東京高等裁判所 昭和30年(う)3395号 判決
被告人 李奉順
〔抄 録〕
昭和二十九年六月十二日法律第百七十七号により覚せい剤取締法の一部改正があり、その附則第二項に「この法律の施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお、従前の例による」旨の規定が存すること、原判決の認定した犯罪事実中右改正の前後に亘るものが存することは洵に所論のとおりである。而して右改正法律は、公布の日に施行されているのであるから右一連の犯罪中右法律施行以前において完了しているものについては所論のとおり旧法を適用すべき筋合であること言を俟たないところである。然しながら、本件においては、後に述べる問題の存する点はあるけれども、いずれにするも一応法律改正の前後を通じて包括して一罪を構成するものとされる場合においてはその所為について改正後の新法のみを適用するのが正当であつて、所論のようにこの場合にも改正前の部分には旧法を適用すべしとするのは失当である。蓋し、包括的に一罪を構成する一団の多数の行為が旧法時より新法時に渉つて継続して実行された場合には、この全体を包括して一罪としてその実行行為の完了したときの法、すなわち、新法を適用すべきことは既に大審院の判例として示されているところであつて、(昭和六年十一月二十六日大審院第一刑事部判決、刑事判例集第十巻六百四十五頁参照)当裁判所も亦これを正当と思料するものであるからである。
然しながら、更に本件事案について按ずるに、原審が原判示第二として掲げた罪となるべき事実は「被告人は法定の除外事由がないのに昭和二十八年十二月十二日頃から昭和二十九年八月二十一日頃迄の間東京都立川市高松町三丁目百二十二番地の自宅において高橋みどり、通称道子、佐藤広子、通称順子、通称照子、通称サチ子、川村千秋、通称清子、通称けい子に対し前後約二百八十三囘に亘り覚せい剤注射液二CC及び四CCアンプル合計約七千三百五十四本を譲渡した」というのでありその法律の適用は原判示第一の罪となるべき事実と区別することなく覚せい剤取締法第十四条第一項第十七条第三項第四十一条第一項第二号第四号、罰金等臨時措置法第二条(懲役刑選択)刑法第四十五条第四十七条第十条と一括羅列してあるに過ぎない。ところで、これに対する昭和二十九年十一月十三日付起訴状の記載によれば、その公訴事実は、はじめに総括的に原判示のように記載してある他別紙譲渡一覧表のとおりとして譲渡一覧表を添付して買受人毎に譲渡期間、譲渡囘数、合計譲渡数量を明記しているのであつて、検察官は原審公判廷において右起訴は各譲受人毎に包括一罪としその各包括一罪が併合罪の関係にたつものと解すると釈明しているのである。而して本件記録に現われた関係証拠によれば、被告人はその夫金本富夫こと金王とともに肩書住居でいわゆるパンパン置屋を営み、被告人において東京都上野附近で仕入れて来た覚せい剤をその抱え女に売りつけ抱え女等にこれを使用させその効果により稼業をはげませていたものであることが明瞭であるのであるが、このような場合において多数人に多数囘に亘つて継続的に覚せい剤を譲渡するときは、右検察官の見解のように、各譲受人毎にその譲渡囘数、及び数量の如何を問わずこれを包括的に観察して一罪を構成するものと解するのが相当であると思料される。従つて、原判決はこの見解に従つたものかどうか稍不明確であるが、若しこの見解に従つているとすれば、前に掲げたような犯罪事実の判示方法は各譲受人毎に異なる犯罪事実の具体性を明示していないから、その事実理由において不備なるものがあり不適法というの他ないのみならず、たとえ、包括一罪を構成するものであつても前記法律の改正前に行為の完了している分については前記附則の規定により所論のように改正前の法律を適用すべき部分があるに拘らずこの適用をしないで改正後の法律のみを適用している事跡が窺われるから、この点においても判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の適用の誤が存するものといわなければならない。又右の見解に従わないで判示第二事実全体を包括一罪と解したものとすれば、右の見解は誤であつて法令の適用を誤り、しかもこの過誤は判決に影響を及ぼすことの明らかなものであること自明であるから、いずれにするも原判決にはこれを破棄すべき違法が存することとなるのである。論旨は結局理由があることに帰する。
(大塚 渡辺辰 江碕)