東京高等裁判所 昭和30年(う)328号 判決
被告人 佐藤清一
〔抄 録〕
原判決挙示の証拠によれば原判示事実を認めるに十分であるが被害者が被告人の実父であること、また致死の原因となつた被告人の加害行為に石塊で被害者の頭部を強打したという惨酷なものであるということなどを考慮すると、仮令被告人に殺意を認めず傷害致死罪と認定すべきものとしても被告人を懲役五年に処した原判決の刑は相当であるように思われる。けれども記録を精査し、かつ当裁判所で行つた証拠調の結果を総合してさらに仔細に検討すると、本件の被害者たる被告人の父良次郎は、いわゆる風変りな人物で他人との交際を嫌い、専ら自分の家庭内で家長の権利を強調して粗暴の振舞が多く、平素から飲酒に耽り酩酊すれば酒癖が悪く、妻子に対する愛情が乏しくて理由なくこれらに虐待を加えることが屡々であつたため、家族一同からひとしく敬遠されていたこと、被告人は八人兄妹の長兄として幼時から家業たる農業に従事して人と成り、戦時中は出征して昭和二十二年ニューギニヤから復員後は十分に休養する暇もなく再び父母に従つて家業に精励するは勿論、父に代つて近隣との交際、農地改良その他公共的事業にも関係してまさに一家の支柱たる人物であるばかりでなく、父母に対しては従順の子であり、弟妹に対しても温良である兄であつたこと、従来も父良次郎から再三暴言を浴せられたことがあつたがよく忍従してきていたことが認められ、本件事件の当夜も父良次郎は酩酊して被告人の働き方が悪いと文句をいい、反抗もしない被告人に対して「家を出て行け、お前に死水はとつて貰わない。今日はどうしてもお前を殺してやる」などと悪口雑言を吐いたうえ、鉄火箸で被告人の胸部を突刺そうとしたので、傍に在つた被告人の母がこれを奪い取つて防いだが、被告人は身の危険を感じて自宅から逃げ出し約四〇〇米距つた祖父清太郎の墓前に難を避けたところ、父良次郎はなおも執拗に追跡してきて被告人の後方から組付いたため、被告人もやむなくこれに応じ組打ちとなつたが、その際被告人は傍にあつた石塊で父良次郎の頭部を強打したため、頭部外傷による脳挫傷により同人を死亡するに至らしめたものであること、即ち被告人は当初から父良次郎に反抗する意図は全然もつて居らず同人の乱暴な言動から身の危険を避けるため、わざわざ自宅から逃げ出しているのにかかわらず、父良次郎は約四〇〇米離れた地点まで追跡して被告人に攻撃を加えたので被告人もこれに応じて格闘となつたものであることが明らかであるから、その格闘の機会に際して相手方に加えた被告人の攻撃行為は、法律上認められた正当防衛または過剰防衛とはいえないまでも、少くとも過剰防衛に近い性格をもつているものというに妨げないものである。被告人の犯した行為はいわゆる親殺しの大罪で人倫上まことに重大な犯罪ではあるけれども、被告人は本件犯行後、自己の短慮な行動を深く反省し、自ら戒めて謹慎の状が顕著であるばかりでなく、叙上のような被告人の性格、経歴、家庭の状況、本件犯行の動機、態様、被害者の異常な性行、その他諸般の事情を彼此斟酌して考慮すると、被告人を懲役五年に処した原判決の量刑はやや重きに過ぎるものと認められるから、原判決は破棄を免れない。論旨はいずれも理由がある。
註 尊属殺人の起訴に対し原審は尊属傷害致死と認定し懲役五年の実刑を科している。当審では尊属傷害致死として懲役三年猶予五年としている。