東京高等裁判所 昭和30年(う)3130号 判決 1956年1月24日
控訴人 被告人 田辺真一
弁護人 後藤文彦
検察官 小西太郎
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人後藤文彦及び被告人本人提出に係る各控訴趣意書に記載されたとおりであるから茲にこれを引用し、これに対し次のように判断する。
弁護人の論旨第一点について
原判決の挙示する所論各補強証拠が、すべて原審において謄本自体として証拠調の行われたものであることは所論のとおりである。而して原審公判調書によると、右補強証拠なる各書類は原審において検察官から謄本としての証拠調を請求したのに対し、被告人側から何ら異議を述べた形跡がないばかりでなく、右各書類を証拠とすることに同意したことが明らかであり、且つこれらの書類の原本は他の関連事件記録に編綴されて提出し難い事情にあるものと記録上推認し得られるので、これらの書類にして原本と相違しないことが認められる限り、適法な証拠調を行つた上、これを採証に供し得るものといわなければならない。ところで右各書類を査閲するに、いずれもこの末尾において板橋警察署員の「右は謄本である」旨の認証と当該署員の署名押印(但し鈴木友義名義の窃盗被害届及び同訂正追加願届と題する各書面の謄本を除く)が存するので、他に特別の事情の認められない本件においては、右各謄本はそれぞれ供述者の署名押印ある当該原本を正写したものと認むべきである。ただ前記鈴木友義名義の分については、認証者たる同警察署員の署名が存するのみで、その名下の押印を欠いているけれども、同書面の形式態様に徴すると、その認証者の押印がなくても当該原本を正確に写録したものであることを認めるに難くないのである。して見れば原審がこれら各謄本について証拠調を行い、これを補強証拠に供したのは毫も違法でない。論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 荒川省三)
弁護人後藤文彦の控訴趣意
第一点原審の訴訟手続には左記法令違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすこと明らかであると信ずる。原審の公判調書及び原判決の証拠摘示欄によつてみると、本件犯罪事実認定の補強証拠となつた書面はすべて謄本であることが知られる。即ち原審は謄本によつて証拠調をなしたわけである。ところで証拠調は云う迄もなく原則として原本によつてなされるべきものであつて、例外として書証の原本が滅失したとか、若しくは容易に提出し難い場合に、その謄本が原本と相違ないものであることを確認し得て始めて謄本による証拠調が許されるものであると思う。右に云う容易に提出し難い場合とは滅失に準ずるものであつて、例えば重要な部分が汚染したとか、重要な部分について証拠能力がない等のため公判廷に提出出来ないような場合であろう。単に訴訟記録にこれを編綴することが困難な場合をも含むものではあるまい。何故ならかかる場合には、原本によつて証拠調をした上、裁判所の許可を得て原本に代えその謄本を提出することができる(刑事訴訟法第三一〇条)からである。原審においては何故原本を提出することが出来ないのかを明らかにすることなく漫然謄本によつて証拠調をしているのであつて右証拠調の手続は既にこの点において違法である。殊に謄本として提出された書面のうち若干のものは一応公務員によつて謄写されたことが知られるが、多くの書面は何人によつて謄写され何人によつて原本と内容の同一性が保障されているのか不明であり且つ刑事訴訟規則第五八条乃至第六一条にも違反する。原審は提出された謄本たる書面の作成者が誰であるのか、どうして原本と内容が同一であると云えるのかと云う点について審査せず、漫然と証拠調をなしたのであつてまことに無暴な措置といわなければならない。原審は適法な証拠調をせず、これらの証拠をあげて重要な断罪の基礎とした原判決は違法であつて破棄されるべきものと信ずる。
(その他の控訴趣意は省略する。)