東京高等裁判所 昭和30年(う)2174号 判決
被告人 宮川辰己
〔抄 録〕
原審証人新田シゲ子、同新田千春の各証言によれば本件被害者A子は昭和二十七年八月三日生れで、本件事故発生当時満二年三月を経過しているが、発育が比較的遅い方であつたためヨチヨチ歩く程度で、まだ自由に歩行できなかつたし、まして勢いよく走りまわることは不可能であつたと認められる。而して右証人等の証言の外原判決挙示の証拠を綜合すれば、被告人は昭和二十九年十一月六日午後二時二十分頃郵便逓送用貨物自動車新第八―一〇四一号を運転し、新潟市本町通三番町より同市新川小路を経て東堀通四番町に出て同七番町に向い進行していたこと、右道路の右側は堀に接していちぢくの木があり、常時砂利等が置いてあつたりして、そのため道路の巾は約八米位あつたが、有効幅員は六米程であり、被告人はその中央部やや左方に寄り左側人家から二米四〇乃至二米六〇の地点を進行し、時速十二粁で新田健三郎方前道路上にさしかかつたこと、その時新田方店内から前記A子がヨチヨチと道路に向つて歩き出し、被告人の運転する自動車進行方向に進んできたこと、被告人がこのような状態の下に於て、左側の人家からいつ何人が自動車の進路に出てこないとも限らないことを考えてよく注意しておりさえすれば、A子は前記のようにヨチヨチ歩きの域を脱しない程度であるから、勢いよく道路に走り出た人の場合とは違つてこれを避ける余裕があるばかりか自動車の進路と新田方との間に二米以上の距離が存することでもあるから、被告人に於てはす早くA子の存在に気がつき、その動向に注意し、もつと早く急停車の措置を講じ得たに相違なかつたのであるが、当時被告人はその前方十字路に近づいた事に気を奪われ、前方のみを注視し、左側人家の方向によく注意を払つていなかつたため、A子を発見することが一瞬遅れ、そのためA子が自動車と接触する危険を生ずる直前となつて漸くこれを発見し、急停車をしたが、自動車に驚いて転倒したA子の左足を自動車後輪で引ずり、同女左足関節々部に治療三ケ月を要する挫滅創を負はしめたことを認めるに十分である。これと同趣旨の事実を認定した原判決は正当で事実の誤認が存しないことはもちろん、所論のように本件が不可抗力で被告人の過失に基かないものとすることはできない。又原判決はA子を自動車前部フエンダー附近に接触させて転倒し、左後輪で同女を引ずつたと認定しているのではないと同時に自動車をA子の左足の上に乗せたとの事実も認定しているのではないから、原判決が物理的に不可能な事実を認定したとの非難は当らない。従つて原判決に事実の誤認があるとの主張は採用できないしその他記録を精査し、被告人の経歴環境、本件過失の程度やその態様等諸般の情状を考量して、原審の罰金六千円の科刑は相当で、量刑不当の論旨もその理由がない。