東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)56号 判決 1958年11月25日
原告 ゼ・コカコーラ・コンパニー
被告 朝日麦酒株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
原告のため上告附加期間を三ヶ月とする。
事実
(申立)
原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和二十六年審判第五号及び第六号事件につき昭和二十八年十月三十一日にした審決を取消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、被告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求めた。
(請求原因)
原告訴訟代理人が請求の原因として陳述した事実の要旨は、次のとおりである。
一、原告はアメリカ合衆国デラウエア州法により設立された同国の国籍を有する法人であつて、登録第一〇六六三三号、第一〇六六三四号、第一〇六六三五号、第二八八九七六号の各商標権利者であるとともに別紙に示す商標(後記審決の第一号証、本件の甲第三号証の商標)の使用者であり(以下これらの商標を引用商標と称する)、被告は登録第三七七八四〇号及び第三七二三〇九号の各商標(以下本件商標と称する)権を有するものであるが、原告は被告の右各商標が昭和二十五年政令第九号連合国人商標戦後措置令(以下措置令と累称する)第七条に該当するものとして、昭和二十六年一月二十九日に当時の被告の右登録商標権利者なる訴外大日本ビタミン製薬株式会社(本件脱退被告)を相手方として、その登録取消の審判を請求し、右事件は夫々特許庁昭和二十六年審判第五号事件、同第六号事件として繋属したところ、特許庁は両事件を併合して審理した上、昭和二十八年十月三十一日に原告の申立は成り立たない旨審決し、その審決書謄本は同年十一月十三日に原告に送達された。
右審決の理由の要旨は、本件商標を引用商標と対比した場合、後者はその構成に於てビタコーラ並びにVITACOLAと一連不可分に記載されている関係上、その態様から「ビタコーラ」の称呼観念を生じ、引用商標もCOCA-COLAの文字を一連不可分に記載している関係上「コカコーラ」と称呼観念されるのが極めて自然であるから、両者は全体として截然と区別される、又後者の構成にある「ビタ」もしくは「VITA」の文字が顕著性がないと認定し得ず、従つて「ビタ」もしくは「VITA」と「コーラ」もしくは「COLA」を分離し、「COLA」を要部とするとの主張は当を得ないから、結局本件商標は措置令第七条第一項第一号に該当しない、というにある。
二、然しながら右審決は次の理由により違法のものであつて、取消されるべきものである。
(イ) 本件各商標の接頭語ビタ及びVITAの文字は特別顕著性を欠いている。殊にビタミンの略称としてビタ又はVITAなる文字の広く普及した今日では、それ自体として独立の識別力を持ち商品の出所の標識となる資格を有しておらず、況んや商標全体の支配的要素をなすものということができない。然るに本件各商標はその構成に於て等しく「コーラ」の称呼を有する文字を配して成るものであるから、同様にその構成に於て顕著に「コーラ」の称呼を有する文字を配して成る引用商標と全体として類似し、それが指定商品に使用された場合出所の混同を生ずる恐れがあるものと言わなければならない。殊に引用商標はCOCAとCOLAの両構成部分より成り、その中間に鮮かに接続符を置いているに対し、本件商標はそのビタコーラ及びVITACOLAの構成に於て引用商標の構成部分中それ自体顕著であり、かつ印象的であるコーラ及びCOLAの文字を使用するものであり、このような構成の商標が取引上併存するときは両者の主要部分が全く一致している関係上、本件商標と一定の関係があるか、又は同一出所によるかのような認識を与えるに至ることは極めて明らかである。然るに審決が本件商標がその構成において一連不可分であるから引用商標なるCOCA-COLAとは対比上非類似であるとしたのは措置令第七条第一項第一号前段の規定の解釈を誤つたものである。
