東京高等裁判所 昭和30年(う)1747号 判決 1955年12月15日
控訴人 被告人 林光雄こと林南守
弁護人 小沢茂
検察官 玉沢光三郎
主文
本件控訴を棄却する。
当審訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人小沢茂作成名義の控訴趣意書のとおりであり、これに対し次のとおり判断する。
論旨第一点
外国人登録法第一八条第一項第九号にいう「他人名義の登録証明書」とは、要するに行使するその者以外の者の名義になつている登録証明書ということであつて、行使する本人が自身で他人名義で交付をうけたものと、他人が交付をうけたものとの区別は何等問わないものと解すべきである。よつて所論のように他人が申請手続をして交付をうけたものに限ると解すべきものでなく、本件の如く行使する本人が他人名義を冒用して自己の為に申請手続をして交付をうけたものもここにいう他人名義の登録証明書というに何等差支はないのである。論旨は独自の法律解釈であつて採用できない。
同第二点
原判決挙示の証拠によれば、被告人が原判示の如き事情の下に原判示のように警察員に対し他人である金元守名義の外国人登録証明書一通を自己のものであるとして呈示してこれを行使したものであることを認めるに十分であつて、この事実は外国人登録法第十八条第一項第九号に該当するものであることは多言を要しないところである。而して、外国人登録証明書とは、その証明書の所持者が原簿に登録されている外国人その人であることを証明するものであるから、右法条にいう他人名義の登録証明書を行使するとは、他人名義の登録証明書を所持するものが、自己がその登録証明書に証明された者であるとして呈示行使するのをいうのであつて、その呈示が所持者の自発的自由意思によるもののみならず本件のように警察員から呈示を求められて呈示する場合も包含するのである。
尤も他人名義の登録証明書をその他人のものとして提出したのであれば、最早ここにいう行使でないことは勿論であるが、被告人が取調の警察員に対しこのような趣旨において金元守の登録証明書を呈示したものでないことは本件記録によつて明白であるから、本件呈示をもつて所論のように警察員の犯罪捜査に協力させられたものであつて、外国人登録法第一八条第一項第九号にいう行使ではないと認めるに由ないものである。
その他本件記録によつては原審事実認定に所論のような誤認が存し、法令適用の誤の存するものとは認められない。論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 石井文治)
弁護人小沢茂の控訴趣意
第一点法令の適用の誤
原判決は判示事実を外国人登録法(以下本法と略称する。)第十八条第一項第九号に該当するものとした。しかし同条一項九号の「他人名義の登録証明書」とは他人が自己の為に申請手続をなして交付を受けた登録証明書という意味であつて、本件の場合の如く被告人が偶々他人名義を冒用して自己の為に申請手続をなして交付を受けた登録証明書は之に該当しないものである。このように解釈することが「他人名義」という概念の本来の意味に適合するものである。よつて本件事実に本法第十八条第一項第九号を適用した原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用を誤つた違法があるので破棄さるべきものである。
第二点事実誤認及法令の適用の誤
一、原判決は判示事実を被告人が他人名義の登録証明書を行使したものと認定した。しかしこの事実は「行使」に該当しないものである。
けだし、行使とは任意そのものの用途に供することを云うものであるが、本件の場合は被告人の自由の意思に基き、被告人が登録証明書の用途に供したものではない。判決挙示の証拠によれば、被告人は警察官関川大治より登録証明書の呈示を要求され、若し之を拒否すれば本法第十三条の規定に違反することを恐れてやむなく之に応じたものである。その間に被告人が自己の自由なる意思に基いて登録証明書を呈示したという事実は認められない。
二、また警察官関川大治が被告人より登録証明書の呈示を求めた理由は次の通りである。
すなわち、関川は全鳳学の被告事件について同人が被告人の氏名の登録証明書を所持していることを知り、その事実を確める為に被告人に任意出頭を求めたものである。その任意出頭は全鳳学の犯罪事実の調査であると同時に被告人の本件犯罪事実の調査とを兼ね具へていたものであつた。従つて関川が被告人より登録証明書の呈示を求めたことは全鳳学と被告人の犯罪事実の証拠の取調という実質をもつていたものであつた。ここで附言しておかねばならないことは、関川は被告人が登録証明書を所持して任意出頭をなし登録証明書の呈示を要求すれば必ず之に応ずることであろうことを期待しており、呈示すればそれを現行犯として逮捕し登録証明書を押収することを計画しており、このことにより、本来の捜査手段である被告人に対する逮捕状又は捜索状の請求、その令状の執行という民主的であるがまわりくどい方法を回避するという脱法的手段をとつたということである。
以上の通りであるから被告人が登録証明書を呈示したことは登録証明書の用途に供したのではなくして警察官の犯罪捜査に協力せしめられたというのが正確である。
三、右の意味に於て、原判決が被告人が他人名義の登録証明書を行使したと判示したことは、事実の誤認であり、之に本法十八条一項九号を適用したことは法令の適用を誤つたものである。この事実誤認及法令の適用の誤は判決に影響を及ぼすこと明白であるから原判決は破棄さるべきものである。
(その他の控訴趣意は省略する。)