大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(う)1010号 判決

被告人 土橋正一

〔抄 録〕

被告人の論旨について(但し量刑不当の趣旨の部分を除く)

原判決挙示の証拠によれば、原判示各犯罪事実を肯認するに十分であつて、所論にかんがみ記録を精査検討しても原判決には事実誤認の廉あるを発見できない。刑法第百九十五条にいわゆる暴行とは、人の身体に対する直接又は間接の有形力の行使を意味するものであり、人の生理的機能に障害を生ぜしめたりその健康状態を不良ならしめたりいわゆる傷害の結果発生の程度に達することを必要とするものでないものと解するのが相当であるのであつて右証拠によつて被告人が右の意味における暴行を加えたことは十分窺い得るのである。而して原判決が証拠に採用した証人の証言は、その受刑者たる特異性から見て信憑性がないものでありこれを採用した原判決は違法である旨の所論について按ずるに、受刑者の証言には信憑性がないとの証拠法則が存するものでもなく、記録を検討しても原審の採証が間違つているものとも到底認められない。この点の所論は全く独自の見解に立脚して正当な原判決の事実認定を攻撃するに過ぎないものといわねばならない。而して本件被告人の所為が法令上許される行為乃至は刑務所在監者に対する懲戒権の範囲内の行為であると認むべき証拠は全く存せず却つて証拠上法令上許された範囲を逸脱した不法な行為と認めなければならない。論旨はこのような慣習は従前から所内で一般に行われており且つ刑務所の受刑者に対する懲罰規定が苛酷でありこれを厳重に適用するにおいては受刑者に甚だ気の毒であるので本件行為は反則をした受刑者のために懲罰の方法を採らないでした行為であり受刑者からも憎まれるような行為ではないと強調するのであるが、若し、かくの如き行為が慣習として又懲罰に代るものとして行われていることがありとするも、その故をもつて本件被告人の行為を適法視することの許される根拠は存しない。又たとえ、被告人の行為が当時の所長や幹部の方針の範囲内でやつたもので上官の指揮命令に服従してしたものであるとしても、上官が下官に対し犯罪行為を命ずる権限は如何なる場合においても有しないし、又下官は上官の命に依つて犯罪行為をしなければならない職責を有するものでないから、被告人の本件行為が違法性を阻却するものと解することもできないし、又このような場合被告人において上官の命令を拒否することを期待できない場合であるとも到底認めることができない。なお、被告人と同様な行為を被告人の勤務する松本少年刑務所内において同僚や幹部刑務官がなしていたにかかわらず被告人のみが苛酷な刑を受けることは憲法第一四条に違反するとの論旨について按ずるに、なるほど、同一機会に同種の犯行をした者に対しある者が刑責を負担し、他の者が何ら刑責を負わないということは少くとも当事者にとつては不合理且つ不公平な感を懐くことがあると思われるけれどもある犯人を起訴するか否か如何なる量刑をするかは現行制度においては一定の法定の条件の下において検察官なり裁判官なりの健全且つ合理的な判断に委されているのであつて、検察官なり裁判官なりは犯人の主観的なあらゆる事情、客観的な一切の事情を参酌考量してこれを決定することが許されているのであるから、たとえ同様な犯罪者が他に存しておりこの者が訴追されていなかつたとしても、その故をもつて被告人のみを処断することが憲法第一四条に違反するものとは到底解されない。これを要するに原判決には所論のような違法は毫も存しないから論旨はすべて排斥するの外はない。

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