(ロ) 引用商標を使用した原告の商品はおそくも一九一九年(大正八年)以来日本に輸出され、わが国内で販売された数量は巨大なものであつて、そのCOCA-COLAなる商標の新規顕著な識別力に関連して広く親しまれ認識され、商取引の実際においては簡略してコーラなる名称を以て認識取引されていることは明らかな事実であり、従つて本件商標も又COLA又はコーラの文字をそれ自体顕著にしてかつ印象的な構成部分としているから、引用商標と本件商標とがその指定商品につき取引上併存すれば、商品の出所の混同を来す恐れがあることは明らかである。ある商標が措置令第七条第一項第一号に該当するか否かを判断するには同号後段の「その商標権者がその登録商標を当該指定国人の商品と誤認若しくは混同を生ぜしめるおそれがある態様において使用した」事実の存否につき、又は同項第二号所定の商品自体の混同誤認のおそれの有無につき審理を遂げなければならない。而して措置令第七条第一項第一号前段所定の「商品の誤認混同」と同号後段又は第二号所定の「商品の誤認混同」とはその比較の平面を異にし、別異の要件を規定していることが明らかである。然るに審決が本件商標と引用商標とを目の前に並べて比較しただけで「商標が他の商標と誤認もしくは混同を生ぜしめる恐れがあるか否かを判定するに当つては商標見本そのものを比較の対象とすべき」であるとして原告の請求を排斥したのは前記の取引の実際において商品の誤認混同を来すおそれがあるか否かの判断を遣脱したものである。
(ハ) 措置令の意図は戦時中国内において商標法の保護を受け得なかつた外国人について、その間彼等がその外国において取得した商取引における地位信用等をその商標の面で特に保護し、その外国において取得した信用状態をなるべく日本国内に於ても保全させようとするにあり、畢竟国際的信義に基き国家間の互恵を本旨としたものであり、このことは措置令第七条第一項第三号及び第四号において国内、国外の商標の使用をその要件としていることによつても明らかである。従つて措置令による商標の類否を判断するには引用商標が外国に於て如何に使用され、如何なる保護の下に立ち如何なる商取引事情を生み出し、それが一個の事実として如何なる状態を形成しているか等を考察しなければならない。そこで世界各国において商標COCA-COLAが如何なる法的保護を受けているかを見るに、ベルギー、ポリヴイア、ブラジル、チリ、コロンビヤ、コスタリカ、キユーバ、エジプト、ドイツ、ギリシヤ、ガテマラ、オランダ、イタリー、メキシコ、モロツコ、ニカラガ、パラグアイ、ペルー、ポルトガル、スペイン、チユニス等商標COCA-COLAがその商品に使用されている殆んどすべての国に於ては「COLA」の文字を構成要素とする如何なる商標も商標「COCA-COLA」と類似する旨の裁判が確定しており、このことはCOCA-COLAに関する世界の商取引の実情を示している。このような世界的実情は、外国人の商標にしてその本国に於て合式の登録を得たものでわが国に登録のあつたものは、その外国における保護と同一の保護の下に立つべきものとする工業所有権保護同盟条約の規定の趣旨(第六条甲の前段)に鑑み措置令第七条第一項各号による判断をするにつき当然に深く考慮されなければならない。
以上の見地に立つて考えれば結局本件商標は引用商標の形成した前記の事実状態と相容れないものであつて、その併存することは商品の出所の混同を来す恐れがあることが明らかであり、審決は以上の法の解釈を誤り事実の確定を遺脱したものである。
