大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(う)1626号 判決

被告人 鄭清文

〔抄 録〕

一、弁護人の控訴趣意第一点について。

書証の証拠調はその原本について行うのを原則とし、抄本につき証拠調をするのは、その原本は存在するが特別の事情によりこれを証拠として顕出し難い場合であり且つその内容が原本の一部を正確に写録したものでなければならないことは所論のとおりであるが、訴訟関係人が書証の抄本を証拠とすることに同意した場合は、刑事訴訟法第三百二十六条第一項の規定により原本と同一の証拠能力を有するものと解するのを相当とする。これを本件について見るのに、記録によれば原審は職権をもつて、所論、極東軍犯罪捜査実験所東京陸軍郵便局五〇〇作成にかかる「実験所報告書」と題する英文書の抄本(訳文附)の証拠調をなすにつき訴訟関係人の意見を徴し、検察官及び弁護人のこれに同意する旨の陳述を聴いた上その証拠調をなし、原判決において本件物件が麻薬(モルヒネ)であることを認めた証拠に引用していることが認められるが、訴訟関係人において右抄本の採証につき何等異議を述べた形跡が窮われないばかりか、右抄本は、はじめ検察官が差戻前の当審においてその取調を請求したものであるところ、同一弁護人においてこれを証拠とすることに同意したものであることが明らかであるから、原審公判廷において検察官及び弁護人が右抄本の証拠調をなすことに同意する旨を陳述したのは、とりもなおさず右抄本を証拠とすることに同意したものと解するに妨げなく、従つて、叙上説明の趣旨に照らし、右報告書抄本はその原本と同一の証拠能力を有するものと解することができる。論旨は、右抄本は原本に基ずいて作成された抄本ではなく、原本の「写」に基ずいて作成された「写」に過ぎないから信憑力がないと主張するが、右報告書抄本の内容は、提出者(実験報告者)の氏名を明記し、証拠物件、試験方法、その結果及び参考事項の各項目に亘りタイプライターをもつて整然且つ明瞭に謄写せられ各葉の冒頭にコピー(原本と同一内容の意)と記載し、末尾に認証官の記名があり、奥書として東京高等検察庁検察事務官宮崎信才が「右は抄本である」旨及び年、月、日を記載して記名押印しているものであつて、記録上別段の事情の認められない本件においては右は同検察事務官が、その権限に属する捜査の職務上処理し又は保管した該報告書原本と対照し、その内容の一部が正確に写録されたものであることを確認して、右抄本を作成したものであること明らかであるし、右抄本中Ching Wen Chengとあるのが被告人を指称するものであること及び右実験に供せられた薬と被告人が所持したものとされた薬とが同一物であることも、右抄本の記載と記録に現われたその余の証拠とを対比すれば自ら明瞭であるから、所論は到底採用し難い。果して然らば原審が右報告書抄本につき適法な証拠調の手続をなした上、これを採つて本件の罪証に供したのは正当であつて、毫も所論の如き採証法則違反の過誤はない。論旨は理由がない。

二、弁護人の控訴趣意第二、第三点及び被告人の控訴趣意について。

記録に徴し、所論、後藤正一の原審公判廷における供述が所論の如く虚偽の陳述ないしは推測による瞹眛、出鱈目の供述であるとは認められない。而して原判決挙示の証拠中、所論の伝聞部分(原判決はこれを除いた他の部分を証拠に供したものと認める。)及び検証調書を除く、その余の証拠によれば原判示日時、場所において被告人は麻薬取締法(昭和二十五年法律第十八号による改正前のもの)に規定するモルヒネ粉末〇・〇二六瓦を安全剃刀の箱に入れて所持していたことを認めるに十分である。(検証調書に添附された図面の如きは、本来朗読して理解せらるべき性質のものではないから該図面が検証調書と一体をなしている場合において、その証拠調をするに当り右調書自体の記載を朗読したのみでは、その記載内容の全部又は一部を了解し難いときは、添附図面を展示して訴訟関係人にその内容を了知させるのが、刑事訴訟法第三百五条乃至第三百七条に証拠調の方式を定めた精神からして当然の措置であるからかかる場合に右調書自体の記載を朗読するのみでは適法な証拠調を履践したものということはできないものと解するを相当とする。しかるに原判決が証拠に引用した検証調書には図面三葉が添附され該図面に附せられた符号によつて右調書中特定の地点が指示されているので証拠調に当つては右調書の記載を朗読したのみではその内容の全部を了解し難いと認められるのに拘らず原審公判調書には、右検証調書の証拠調として右検証調書を朗読した旨の記載があるのみで、添附図面については、これを展示した旨の記載がないことに徴すれば原審は右検証調書自体の記載を朗読したのみで、添附図面三葉はこれを展示しなかつたものと認めるの外はないから、その証拠調手続は不適法であり、従つて原判決がこれを犯罪事実認定の資料に供したのはその訴訟手続において法令に違反したものといわねばならないが、右検証調書を除くその余の証拠によるも優に叙上の事実を認めるに足りること前示のとおりであるから、右の法令違反は判決に影響を及ぼさず、従つて原判決を破棄する理由とはならない。その他記録に徴するも原判決の採証、認定には何等条理、実験則に反するものはない。また、所論判例の見解は当裁判所の採用しないところであつて、法定の除外事由なくして麻薬を所持することは、その所持にかかる麻薬の分量の多少に拘らずこれを禁止するのが麻薬取締法の法意であると解するのを相当とするから、原審が被告人の不法に所持するものと認めたモルヒネ粉末約〇・〇二六瓦につき、特に、その人体に対し麻薬としての薬理作用を発揮し得べき分量なりや否やを審究することなくこれを麻薬取締法の規定する麻薬不法所持罪に問擬したのはまことに正当であつて、所論の如き審理不尽、ないし事実誤認または法令適用の過誤は毫も存しない。論旨はいずれも理由がない。

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