東京高等裁判所 昭和30年(う)465号 判決 1957年4月15日
控訴人 被告人 大河原正太郎 外一名
弁護人 島田武夫 外四名
検察官 小出文彦 小西太郎
主文
本件各控訴を棄却する。
当審証人加藤昇一郎に支給した訴訟費用は、被告人大河原正太郎の負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人大河原正太郎の弁護人島田武夫、同毛受信雄共同提出の控訴趣意書及び補充控訴趣意書、同被告人の弁護人中村信敏提出の控訴趣意書並びに被告人大竹仙松の弁護人海野普吉、同太田金次郎共同提出の控訴趣意書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、これを茲に引用して次のとおり判断をする。
被告人大河原正太郎の弁護人島田武夫、同毛受信雄共同提出の控訴趣意書及び補充控訴趣意書について、(但し、論旨第一点及び同第三点ないし第八点に対する次の各判断は、弁護人中村信敏提出の控訴趣意書中の論旨第一点に対する判断を含むものとする。)
論旨第一点。
東京特別調達局が、国家行政組織法第三条の規定に基いて総理府の外局として設置された特別調達庁の地方支分部局の一つであることは、同法第九条、特別調達庁設置法第二条、第十三条ないし第十六条の規定によつて明らかである。而して、総理府の外局たる特別調達庁部内の機関に属する官職についての任命権は、その長においてこれを有することは国家公務員法第五十五条第一項の明定するところである。されば、記録ないし証拠によるときは、被告人花形弘三郎は、昭和二十五年四月一日右にいわゆる外局の長たる特別調達庁長官から東京特別調達局管財部長たる官職の任命を受け、(なお、同被告人は、国家公務員法附則第九条、人事院規則八―一一により同局管財部長に任用されたことも証拠上明らかである)爾来、同部長として同部所属の不動産契約課、不動産評価課或は不動産調査課等の管掌する接収不動産の借上契約、或は接収解除に伴う使用解除財産の補償並びに同部所属の解除物件処理課外各課が管掌する解除物件売却の契約業務並びに解除物件の物品会計業務等特別調達庁設置法、昭和二十四年六月一日総理府令第五号及び特別調達庁組織規程(昭和二十五年四月一日特別調達訓令第二号)の定むる所掌事務を統轄、指導、監督する公務に従事していたものであることが認められるから、同被告人が当時法令により公務に従事する官吏であつて刑法第七条所定のいわゆる公務員であつたことは、これを否定し得べくもない。なるほど、所論にいうように、特別調達庁設置法、特別調達庁組織規程によれば、当時東京特別調達局にはその所掌事務の配分のため、経理部、契約部、技術部、促進監督部、管財部の五部を設け、更にその各部に種々の課を設けてそれぞれの所掌事務の範囲を定めてはいるが、各部に部長を置く旨の積極的な明文はこれを認め得るに由のないところではあるが、それにもかかわらず、特別調達庁組織規程、は特に第六十九条を設けて、(1) 東京特別調達局契約部及び経理部に副長各一人を置く、(2) 副長は、部長を補佐し、部務を整理すると規定して、五部ある内特に契約部と経理部だけに部長の外に副長一人を置く趣旨を宣明していることに徴するときは、右組織規程は、各部にその長として各部の所掌事務を統轄、指導、監督する権限を有する部長たる官職を置くべきことは、所掌事務分配として各部を設けた本旨に照らし行政組織上当然なところとして敢てこれを明文に示すことをせず、各部にその長たる部長一人を置くことを原則とはするが、契約部と経理部の二部だけにはそれぞれ部長の外に副長を置くを必要としたことから、右原則の例外事項として特にこの旨を明文上明らかにしたにすぎないものというべく、右設置法ないしは組織規程に、各部に部長を置く旨の明文を欠いているからといつて、各部の長たる部長を置かない趣旨であるというを得ないばかりか、各部の所掌事務の内容にして右法令上明らかなものがある以上、各部の長たる部長が、他に別段の定めのないかぎり、部内各課の所掌事務を統轄、指導、監督する等、部の長たる地位に添う一切の職務権限を有すべきこともまた事理の当然とするところであるから、冒頭説示の如く、法令上の任命権を持つ外局の長たる特別調達庁長官の任命にかかる東京特別調達局管財部部長は、すなわち、法令によつて公務に従事する官吏たる公務員であると言わざるを得ない。前段説示の如く東京特別調達局の管財部長として公務に従事していた当時の被告人花形弘三郎を刑法にいわゆる公務員でなかつた旨主張し、これが主張を前提として、原審判決において、被告人花形弘三郎が管財部長として同部に属する各課の事務を統轄、指導、監督する職務に従事していた旨判示したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤を冒したものであるとの所論は採用するに由がない。論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 三宅富士郎 判事 河原徳治 判事 遠藤吉彦)