(ニ) 何人も使用し得る商品の普通名称とか、他の顕著性のない商標とかを使用することは別として、本件商標ビタコーラVITACOLAのような独創語から成る商標中に他人の商標中の独創的部分なるCOLAを使用すれば、取引者は前者が独創的である為に取引上全体として直に正確にこれを思い出すことが困難である反面、思い出し易い部分のみに注目し印象ずけられて取引するに至るのであり、従つてその使用により商品の出所の混同を来す恐れがあるに至るのである。殊に引用商標は著名商標であつて、その構成の顕著かつ印象的部分なるコーラ又はCOLAなる称呼、外観を他人が使用すれば、取引者、需要者は等しくコカ・コーラ又はCOCA-COLAの暗示を受け、もしくはこれを連想又は想起し、その商品は原告ゼ・コカ・コーラ・コンパニーより出たものと誤認するに至る恐れのあることは明らかであり、特に指定商品は価額低廉な清涼飲料であつて、このような商品の需要者なる一般大衆の間に於ては右の商品の出所の誤認混同を来す恐れは一層強いものと見なければならない。審決はこの明白な経験則に違反したものである。
(ホ) 尚措置令第十一条第一項「審判に於て認定した事実はこれを立証する実質的な証拠があるときは裁判所を拘束する」との規定は審判における事実認定に通常の商標法上のそれよりも重い価値を置いたものであることが明らかであるところ、審決に於て「請求人は証人訊問の申請をしているけれどもこの証人訊問も本審決に何等影響を及ぼすものでないからこれを行わない」として右証人の取調をせずして原告の請求を排斥したのは審判官が恣意に基ずき審理を尽さず、客観的事実に反する事実の認定をし、之によつて右規定に基ずき裁判所を拘束してしまうものであつて採証の法則に反したものである。
三、本件各商標権の原権利者である訴外大日本ビタミン製薬株式会社(本件脱退被告)は昭和三十年二月二十三日に本件各商標を被告に譲渡し、同月二十四日右商標権移転登録を了した。よつて原告は本訴に於て被告を相手方として審決の取消を求める。
(答弁)
被告訴訟代理人は事実の答弁として、次のとおり述べた。
原告の請求原因一の事実及び三の事実中原告主張通り大日本ビタミン製薬殊式会社(脱退被告)が本件各登録商標権を被告に譲渡し、その移転登録がされたことを認める。
同二の(イ)の主張につき、商標の類否の判定は商標構成の各部分を総括した全体を比較してすべきであつて、仮令その主要部と然らざる部分とを区別し得る場合でもその主要部として抽出されるものが、取引上他の部分に対し圧倒的主要価値を有し他の部分は顧慮されることのない程度にない限り、単にその商標の組成上主要なりとする部分が類似するとの理由のみにより両商標が類似すると速断すべきものでない。而して商標中の一部構成部分のみに留意して他の部分を無視するにはこの点についての特別の理由を挙示すべきである。本件商標は、「VITACOLA」、「ビタコーラ」の文字より成る一連の商標であり、引用商標は「Coca-Cola」なる一連の文字より成るものであるが、原告の主張は何等特別の理由を示さず、独断的に前者については「VITA」、「ビタ」の部分が単に特別顕著性のない接頭語にすぎないものとし、後者についてはこれを「Coca」の部分と「Cola」の部分とに分離して「Cola」が優越的部分であるとし両商標が「COLA」又は「コーラ」の部分において称呼が一致するから、両者併存するとき商品の出所につき混同誤認の恐れがあるとするものであつて、前記の商標の類否判定の法則に違背しており、理由のないものである。
同(ロ)の主張につき、
一九一九年以来日本に輸出販売された原告の商品の数量が原告主張のような巨大であることは否認する。原告が特許庁に提出した証拠によるも、一九三〇年(昭和五年)から一九三七年(昭和十二年)までの八年間に日本に輸入販売された同商品の数量は極めて微々たるものであつて、而も日本におけるその需要は少数の在日米国人の間に限られていた。
