東京高等裁判所 昭和30年(う)194号 判決
被告人 板倉正雄
〔抄 録〕
論旨第一点について。
(一) 原判決第一の(一)判示事実によると、被告人は通用中の日本銀行券百円券三枚の各表面に印刷してある百円の文字左側に万年筆を使用して「五」の字を記入し、表面四隅にある100の1を5に、裏面左側円形内の100の1を5に夫々書換えた上、之を水に浸して右記入のインクを以て青色にぼかし、以て百円券三枚を通用中の日本銀行券五百円券三枚の如く順次変造を遂げたというのであるが、右のように百円札の彩色を青色とし、その百円たることを表はす数字或は文字を変えたのみで百円札表面右方の人物の肖像や裏面の国会議事堂を現はした部分その他細部の意匠について少しも手を加えていないのであるから、これを真正の五百円札と比較してみれば、その相違点は何人にも明白なものといわなければならない。しかし我々が平素経験するところでは、屡百円札を手にしていても、その表面の人物が誰で、又裏面の意匠が富士山であるか国会議事堂であるかについては案外無関心であり、実物をみないでこれを正確に即答し得るのはかなり高度の注意力に恵まれた人というべきである。而して通常人に於てこのような注意力の欠如しているのは日本銀行券がその紙質に於て又その印刷技術に於て偽造、変造を防止するに重要な力があることを信頼していることにも原因しているものと認められるのである。従つて本件の百円札と雖も、表面の人物肖像や裏面の意匠に手を加えていないことは所論のとおりであるが、これを手にする人をして真正の五百円札と信じさせるに足る程度のものであると断定し得るのである。なるほど本件変造通貨(千葉地方裁判所木更津支部昭和二十九年領第四十六号の一)を原審相被告人森田武雄から受け取つた山口政雄は之を怪しんで直ちに森田に突き返しているし、更に森田からこれを受け取つてピース二個と釣銭四百二十円を森田に渡した山口よしは当時眼疾に悩んでいたことはそのとおりであるが、被告人が原審相被告人千東植に交付した変造五百円札(同領号二)が同人の千葉県君津郡久留里町大隅弘方で店員細谷シン(当時二十五才)から菓子を購入する際使用され細谷に於てこれを怪しむことなく受け取つているのみならず、同人から大隅弘の妻きよに、更に右きよから同女経営のパーマネント店の顧客にと順次右変造五百円札が真正なものとして転々流通したこと細谷シン及び大隅弘の各検察官に対する供述調書によつて明白な事実に徴すれば、山口政雄の場合に変造たることを発見されたからといつてこれを真正の五百円札と信じさせることが絶対にできないものということはできない。それ故被告人の前記所為は百円札に変更を加えて五百円札を製造したもので、人をして真正なものと信ぜしめるに足る程度のものであるとし、これに刑法第百四十八条第一項を適用した原審判決は正当であり、少しも違法ではない。原判示第一の二乃至四の偽造通貨行使、同教唆、偽造通貨交付の各事実についても同様である。論旨はそれ故理由がない。
(二) 所論は原判決が原判示第一の(一)に於て行使の目的があつたと認定したことを誤認なりと主張する。しかし被告人は百円札に前記のような変更を加えて五百円札を製造した直後森田武雄をして、山口政雄方及び山口よし方に於て煙草ピースを購入するの用に供していること原判文自体で明白であり、五百円札製造後に初めて行使の目的が生じたものと認定すべき証拠がない本件に於ては被告人が五百円札製造の過程中に既にこれが変造完成後行使する目的を有していたものと認定するのが正当であり、所論引用の事実を以つて右認定を左右することはできない。それ故原審が被告人の所為につき行使の目的があつたものと判示したのは正当で論旨は理由がない。
註 本件破棄は量刑不当。