大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(う)2059号 判決

被告人 石森清太郎

〔抄 録〕

控訴趣意第一点について。

法律上他人から財物又は財産上の利益を受くべき権利を有するものが、その権利を実行するために、恐喝の手段を用いたとしても、直ちにそれは恐喝を構成しないことは所論のとおりであるが仮りに右の如き正当な権利を有していても、名をその権利の行使に藉り脅迫を手段として相手方を畏怖せしめて財物の交付又は財産上の利益を受けたときの如く、その行為が権利の実行としてなされたものと認められない場合には、恐喝罪が成立するものといわなければならない(最高裁判所第二小法廷昭和二十七年三月七日判決、判例集六巻四五〇頁)。本件において被告人は、小林孝徳から、同人が秋谷延に対して有する額面十万円の約束手形の元利金債権の取立方を委任されたことは記録上認められるが、被告人はその委任を受けたのを奇貨とし田口正一と共謀の上債権取立に藉口して秋谷延を脅迫して金員を取得しようと企て、原判示の日時、場所において、秋谷に対し原判示の如く申向けて同人を畏怖せしめた上同人から原判示の如き小切手、約束手形の交付を受けたものであることは原判決挙示の証拠によつて優にこれを認めることができる。従つて被告人小林孝徳から同人の秋谷に対する債権取立の委任を受け、所論の如く法律上秋谷に対し債務の弁済を請求し得る正当の権利を有していたとしても、前記認定の如く被告人は名を権利の行使に藉り脅迫を手段として恐喝行為をなしたものである以上それは正当な権利の実行としてなされたものと認められないから、被告人の本件行為は恐喝罪を構成することは多言を要しない。しからばこれと同じ判断の下に被告人の本件行為を以て恐喝罪に該当するものと認めた原判決の採証、認定には何等論理、経験則に反するものはなく、原判決には所論のような理由不備、事実誤認の違法はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について。

公判期日において、検察官が証人を尋問する際その証人が事件の日時、場所、内容の詳細等につき記憶を喪失したために正確な証言ができない場合には、その記憶をよび起こさせるため又はこれを明確にさせるために、検察官は、前にその証人が検察官に対してなした供述内容に基いて尋問しても、その尋問方法は不当とはいえない(最高裁判所第一小法廷昭和三十年二月十七日判決、判例集九巻三二一頁)のであつて、その検察官に対する供述を記載した調書が未だ公判廷において証拠として取調をなさないものであつても何等差支ないものであるところ、本件記録中原審第三回公判調書中証人秋谷延の供述調書中の記載によれば、立会検察官は、同証人に対して質問をなし、その質問中に「証人は警察、検察庁で被告人等が最初に来たのは昭和二十八年十二月中旬で、その後事務所に訪ねて行つて小切手を渡したのは同年十二月十六日だと述べているがどうか。」と、証人が被告人等に会つた日時場所について、その他被告人等が要求した金額或は被告人等が同人に対して申し向けた言辞の内容の詳細等について、同証人が前に検察官に対してなした供述内容に基いて尋問した旨の記載のあることは明らかであるが、右はその記載の順序、内容体裁から観て、同証人の記憶が薄らぎ又は喪失したため、検察官は同証人が前になした供述内容を告げてその記憶をよび起させ、或は事柄の内容を正確に供述させるためになされたものと認められ、所論の如く最初から検察官作成の供述調書を読み聞けて尋問したものであるとは到底認めることはできない。又同調書には、検察官は「これは証人の署名、押印に間違ないか」と尋ね、同証人の検察官に対する供述調書を示した旨の記載があるが、右は前記供述調書にある同証人の署名押印を真実同証人がなしたものか否かを確めたものであることが認められ、これを以て検察官が同調書を示して尋問したものであるとは認められない。(右検察官に対する供述調書は、右公判期日までには未だ証拠として検察官から取調の請求をしていないものであることは記録に徴し明らかであるが、その証拠調の有無は前記判断を左右するものではないことは前段説明のとおりである。)従つて検察官の同証人に対する尋問方法には何等法令に違反したものはなく、その他記録に徴するも右公判調書(供述調書を含む。)の証拠能力を疑うに足る訴訟手続上の欠陥はこれを発見することを得ない。従つてこれに完全な証拠能力を認めて、事実認定の証拠とした原判決の採証には何等の瑕疵もない。論旨は理由がない。

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