原告主張のようにコカコーラが取引上簡略してコーラとして認識され取引されて来たことを否認する。即ち終戦前にはコカコーラは日本人の間には全然その存在が認識されておらず米軍の進駐後数年でペプシコーラ(登録第三二八八〇五号商標)と共に日本に入つたが、一般日本人の間で取引の対象とはならなかつた。しかもコカコーラはペプシコーラと共に米軍の需要に応じたものであるから、両者を区別する為にもコカコーラが単にコーラと略称される筈がない。もし略称されたとすれば、それはコカコーラの略称ではなく、広くペプシコーラ、コカコーラその他の類似の飲料を含めたコーラの実の越幾斯を加味した飲料の意味即ちそれ等の商品の品質を表示するにすぎない商標法にいわゆる特別顕著性のない語として使用されたものである。COLAの語が商品清涼飲料につき単にその商品の品質を表示するにすぎないいわゆる特別顕著性のない叙述的用語であることは次下述べるところにより明らかである。(なおある用語が叙述的であるか否かは原告が後に主張するように審判請求時を基準として決すべきではなく、その判定をする判決時を基準として決すべきである。)即ち
(a) わが国では昭和十四年以来COLAの語を叙述的用語として取り扱つている。即ち登録第三二八八〇五号商標はPEPSI-COLAの文字より成り、昭和十二年十月十二日の登録出願、昭和十四年二月十六日の出願公告、昭和十五年四月四日の登録に係り、第四十類「コーラの実の越幾斯を加味したる炭酸入飲料及シロツプ」をその指定商品としており、その出願公告中に原告から右商標が引用商標の要部なるCOLAを共通にし、しかも指定商品が抵触していること及び引用商標が周知であることを理由として登録異議の申立をしたところ、審査官はCOLA又はKOLAは熱帯アフリカ産の樹であり、これを商標中に使用するのは清涼飲料の香りがコーラの香りを有することを示すからであるに過ぎずして特別顕著性のない文字であるとの出願人(ペプシ・コーラ・カンパニー)の主張を正当として右異議申立を理由がないと決定し、右第三二八八〇五号の商標登録がされた。
(b) 米国においてはDIXI-COLAなる商標と原告引用商標なるCOCA-COLAとの係争に関するデイキシコーラ・ラボラトリース対コカコーラ・カンパニー間の訴訟事件で、一九四一年(昭和十六年)一月に、COLAはこの種の清涼飲料については叙述的なものであるから、商標が全体としてCOCA-COLAに類似しないならば、商標の構成部分としてCOLAの文字を使用してもコカコーラ・カンパニーはこれを妨げることができない旨の判決がされ、同判決は確定している。尚米国に於て商品清涼飲料について現に有効に存続する登録商標にして語尾がCOLA,KOLA又はOLAとなつているものは原告の有するものを合せその数約五十に達している。
(c) カナダに於てはPEPSI-COLAなる商標とCOCA-COLA商標との事件なるカナダ・ペプシコーラ会社対カナダ・コカコーラ会社の訴訟事件で、同国最高裁判所はその判決中にCOLA又はKOLAの文字を含む三十有余の登録商標(うち若干のものは医薬品に使用されるものであるが、大部分のものは清涼飲料に使用されるものである)の表を掲げ、カナダ・コカコーラ会社はCOLAの文字につき何等の独占権を有さず、PEPSI-COLAはCOCA-COLAと混同を生ずる程類似しない旨判示した。尚右の表の中にはCOCA-COLA,PEPEI-COLAと並んでVITA-KOLAなる商標が掲載されてある。
尚わが国の特許庁の審査例でも清涼飲料を指定商品とする「COLA」の文字を含む既登録商標としては本件商標及び引用商標の外に登録第三二八八〇五号(PEPSI-COLA、昭和十五年四月四日登録)、登録第二九〇二六八号(Laffin-Cola、昭和十二年五月二十四日登録)、登録第三〇八六二〇号(VITACOLA、本件とは別の商標、昭和十三年十一月十七日登録)、登録第三七五五八八号(Tonicola、昭和二十四年五月十六日登録)、登録第四七〇〇三六号乃至第四七〇〇三八号(三ツ矢コーラMITSUYA COLA、三ツ矢コーラMitsuya Kola、アサヒコーラASAHI COLA等、いずれも昭和三十年八月三十一日登録)等の各商標が存する。
以上述べたところにより明らかな通り、本件商標及び引用商標に於て「COLA」の文字がその圧倒的構成部分をなすものとは認められないから、原告主張のように両商標が併存しても商品の出所について混同誤認を来す恐れはなく、この点で審決には違法なものがない。