島田、毛受弁護人の控訴趣意
第一点原判決は法令の適用に誤があり、この誤は判決に影響を及ぼすことが明かである。
一、原判決はその理由第一の冒頭において、原審相被告人花形弘三郎の東京特別調達局管財部部長としての職務を判示しているが(第二事実の冒頭に引用)、これによれば、同人は東京特別調達局管財部所員の「不動産契約課、不動産評価課或は不動変調査課等が管掌する接収不動産の借上契約、或は接収解除に伴う使用解除財産の補償並に同部所属の解除物件処理課外、各課が管掌する解除物件各部の契約業務並に解除物件の物品会計業務等の各事務を統轄、指導、監督する職務」に従事していたものであると判示している。しかし、特別調達庁組織規程(昭和二五年四月一日特別調達庁訓令第二号)によれば、東京特別調達局管財部には、補給課、保管課、不動産調査課、不動産評価課、不動産契約課、機械直営課、芸能課及び解除物件処理課が置かれてあり(第五九条)第六〇条乃至第六七条に各課の所掌事務を規定し、第六九条には「東京特別調達局契約部及び経理部に副長各一人を置く、副長は部長を補佐し部務を整理する」と規定する。これによると、東京局の契約部と経理部とには、おのおの部長と副長がおかれてあるけれども、管財部には部長も副長もおかれていないのである。従つて東京局の管財部長というのは、法令に基く職制ではなく、法令に基かない任意の地位である。尤も特調設置法第五条は特別調達庁に財務部、契約部、技術監督部、労務管財部の四部をおき、第六条第八号で右四部におのおの部長と次長をおくと規定してあるが、特別調達局の職制については何等規定していない。そして右設置法に規定する特別調達庁の部と設置法に規定する特別調達局の部とはその種類と数とが異つているから右設置法第六条の規定は特別調達局の部にまで及んでいるとは到底解せられない。
二、原判決は東京局の管財部長は、同管財部に属する各課の事務を「統轄、指導、監督する職務」に従事していたものである。と判示するけれども、右特調組織規程には、(一)部長の職制をきめておらず、勿論(二)部長の職務権限について何等規定するところがないのである。これを他の国家機関の職務規程と比較するのに、例えば地方建設局処務規程第七条には「部長は局長の命を受け、部所属の職員を指揮監督し、部の事務を掌理する」とある。かような規定は特調東京局管財部長については存在しない。また特調組織規程以外に東京局管財部長の地位や職務を定めた訓令も内規も存在しない。従つて東京局管財部部長は法令により公務に従事する官吏ではないのである。ただ地方調達不動産審議会令第三条第二項に「特別調達局管財部長は、副会長として会長を補佐し、会長に事故があり又は会長が欠けたときは、その職務を代理する」とあり、これが「管財部長」に関する唯一の規定である。しかし組織規程の内に管財部長をおくことになつていないのであるから右審議会令第三条第二項の規定は実行できない無効のものである。
三、つぎに花形弘三郎は、昭和二十五年以降は管財部長として借上契約に署名捺印しておるので、慣例により管財部長の権限を取得したものと解する余地があるように見える。財政法第三十四条第一項によれば、「各省各庁の長は、第三十一条第一項の規定により配賦された予算に基いて政令の定めるところにより国の支出の原因となる契約その他の行為に因る所要額については、各省各庁ごとに、支出の所要額については支出担当事務職員ごとに、これを定め支出担当行為又は支出の計画に関する書類を作製してこれを大蔵大臣に送付しその承認を経なければならない」と規定されており、花形はこの規定に基く書類を作製して、大蔵大臣に送付していたのである。ところが会計法第十三条の二第一項によれば「各省各庁の長又は前条の規定により支出負担行為について、その委任を受けた官吏は、政令の定めるところにより各省各庁の長の指定する官吏の認証を受けた後でなければ、支出負担行為をしてはならない」と規定せられ、特調東京局の官吏が支出負担行為をする場合には、特調庁長官の委任を受けてするのである。この委任を受ける者は、管財部長に限つた訳ではないから支出負担行為をするのは管財部長の権限ではないのである。従つて花形が借上契約に署名捺印していても、それは管財部長としてではなく、支出担当事務職員として行つていたものであり、これが為めに管財部長の職務権限が慣例によつて生ずることはない。
四、以上の如く、特調東京局には法令上管財部長はおかれておらず、従つて管財部長の職務なるものはあり得ないのにかかわらず、原判決は冒頭に摘記するように、花形弘三郎は管財部長として同部に属する各課の事務を統轄、指導、監督する職務に従事していた旨判示したのは、法令の適用を誤つたものであり、右誤は本件犯罪の成否に影響することが明かであり、原判決は到底破毀を免れないものと信ずる。
(その他の控訴趣意は省略する。)