大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(う)2568号 判決

被告人 朴福一

〔抄 録〕

次に賍物運搬の点につき審究するに、記録に徴すると、被告人は、まず昭和二十八年三月二十日前記窃盗の事実につき公訴を提起せられ、検察官の令状請求に基き鎌倉簡易裁判所裁判官より起訴状記載の公訴事実を読み聞けられこれに対する陳述を求められたのに対し、被告人は窃盗の点についてはこれを否認したけれども、賍物運搬の事実、すなわち「盗んだとは知つていたが、海岸から金三俊に運んでくれとたのまれたので長谷の金容方に運んだのです」との事実を認めており、更に被告人に対する原審第二回公判廷において被告人は、「窃盗をしたことも佐藤美彦へ行つたこともありません」と窃盗の事実を否認したけれども、「金三俊及び金本に頼まれて品物を運んだことはあります」と賍物運搬の事実を認めていることは原審第二回公判調書の記載に徴し明らかなところである。しこうして、被告人の司法警察員に対する第一、二回供述調書によれば、被告人が金三俊及び金本某に頼まれて同人らが他から窃取して来た賍品であることを知りながらこれを他に預けることを承諾し、右両名と金容方に到り同人らを戸外に待たせおき被告人は同家玄関先附近から若い衆の寝ていた同家屋内四畳半の間まで右の賍品を運び入れたことが認められ、これが補強証拠としては金三俊の検察官に対する昭和二十八年三月十八日付供述調書及び原審公判廷における証人金容の供述が存することも記録上明らかであり、以上の各証拠を綜合すれば本件予備的訴因である前記賍物運搬の事実は優にこれを認めることができるものといわなければならない。弁護人は、答弁書において右金容方住宅なるものはその配置構造等全く不明であるのみならず、この程度の運搬の事実があつたとしても法律上の運搬に該当しない、と主張するけれども、賍物運搬の罪は賍物の場所的移転をなすによりて成立するものであつて、前記のごとく、被告人が金容方玄関先附近より同家屋内に賍物を運搬した以上、たとえ所論のごとく、金容方住宅の配置構造等が不明であると否とにかかわらず、犯罪の成立を免れないものといわなければならない。また弁護人は前記被告人の自白はそれ自体あいまいな上看守に誘導されたものである、と主張するけれども、記録に徴すれば、被告人は前記のごとく、当初は、金三俊及び金本某に頼まれて本件賍物を海岸から金容方まで運搬したとの事実を認めながら、次第にその供述を変更し、原審第九回公判廷において検察官から本件賍物運搬に関する訴因が予備的に追加されるや、被告人は右運搬の事実をも否認し、金三俊及び金本某に頼まれて同人らを金容方に案内し、玄関の戸を開けて、若い衆に盗品と思われる風呂敷包二個を預るよう頼んだことがあるに過ぎない、と供述するに至つたものであり、かかる供述の変化は、被告人としてはあり得べきことであり、少しも前記認定を左右するに足りないものといわなければならない。また被告人は弁護人所論後段の点について「前記司法警察員に対する第一回供述調書中の供述並びに前記勾留尋問の際における供述及び原審第二回公判廷における供述」はいずれも、看守に「運んだのではなく、案内してやつただけなのだが」と話したところ、「運ばなくても一緒に行けば罪になる」と云われたのでそのように供述した旨原審第十三回公判廷において弁護人の問に対し答えているのであるが、仮りに右のごとき事実があつたとしても、右被告人の供述は前記自白をなすに至つた経過の説明としては合理的根拠に乏しく、したがつて右は何ら前記被告人の自白を否定すべき根拠とはなし難いものといわなければならない。なお、弁護人は、被告人の自白を補強すべき金三俊の供述は原審公判廷における供述を除き措信し難いと主張するけれども、原審公判廷における証人金三俊の供述中賍物運搬の点については、「自分は被告人が長谷に知つている家があるから聞いてみようというので二人でその家に聞きに行つたところよいというので其処へ運びました」と供述するのみで、被告人の賍物運搬に関する具体的事実には触れていないのであるから右証人金三俊の供述は何ら前記賍物運搬の事実認定の支障とはならないのであり、右金三俊の前記検察官に対する昭和二十八年三月十八日付供述調書中賍物運搬の点に関する供述は被告人の自白及び原審公判廷における証人金容の供述とも吻合し、これを措信するに足るものといわなければならない。なおまた、弁護人は、右原審証人金容の供述は松本こと曹決守の供述を内容としており、しかも右曹決守は原審において二度も証人として取り調べられている以上刑事訴訟法第三百二十四条第二項の準用する同法第三百二十一条第一項第三号により伝聞証拠として証拠能力も証拠価値もない、と主張するのでこの点につき按ずるに、右証人金容の供述中には松本二郎という者(朝鮮人)の供述を内容とする部分があり、この部分に関しては刑事訴訟法第三百二十四条第二項により同法第三百二十一条第一項第三号が準用せられ、その者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができない場合に限りこれを証拠とすることができることは所論のとおりであるが、右精神若しくは身体の故障には、供述者が時日の経過その他の事由により当時の記憶を忘失してこれを供述することができない場合をも包含するものと解すべきところ、所論の松本こと曹決守は原審第五回公判廷において証人として尋問を受けた際昭和二十五年二月頃の夜被告人が金容方に品物を預けに来たことについては判然記憶がなく、多分来たことはないと思う旨の供述をしており、またその後原審第十一回公判廷においては再び証人として尋問を受け、金容方にいた当時被告人が来たこともなく、また同人を見たこともない旨の供述をしているのであるが、一方被告人は原審公判廷において前記のごとく金容方において若い衆に本件賍物を預つてくれるよう依頼したことについては終始これを認めて争わないところであるから、右被告人のいうところの若い衆が弁護人主張のごとく松本こと曹決守であるとすれば、右曹決守はまさに当時の記憶を全く喪失しているものというべく、又同人の第二回目の証言、すなわち原審第十一囘公判廷における供述が真実であるとすれば、右曹決守は前記証人金容の供述する松本二郎とは同一人でないこととなり、その前者の場合とすれば供述者が精神若しくは身体の故障のため公判期日において供述することができない場合に該当するものというべく、後者の場合とすれば供述者が死亡、所在不明又は国外にいるため公判期日において供述することができない場合に該当するものというべく、しかも本件においてはその供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであり、かつその供述が特に信用すべき情況のもとになされたものであることについては記録上明らかなところであるから前記原審証人金容の供述中所論伝聞証拠の部分もこれを証拠とすることができるものといわなければならない。しかも右証人金容の供述内容は前記被告人の自白及び金三俊の検察官に対する昭和二十八年三月十八日付供述調書とも吻合し、真実に合致するものと認められるから、十分にこれを措信するに足るものというべく、所論のごとく、伝聞証拠として証拠能力も、証拠価値もないものということはできない。以上のごとく、弁護人の所論はいずれも理由がなく、本件賍物運搬の事実は前記のごとくこれを認め得るところであり、当審における証拠調の結果を参酌しても右認定を左右することはできないから、原判決が右賍物運搬の事実についても犯罪の証明が十分でないとして被告人に無罪の言渡をしたのは、すなわち事実を誤認したものというべく、その誤が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから原判決はこの点において、破棄を免れない。結局論旨は理由がある。

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