次に措置令第七条第一項第一号及び第二号の解釈につき、第一号前段及び後段は商標それ自体についての要件規定であり、第二号は商品それ自体についての要件規定である。而して第一号前段では登録商標それ自体を指定国人の商標と対比観察した結果世人に誤認もしくは混同を生ぜしめる恐れのある場合を規定し、後段では商標権者がその登録商標をそのままの態様で使用せず、これに何等かの附記変更を加え、為に当該指定国人の商品と誤認もしくは混同を生ぜしめる恐れのある態様に於て使用した場合を規定したものであつて、審決は右第一号前段の法意に従い公正に観察比較した結果両商標が世人に混同誤認を生ぜしめる恐れがないものと認定し、又被告及び本件商標の前権利者なる大日本ビタミン製薬株式会社も本件登録商標に何等かの附記変更を加えて使用したものでないから、審決が本件商標が第一号後段の規定に該当するものとも認め難いとしたのは当然であつて、右の点についても審決には何等の違法も存しない。而して措置令第七条により商標の登録を取り消すには、その商標が同条第一項第一号乃至第四号所定の要件を併せ有さなければならないところ、審決が本件商標が第一号に該当しないものと認定した以上、同商標が第二号以下の各号に該当するとしても本件商標の登録を取り消すことができないとしたのも当然であつて、審決には原告主張のよう審理不尽の違法はない。
又措置令第七条第一項第一号は、商標の類否を判定するにつき別段取引の実情に従つて判断することを要求していないから、審決が本件商標と引用商標とを対比するにつき取引の実情に従つて判断しなかつたとしても右第一号の規定に違反したものとはならない。又仮に取引の実情に従つてこれを判定すべきものであるとしても、両商標の間に取引の実情から見て商品の混同誤認を生ぜしめる恐れがあるものと認めるべき何等の理由もなく、結局審決には原告主張のような違法の点はない。
原告の請求原因二の(ハ)の主張につき、ベルギー外二十ケ国に於て原告主張のように「COLA」の文字を構成要素とする如何なる商標も「Coca Cola」商標と類似するとした裁判が確定しており、且つそのような解釈をすることが世界の商取引の実情であることは否認する。むしろ右と反対の趣旨の裁判例及び登録例の存することは前記の通り(Cの項)である。又工業所有権保護同盟条約は平和時代に成つたものであるに対し措置令は未だ独立していない敗戦国に対し戦勝国の占領軍司令部が高圧的に命令して制定させた法規であつて、その目的及び内容に於て両者は根本的に異つており、原告主張のように前者が後者の解釈の基準となるべきものではない。従つて右(ハ)の主張も亦理由のないものである。
原告の請求原因二の(ニ)の主張につき、本件商標は「VITACOLA」ビタコーラなる一連のものであつて、これをみだりに「COLA」又はコーラの部分とその他の部分とに分割すべきではなく、引用商標のColaの部分が優越的部分であると認めることのできないことは前記の通りである。而してCOLAの部分はむしろ商品の品質を表示する特別顕著性のない部分であるから、このような部分の為に原告主張のように商品の混同誤認を生ずるようなことはあり得ない。従つて審決には原告主張のような経験則に違反した点はない。
請求原因二の(ホ)の主張につき、措置令第八条第三項により措置令による登録の取消は商標法第二十二条第一項第一号の登録の取消とみなし同法中商標の登録の取消に関する規定を適用される結果採証の法則については普通の商標の取消と何等異るところはない。唯審判において実質的な証拠により認定した事実は裁判所を拘束するというだけのことである。而して普通の商標の取消事件では無効審判事件と等しく証拠調は職権主義により実行されるべきものであつて、審判官は当事者の申請のない証拠でも取り調べ得ると共に当事者の申請に係る唯一の証拠方法でもすでに当該事実につき認定をするに足るものがあればこれを排斥しても差支なく、審決は採証の法則を誤つていない。
