを比照してみると、両者が相違する点は、原告の商標は、「まわし」の部分に「大関」の漢字を書いてあるのに、引用の商標は、「谷風」の漢字であること、及び前者の角力取は、両手を水平に挙げているのに対し、後者の角力取は、両手をさげて拳を握つていることとである。しかしながら、両者とも角力取は、いずれも四股を踏んだあとで、全身に力を入れて立ちあがつた土俵入の型を現わしているような図形を共通点とし、このような姿勢の角力取は、全体を離隔観察するときは、一般世人をして、まことに誤信される虞のある、微差に過ぎないというべきであり、外観上彼此まぎれるものであることは、その構成上明かである。

次に称呼及び観念上から比較すると、両者はまわしの部分にそれぞれ「大関」「谷風」の漢字が書いてあり、前者は「大関」印、後者は「谷風」印の称呼及び観念が一応生ずるにしても、このような図形全体を一般世人が観識するときは、単に「角力取」印又は「角力」印と称呼及び観念する方が、普通常識である。従つて、両者はともに、「角力取」印又は「角力」印の称呼及び観念が共通するものであるから、取引上誤認混同を生ぜしめる虞が十分あり、かつ両者間の指定商品は、互にてい触するものであるから、原告の商標について、商標法第二条第一項第九号を適用した審決は相当であるといわなければならない。

第四証拠<省略>

三、理  由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実によつて明らかなように、原告の登録を出願した商標は、別紙記載のとおり、「大関」の文字を、右上から稍左斜下へ顕著に書いた化粧まわしをつけ、横綱を張つた力士が、真正面に向つて直立し、両腕を水平に開いた土俵入りの図形によつて構成されており、引用の登録商標(第二四四〇二一号と第二四五五〇四号は、指定商品を異にするだけで、構成は、全く同一である。)は同じく、「谷風」の文字を、はつきり右から横書にしてある化粧まわしをつけ、横綱を張つた力士が、稍斜め左向きに、両腕を下げたまゝ直立している、図形によつて構成されている。

三、よつて右両商標が、審決のいうように類似するものであるかどうかを判断するに、なるほど右両図形における力士の姿勢は、前述のとおり相違し、また化粧まわしに、はつきりと記載した文字が、一方は「大関」であり、他方は「谷風」である。しかしながら、これをいわゆる離隔的に、全体として見るときは、両者は、ひとしく化粧まわしをつけ、横綱を張つた力士の図形であつて、前述の姿勢の相違の如きは、強く区別して脳裏に印象せられるものとは解されず、また化粧まわしに記載された文字も、一方の「大関」は、単に高位力士の位置を示す普通名詞であり、他方の「谷風」も、今日においては、単に昔日の横綱として、最高位にあつた力士を表わすにすぎない。もとより、右化粧まわしに記載せられた「大関」、「谷風」の文字は、前述の姿態等とは異なり、これから原告の商標については、「大関」、引用商標については、「谷風」の称呼を生じ、またこれに応じた観念の生ずることも否定することはできない。しかしながら、両商標の指定商品である菓子及び麺麭類の取引者及び需要者を念頭において、取引の一般を考察すれば、観者は、両者をひとしく、その一般的の概念である高位の力士の姿と見、これを審決のいうように「すもうとり」印、「すもう」印と指称することは、極めてあり得ることゝいわなければならない。

原告は、審決のかゝる見解は、自然の称呼観念ではなく、可能論によつて称呼観念を決したものであると非難しているが、もとより商標の称呼、観念の類否を判定するにあたり、あらゆる場合を検討して、発生する可能性のある称呼、観念のすべてを想定するが如きことは、一般の取引において、商標の類似から生ずる商品の出所の混同によつて、取引者需要者が被る不測の損害を防止しようとする商標法の目的に鑑み、不必要であり、不当であることは、いうを俟たない。しかしながら普通取引において一般に生ずる、殊に前段において説明したように、指定商品の取引者及び需要者を念頭において考察した場合、極めてあり得る称呼観念は、あらかじめこれを考慮に入れ、その類否を決定しなければならないことは、これまた前記の商標法の目的からいつて明白であつて、右原告の非難は当らない。

して見れば原告の商標は、外観、称呼及び観念を、引用商標と共通にし、互に類似するものといわなければならない。原告は、この点について、特許庁における審査例を引用しているが、右事例の存する一事は、未だ右認定を覆すものではない。

四、次いで両商標が、その指定商品を共通にしていることは、冒頭に記載した当事者間に争のない事実及びその成立に争のない乙第一号証の一、二によつて明らかであるから、原告の商標は、商標法第二条第一項第九号の規定により、登録を受けることができないものといわなければならない。

五、審決は、以上の理由により、相当であつて、原告の本訴請求はその理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)

(別紙)

原告が登録を出願した商標<省略>

審決が引用した登録第二四四〇二一号及び同第二四五五〇四号商標<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!