大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和30年(う)2503号 判決

被告人 伊崎俊雄

〔抄 録〕

弁護人論旨一の(二)(A)乃至(C)及び被告人の論旨中事実誤認の点について。

原判決挙示の証拠を綜合すれば、十分原判示第一の如く被告人が小沢きみを強姦し、その際の暴行によつて同女に対し全治迄約四日間を要する頭部、顔面打撲傷を被らせた事実を認めることができるのである。

ところで原審証人小野瀬八重子の公判供述によれば所論仲田屋では女中に客をとらせない(売淫をさせない趣旨)ことを建前としていたことが認められるので、原審証人仲田きみの供述中仲田屋では女中に客をとらせない旨の供述は所論のように信用するに足りないものとは認められず従つて同証人の右供述全体も十分信用性の存するものと認められるのである。又原審証人小沢きみの本件迄は処女であつた旨の供述も必ずしも信用するに足らないものとも認められないのである。

次に原判決は近江博の鑑定書を証拠に採用しなかつたことについてその理由を示していないことは所論のとおりであるが、判決には採用しなかつた証拠について判断を示す必要は全くないものであり、原審が小沢きみの血液型の鑑定をしなかつたのはその必要がないものと認めたからのことで、この措置につき何等審理を尽さなかつたものとは認められないのである。

而して原審がした証人尋問における小沢きみの供述と検察官に対する同女の供述調書とを対照検討するのに、同女が結局被告人から強姦されたという点についての供述には彼此相違する点は存しないのであるが、証人尋問においては裁判長或は検察官の尋問に対し答をしない箇所が処々にあり、供述が誠に断片的で脈絡が判然せず、被害状況が必ずしも明確ではないのである。一方検察官に対しては被告人から強制暴行を加えられて姦淫を遂げられた状況を順序を立てて詳細に供述しているのであつて、被害状況その他の事情を明瞭に供述しているのである。このようなのは刑事訴訟法第三二一条第一項第二号に謂うところの前の供述と後の供述とが相反する場合ではないが、前の供述と後の供述とが実質的に異つた場合というのに該当するものと認められる。

そして原審が行つた小沢きみの証人尋問には被告人が立ち会つていたのであるが、検察官の証人尋問の最中に被告人は突如証人に対し語気鋭く「何!出鱈目云つているのだ」などと発言して裁判長から発言を禁ぜられていることが、右証人尋問調書によつて認められるのであるが、このような強姦の加害者として訴追されている被告人の面前において、その被害者である証人は卒直に被害事実を供述することはまことに困難なことであると認められるのであるから、検察官に対する供述の方が信用すべき特別の情況の存するものと認めるのを相当とする。なお所論は検察官に対する右証人の供述は処女であつた一八才の少女の供述としては大胆、詳細にすぎ検察官の誘導による供述の疑が濃厚である旨主張するのであるが、成程相当詳細ではあるが必ずしも大胆とは認められず、誘導による供述とは認め難いところである。

而して原審がその取り調べた証拠のうち所論のように被告人に有利な証拠を信用せず、原判決引用の証拠を採用したことについて格別採証の法則に違背するものありとの疑も存しないのである。

その他原審並びに当審において取り調べた全証拠を仔細に検討しても原判示第一事実に誤認ありとは認められない。論旨はすべて理由のないものである。

(久礼田 武田 石井文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!