(被告の答弁に対する原告の反論)
原告訴訟代理人は被告の右主張に対して、次のとおり述べた。
被告主張の(a)の事実中PEPSI-COLAなる商標の登録出願から原告の異議申立に対する決定を経てこれが登録されるまでの経過については認める。同(b)の事実中被告主張の米国における訴訟事件で被告主張のような裁判がされ確定したことは認めるがその余の事実は不知。同(c)の事実中被告主張のカナダにおける訴訟事件で被告主張のような裁判がされたことは認める。しかしながら米国及びカナダにおける之等の裁判は被告主張のコーラに特別顕著性がないこと、即ちそれが商品の品質を表示するにすぎないものであるということの裏付とはならない。
措置令第七条の解釈について、
商標の登録が措置令により取り消される為には措置令第七条第一項各号所定の要件が備わらなければならないことは認めるけれども、原告の主張するところは右各要件が全体として統一的に理解されなければならないというにある。又被告主張のように同項第一号が商標について、同第二号の規定が商品についての規定であることも争わないけれども、そうであるが故に第一号を解釈するに当り商品の流通過程即ち取引の実情を問題にすべきでないということにはならない。即ち商標は正に市場に現存する商品の誤認混同を防止する為のものであり、類似とはその原因の表現にすぎないものである以上、取引社会の実情を顧慮せずに商標の類否を語り得る筈はない。しかも措置令第七条第一項第一号の要件は商標法第二条第一項第九号のように商標の類似ではなくて、「世人に誤認もしくは混同を生ぜしめるおそれ」の存在であり、この事と、同条第二項に「前項の解釈について商標又は商品の類似に関する従前の例にとらわれてはならない」と規定してあることを併せて考えれば、第一項第一号では正に取引の実情そのものが問題となることが明らかである。更に第一号後段の「誤認もしくは混同を生ぜしめるおそれがある態様における使用」では商標そのものに原因せず、商標権者の使用態度に原因する事実が問題にされ、この要件が充たされれば第一号の要件が充たされることになることは、第一号にいわゆる「対比した場合」なる規定が単なる抽象的な文字の比較を指称したものでないことを明示するものである。又第一号では指定国人の商号との誤認混同の場合が規定されており、しかもその商号が商品につけられて商標として役割を果しているかどうかは同号の関知しないところとなつているが、右の誤認混同が生ずるとすれば、それはいわゆる商品の出所の混同の場合が当然該当するものと考えられるのである。以上述べたところを綜合して見れば第一号の規定を運用するに当つては取引の実情を標準として誤認混同を生ぜしめるおそれがあるか否かを判断しなければならないことが極めて明らかであつて、この点に関する被告の解釈は右規定の文字の末に捉われたものにすぎない。
コカコーラは長年に亘り多数の米軍将士及び民間の米国人が日本に居住したこと及び戦後盛になつた日米間の請種の交流によりわが国において甚だ著名となつており、大衆にとつてコカもコーラも新しい言葉であるから、コカといつても、コーラといつてもコカコーラを連想させる程度に至つており、被告主張のようにコカコーラが日本人の間では取引の対象となつていないとしても、それ故にこの商標が日本人間に著名でないということにはならない。尚被告主張の商標ペプシコーラはわが国ではその存在が一般に知られていない。
コーラなる語が叙述的であることは否認する。即ちある語の叙述的であるというのは、(叙述的であるる否かは審判請求時を基準として決すべきものである。)その語が(イ)商品の固有名称を意味する場合、(ロ)慣習として商品の名称を指すようになつた場合の二通りがあり、いずれの場合でもその語を聞けば直ちにその商品を目に浮べることができるような場合をいうのである。COCAなるものもCOLAなるものも引用商標の指定商品以外に存在することは事実である。即ち南米産のエリスロキシロン属の潅木の一種にコカというものがあり、アフリカにあるチヨコレート科の大型の樹木にコラというものがある。然し商標コカ・コーラが米国で初めて登録された一八九三年頃は勿論、その後現在に至るまで、特殊な専門家又は特に興味を以て語源を探ろうとした者を除き、教養ある知識人でも之等の語の本来の意味は知らず、この語から直ちに右の樹木乃至その葉や実を思い浮べるものとは到底解することができない。従つてコーラの語が叙述的であるとする被告の主張は失当である。
