東京高等裁判所 昭和30年(う)21号 判決
被告人 矢島米作
〔抄 録〕
控訴趣意第一点に対する判断。
およそ略式手続においては、公訴事実は略式命令の請求と同時に特定し、検察官は法定の場合の外訴因の変更又は追加をすることができないものであるから、罪となるべき事実、適用した法令等を記載した略式命令の謄本が被告人に送達されたときは、被告人は起訴状の内容を確知し得るものである。されば略式命令の謄本が略式命令の請求と同時になされた公訴の提起後四箇月以内に送達されさえすれば、被告人から正式裁判の申立があつても、重ねて起訴状の謄本を送達する必要がないものと解するを相当とする。(昭和二九年一二月二日最高裁判所判例参照)すなわち、刑事訴訟法第四六八条第二項は、正式裁判の請求がなされた後は通常の規定に従い、審判をしなければならない旨規定しているが、所論のごとく同法第二七一条が当然これに含まれていて、改めて同条第一項による起訴状の謄本の送達を要するものと解すべきではない。また所論同法第四六三条第四項の規定は、同条第一項及び第二項、すなわち、いまだ略式命令の謄本の送達がなされない場合であるから、同法第二七一条(起訴状謄本の送達)の規定の適用があるものとされているのであつて、これは同法第四六八条となんら矛盾するものではないこと明白である。なお略式手続においてはいわゆる起訴状一本主義によらず、一件書類全部が一旦裁判官の手許に出されるのであるが、これは同手続が書面審理である当然の帰結というべくこれが同法第二五六条第六項の裁判官の予断排除の原則に反するものではない。しかして正式裁判の請求があつた後は、起訴状略式手続の告知手続書、申述書、略式命令、送達報告書、正式裁判請求書及び申立通知を裁判官の手許に残し、その余の書類は検察官に返還せられて起訴状一本主義の姿となり、通常の規定に従い審判することとなるのである。であるから同法第四六三条等の所論改正が違憲、無効であるとし、第四六三条第四項の規定が第四六八条と矛盾するものであつて、憲法第三一条の法意に背反するとの所論はまつたく独自の見解に過ぎないものであり、本件につき改めて起訴状の提出及び送達がなされてないとしてもなんら違法をもつて目すべきではなく、よしやこの点につき原審弁護人から異議の申立があつたのにかかわらず、原審が実体審理裁判をしたとしても、刑事訴訟法第三七八条第二号の不法に公訴を受理した違法の存するものではない。また所論のごとく本件起訴状の末尾に附箋が添附されて求刑意見が記載されていることは事実であるが、これは検察官が公訴を提起し、略式命令を請求した際求刑意見として本来別紙に記載すべきものを便宜上起訴状に附箋で貼付したものであつて、正式裁判の請求後は取り除かるべきものがたまたま残されてあつたのであつて、これあるがために裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞あるものではなくこの故をもつて公訴提起が違法であつて公訴棄却の判決がなさるべきものでもない。であるから原判決には所論のごとき違法はなく、該論旨は理由なきものである。
(中野 尾後貫 堀真)