東京高等裁判所 昭和30年(う)2080号 判決
被告人 東原楠夫
〔抄 録〕
一、第一点の一ないし五について。
所論は、要するに、本件公訴は起訴状記載の「公訴事実」にみるとおり刑法第一九七条第一項後段の受託収賄罪として起訴されたものなるに、原審においては、訴因変更の手続を経ないは勿論検察官に訴因の釈明を求めることすらなさず、単に右「公訴事実」中若干の用語を改めたのみで「公訴事実」の文言を引用し而も刑法第一九七条第一項前段の単純収賄罪の成立を認定しているのは訴訟手続上違法なりというにある。そこで按ずるに、凡そ起訴の範囲は起訴状記載の「公訴事実」を基本として認定するを原則とすべきは当然であるが、もし現実に起訴状記載の「公訴事実」欄内の文言と同状記載の「罪名」欄内の法条もしくは罪名とが形式上若干符合を欠くが如き観ある場合には、その両欄内の記載内容を比照勘按し、被告人の利益を害しない範囲内において合理的に判断して起訴の範囲および内容を認定するを相当とする。而して本件起訴状記載の「公訴事実」には、被告人は予て群馬県吾妻郡草津町所在の国立療養所栗生楽家園の庶務課長の地位にあり、同園の支出官、支出負担行為担当官として、同園の施行する建築工事につきその監督、検査および工事費支払等同園としての関係事務全般を担当する職務に従事していたところ、昭和二九年五月中旬同園用の建物五棟の建築工事を土木請負業奥友清が請負つて工事施行に着手したが、同年五月下旬頃より六月下旬頃に渉り「右奥より該工事施行上種々便宜な取扱を為すにつきその請託謝礼の趣旨の下に」三回に現金合計三万円および精米一斗位を「夫々受取り以て自己の職務に関して賄賂を収受したもの」なる旨記載あり、一方、原判決の理由中「罪となるべき事実」欄においては、「起訴状記載の公訴事実を引用する。但し『為すことにつきその請託』を『受けたこと等に対する』に改める」云々と記載し、「法令適用」の欄には、右罪となるべき事実に該当する法条として刑法第一九七条第一項前段を掲げている。
故に、右「公訴事実」と「罪となるべき事実」とが、その範囲内容において共通であつて事実としての同一性を保有するや否やを考究するに、右「公訴事実」には「請託」等の用語も一応見受けられるが、右「公訴事実」と「罪名」欄に記載の前記法条(刑法第一九七条第一項前段)等とを比照勘按すると、「公訴事実」にいわゆる「該工事施行上種々便宜な取扱を為すにつきその請託謝礼の趣旨の下に」金品を「夫々受取」つたとは、同工事につき監督、検査等の職務を帯びる被告人が工事請負人奥友清に対し同人の工事施行上利益となるべき各種の取扱をなしたことに対する謝礼の意味において奥より提供された金品を知情の上被告人が収受した旨記載したものと解するを相当とし、従つて本件「公訴事実」と「罪となるべき事実」とは同一性を保有し、ただ「罪となるべき事実」においては、その内容の趣旨を明確ならしめるため「公訴事実」の用語に若干の修正を加えて引用しているに過ぎないことが認められる。
従つて、前記の如く、原審において、「公訴事実」の趣旨につき特に検察官に対して釈明を求め又は訴因変更の手続経由等の措置に出ないまま被告人が右奥から「種々便宜な取扱を受けたことに対する謝礼」として右金品を収受した旨認定した点において原判決に関し所論のような訴訟手続上の違法を来す筋合のものではない。論旨は理由がない。
二、第二点について。
本件起訴状記載の「公訴事実」は、被告人が(一)、(二)、(三)の金品を夫々「受取り以て自己の職務に関して賄賂を収受したもの」なる旨掲記しており、之は特にその趣意につき釈明を求めるまでもなく、その文言の全趣旨に徴して三個の併合罪の起訴せられたものなること明らかである。而して原判決は、前記の如く、右起訴状記載の「公訴事実」の文言につきその趣意を一層明確ならしめるため若干の修正を加えたのみで「罪となるべき事実」に之を引用し、従つて原判決において被告人につき三個の併合罪たる収賄罪の成立を認めているものと解するを相当とする。然るに、之に対し刑法第四五条の適用を示さないのは妥当でないこと所論のとおりであるが、然し、既に原判決において併合罪を認定している以上之に対して右第四五条を適用処断したものなることは当然推認され得ることであり、従つて原判決上斯る刑法総則的規定の適用を特に明示しなかつたとしても之によつて訴訟手続上違法となすべき事柄ではない。而して、仮に、所論の如く原判決が右(一)、(二)、(三)の収賄所為を以て包括的一罪と認定し、そのために刑法第四五条を適用しなかつたものとしても、その結果は併合罪に認定した場合に比して寧ろ被告人に有利でこそあれ毫も不利益を招く理由はないから、弁護人より右併合罪なる旨主張することは適法な控訴の理由となり得る事項ではない。
故に、論旨は、事実の認定および法令の適用いずれの点よりみるも理由がない。