尚商標ペプシ・コーラその他COLAのついた幾つかの商標が米国で登録されているのは、それ等がCOCA-COLAと類似していないが為ではなく、原告がその初期の時代に之等類似の商標を押える法律手続をとらなかつたからであり、その後これ等商標に対し法律手続をとつた頃には米国に於て衡平法上の法理(懈怠、禁反言、黙認等)により原告の主張が容れられなかつた為これ等の登録が残存しているものに外ならないから、之等の登録例が存するが故に誤認もしくは混同を生ぜしめるおそれがないとすることはできない。
(立証)(省略)
理由
原告の請求原因一の事実は被告の認めるところである。
本件商標の一が「ビタコーラ」の文字を縦書して成り、又他の一が「VITACOLA」文字を横書して成るものであることは成立に争のない甲第十九号証(審決書)によつて認められ、また、引用各商標がいずれも横書した「Coca-Cola」又は「Coca Cola」の文字を配して成るか或いはこれに類するものであることは、成立に争のない甲第三号証、第二十一乃至第二十三号証(各登録証明書)及び弁論の全趣旨により明らかであり、右によれば本件商標と引用商標とが同一でないことは勿論である。よつて両者を対比した場合に世人に両者の誤認もしくは混同を生ぜしめるおそれがあるか否かにつき審案するに、両者が外観上相類似していないことは明らかであつて、その称呼及び観念上の類否につき、両者は共にその後半部が「コーラ」又は「COLA」の文字から成つている為その部分に於てその称呼が同一であるとせざるを得ないけれども、両者を全体として見、又は発音し、もしくはそれを聞いた場合に両者の後半部なる「コーラ」又は「COLA」の部分が前半部よりも強く、見る者、発音する者乃至それを聞く者の注意をひき、従つてこの部分が商標全体の主要乃至優越的部分を構成しているものとは認め難く、むしろ前半部と後半部との間には格別の強弱優劣の差異がないものと認めるのが相当である。
この点について、原告は、本件各商標中、「ビタ」又は「VITA」なる部分は特別顕著性を欠く単なる接頭語であるに過ぎず、本件及び引用各商標は「コーラ」又は「COLA」の部分のみによつて識別される、と主張するが、本件各商標における「ビタ」「VITA」と「コーラ」「COLA」、引用各商標における「COCA」と「COLA」との間に、商標のもつ自他識別力においてさような差異のあるものとは解することができない。本件各商標の表現する「ビタコーラ」及び「VITACOLA」引用各商標の表現する「Coca-Cola」又は「Coca Cola」は、その結合せる形態において人の印象に訴え、それぞれ独特の称呼及び観念を形成するものとみるべきである。
更に進んで、成立に争のない乙第九号証の一、二、三(一九四三年五月発行のアメリカ合衆国標準商品分類)にはすでにコーラ飲料(cola drinks)なる語が見えており、これ亦成立に争のない乙第八号証の一乃至四(大正十年十一月一日株式会社三省堂発行袖珍英和辞典改訂版)には、Kolaなる語が「あふりか産ノ樹ノ名〔其種子ちよこれーと、炭酸水等の諸製用ニ供セラル〕」の訳をもつて掲載されていることにかんがみるときは、原告が本件審判を請求した日である昭和二十六年一月二十九日当時、「コーラ」「COLA」の語はある種の飲料を意味する叙述語として通用しており、これのみによつては、すでに自他商品を識別する能力を失つていたと認めることこそ相当であるといわなくてはならない。
