東京高等裁判所 昭和30年(う)2624号 判決
被告人 千原こと千泰先
〔抄 録〕
検察官の控訴趣意第一点及び第二点竝に答弁書の論旨について。
原判決はその理由中に論旨摘録の通り判示して本件窃盗被害物件の買受人である徳山光伸こと洪鶴鳳の検察官に対する供述調書記載の供述を措信することのできないものとして、同人の原審公判廷において証人としてした供述を信用すべきものとしているのである。しかし原審第二回公判調書に現われている同人の証人としてした供述(第一回)竝に原審第五回公判調書に現われている同人の証人としてした供述(第二回)を仔細に検討すれば、同人は昭和三〇年一月一二日本件被害物件である銅線を自分方に売りに来たのは朴某外一名であつて被告人は、自分方前道路上で朴某外一名に対し自分方を教えたに過ぎないと供述しながら、後に、被告人も朴等の仲間と思つたと供述し、その理由を裁判官に問われ黙して答えず、朴某外一名は代金受領後売却物件の目方を自分方に聞きに来たことはなかつたと供述しながら後に右の目方を聞きに来たことがあると供述し、裁判官からどうして聞きに来たのかと問われ、わかりませんと供述し、裁判官から千原に金を渡したのなら、そつと目方を聞きに来ることは考えられるか、朴ら二人に金を渡したのにどうして目方を聞きに来る必要があるのかと問われ黙して答えず、更に裁判官から二人が目方を聞きに来たとき千原に云つてくれるなと云われなかつたかと問われ黙して答えなかつたこと等が看取され、その供述は不明確であり、動揺していることが認められるのに反し、同人の検察官に対する供述調書記載の供述内容は論旨摘録の通りであつて、その供述は自然になされ、理路一貫していて首肯せしめるに足るものが認められるのである。加うるに当審の事実取調における徳山光伸こと洪鶴鳳の検察官に対する昭和三〇年八月三日附供述調書謄本、朴永順の検察官に対する同年八月六日附供述調書謄本、被告人に対する偽証教唆被告事件起訴状謄本、被告人に対する偽証教唆被告事件第二回公判調書写真によれば徳山光伸こと洪鶴鳳が原審第二回竝に第五回各公判期日において証人としてした本件被害物件である前記銅線は朴某外一名から買つたもので被告人から買つたものではないとの供述は被告人の教唆に基く虚偽の供述であつたことを認めることができるのである。次に原判決は被告人に対する本件窃盗事件の搜査中被告人と同房していた原審証人渡辺盛重、同横尾亮二、同渡辺亨の原審公判廷における供述を被告人が逮捕されて以来取調官に対し終始一貫犯行を否認している事実だけに徴して措信し難いと判示しているけれども、原審第三回公判調書に現われている原審証人渡辺盛重、同横尾亮二、原審第四回公判調書に現われている原審証人渡辺亨の各供述内容を精査すれば、その内容はいずれも具体的であり、被告人の房内の言動を叙述するものとして措信するに足るものと認められ、被告人が犯行を終始否認している事実だけによつてその証拠価値を失うものとは認められないのである。しこうして原審第三回公判調書中証人宮野豊の供述記載、同人作成の鑑定書、押収にかかる昭和三〇年押第九二号の一、の存在、によれば本件窃盗の現場にあつた足跡と被告人所有のゴム底ズック靴の裏とが符合することが認められるのであるから、この事実と前記徳山光伸こと洪鶴鳳の検察官に対する供述調書、原審第三回公判調書中証人斎藤正吉、同渡辺盛重、同横尾亮二の各供述記載原審第四回公判調書中証人渡辺亨の供述記載を綜合すれば被告人が本件窃盗を共謀した共犯者であることを認めることができるのである。しからば原判決が被告人に対し本件窃盗について犯罪の証明がないとして無罪の言渡をしているのは、証拠の価値判断を誤り事実を誤認したのであり、この事実の誤認は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決の事実誤認を主張する論旨は理由がある。