大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(う)161号 判決

被告人 阿部喜一郎

〔抄 録〕

原判決の判示事実は、被告人の経営していた俗に織物仲継業と称する営業が問屋営業であるとの点を除いて、すべてその援用する証拠によつてこれを肯認することができる。しかして、原判決が、その理由中、罪となるべき事実の冒頭において、「被告人は昭和二十七年十一月始め頃より南蒲原郡加茂町に事務所を設け、俗に織物仲継業と称する問屋営業を経営しているものなるところ」と認定判示していることは、所論のとおりであつて、所論は、被告人の経営していた織物仲継業なる営業は、商法所定の問屋とは異るものであるから、原判決には、この点につき判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある旨主張するのであるが、なるほど、原審証人志田富一、同諏訪千俊に対する各証人尋問調書中同人らの各供述をそう合考かくするときは、本件で問題となつている新潟県南蒲原郡加茂町(現在は加茂市)地方における俗に織物仲継業又は織物買継業と称する営業は、一般的にいえば、同地方における商慣習又は当事者の意思表示等により、その内容形態にいろいろな場合があつて、必ずしも一定しておらず、従つて、厳格な意味における商法所定の問屋とは一致しないものであることが窺われるのであるから、原判決が、前示の如く、被告人の経営していた織物仲継業を問屋営業であると認定して、織物仲継業なる業務の内容を実際よりも狭い範囲に限定判示していることは、もとより認定ないし表現正確を欠くものというべきであるけれども、前掲各証拠と原判決挙示の爾余の証拠とをそう合するときは、本件行為当時における被告人は、いわゆる織物仲継業者として、前示加茂町地方における織物業者の委託を受け、その委託者のために、その生産にかかる織物類を、自己の名をもつて、織物集散地たる京都市その他の生地問屋又は加工業者らに販売してやり、これが手数料を得ることを営業の主たる内容としていたものであること、及びこのような取引方法が加茂町地方における織物仲継業の業務の内容に包含されていること、並びに本件で問題となつている原判示各取引は、いずれも右のような方法によつて行われたものであることが認められるところであつて、且つ、右のような業態は、商法所定の問屋に該当するものというべきであるから、本件に関する限り、被告人の業務たる織物仲継業を原判示のように問屋営業と認定したからといつて、必ずしも所論のように事実を誤認したものとは断じがたいばかりでなく、仮りに厳格な意味においては、この部分が事実の誤認であつたとしても、本件においては、この誤認は、結局判決に影響を及ぼさないものといわなければならないから、この点の所論は採用できない。

又、所論は、本件各被害者の場合が、すべて普通の売買であるか、委託販売であるかを認定することは困難であつて、普通の売買ならば、代金の支払を怠つたとしても、直ちに横領罪を構成するものではないから、本件の場合は、少くとも、各被害者毎に、その取引関係を検討して、初めて普通の売買であるか、委託販売であるか、問屋営業であるかを認定すべきにかかわらず、この点の判断をしない原判決には、この点につき審理不尽の違法がある旨を主張するけれども、記録並びに原判決書の内容を精査検討するときは、原審においては各被害者毎に、それぞれ証拠によつてその取引関係の内容を検討した上、いずれも原判示のような事実を認定したものであることが窺われるばかりでなく、原判決の判示事実は、すべてその援用証拠によつてこれを認めることができるところであり、被告人の原審及び当審の各公判廷における供述中原審の認定に牴触する部分は、原判決挙示の証拠に照らせばたやすくこれを措信しがたく、爾余の証拠によつては、未だ原判決の認定を動かすに足りないのであるから、この点の所論もまた採るをえない。

なお、所論は、本件各取引が、仮りに問屋営業であつたとしても、織物業者の委託により織物を販売して、その買主より手形を受け取つた場合に、その手形を直ちに委託者に譲渡する義務が生ずるものではない旨主張するのであるが、しかし、問屋業者が、委託者のために物品を販売してえた代金は、当然委託者に帰属するものと解される(大審院大正十二年(れ)第一三八八号同年十二月一日第三刑事部判決参照)ばかりでなく、被告人の司法警察員に対する供述調書中同人の供述記載、原審証人永野幸三郎、同志田富一に対する各証人尋問調書中同人らの各供述記載、証人志田富一の当審公判廷における供述等をそう合するときは、前示加茂町地方においては、本件各取引のような場合に織物仲継業者が買主より受け取つた手形は、たとえ織物仲継業者宛になつている場合であつても、すべて必ずこれを委託者たる織物業者に交付しなければならないという商慣習の存する事実が認めえられるのであつて、被告人の原審及び当審の各公判廷における供述中右認定に牴触する部分は、前示の証拠に照らせば、いずれもこれを信用しがたく爾余の証拠をもつては、未だ右認定を左右するに足りないところであるから、この点の所論も到底採用に値しない。

してみれば、原判決が、その挙示する証拠によつて原判示事実を認定したことは、正当であるというべく、記録を精査し、当審における事実取調の結果をもそう合して、検討考察してみても、原判決に所論のような判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるものとは考えられないから、論旨はすべて理由がない。

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