原告は、亦、措置令第七条第一項第一号に規定する「世人にこれと誤認若しくは混同を生ぜしめるおそれがあること」の要件に該当するか否かを知るためには、商標見本を目の前に並べて見ただけでは不十分であつて、外国におけるその商品の取引の実際に即してこれを判断する必要があると主張する。けだし、措置令の右規定の趣旨は、戦時中日本国内において商標法の保護を受け得なかつた外国人について、その間彼等がその外国において取得した商取引上の地位信用等を、商標の面で保護しようとするにあることは、被告の主張するとおりであると考えられるから、前記要件該当の有無は、右外国における商取引の実情を閑却して知ることのできないことは、当然であるというべきである。いま、この見地において原告の商品である清涼飲料コカ・コーラの取引の実情を検討するのに、成立に争のない甲第十四号証(原告会社副社長エドガー・ジエー・フオリオの宣誓陳述書)、乙第十二乃至第十四号証の各一、二(米国の清涼飲料雑誌アメリカン・ボトラー)によれば、コカ・コーラは一八八六年アメリカ合衆国ヂヨーヂア州アトランタ市の薬剤師ジエー・エム・ペンバートンが創製したこの種清涼飲料の鼻祖であり、現在米国における同種清涼飲料の取引数量においても一、二の地位を下らないものであることを認めることができるけれども、原告の主張するようにCOLAの語が原告の商品にのみ用いられる語として世人に認識され、或いは、原告の商品を略称してCOLAとよぶがごとき事実はこれを認むべき証拠がない。(むしろ、前記乙第十二ないし第十四号証の各一、二(アメリカン・ポートラー)によれば、原告の商品であるコカ・コーラの略称としてはCokeの語が用いられている事実が明らかである。)
更に又、成立に争のない甲第六号証の一、二、三(伊藤整著得能五郎の生活と意見)、同第七号証の一、二(愛唱歌謡曲集)同第十八号証の一、二、三(社会心理研究所の調査報告書)によれば、コカ・コーラなる原告の商品は明治年間からわが国に知られ、その名は現在ひろく人口に膾炙している事実を認め得るが、本件にあらわれたすべての資料によつても、右の「コーラ」又は「COLA」の語だけで原告の商品が連想、想起され、これが原告の商標の略称として一般的に使用されているとは認めるに足らず、却つて成立に争のない乙第六号証の一乃至一二(各商標公報)に証人清水重男の証言を綜合すれば、日本においてもおそくも昭和二十四年以前から「コーラ」又は「こーら」の語が清涼飲料水の名称の一部として一般に使用されていることが認められ、この事実に徴すれば本件商標と引用商標とが「コーラ」「COLA」の部分において共通であつても、全体として類似してはおらず、両者を対比した場合世人に両者の誤認もしくは混同を生ぜしめるおそれも、ひいて両者の出所の混同を来すおそれも全くないものと認めざるを得ない。更に本件にあらわれたすべての資料によつても原告において本件商標を被告の取扱に係る商品と誤認もしくは混同を生ぜしめるおそれがある態様において使用した事実を認めることもできない。
然らば本件商標については引用商標との間に措置令第七条第一項第一号に該当する事由が全然存しないものというべく、措置令第七条により本件商標の登録取消を求める原告の請求は失当であつて、審決が以上と同趣旨の理由の下にこれを排斥したのは相当である。原告は以上当裁判所の説示するところと異る見解に立つて審決の説くところを非難しているけれども、右主張はすべてこれを採用することができない。
尚原告の請求原因二の(ホ)の主張につき、本件審判において特許庁が取り調べるべき証拠は人証に限らないのであり、従つて他の証拠調の結果心証が得られた以上当事者申請の証人訊問をしなくても差支のないことは勿論であつて、特許庁が原告申請の証人訊問をしなかつたことにつき、原告主張の採証の法則に違反した点の認め難い以上、右主張も到底是認することができない。
然らば原告の本訴請求は上記以外の判断を待たずして失当のものなることが明らかであるから、民事訴訟法第八十九条、第百五十八条第二項を適用して主文の通り判決した。
(裁判官 内田護文 堀田繁勝 入山実)
甲第三号証(審決の甲第一号証)の商標