東京高等裁判所 昭和30年(う)722号 判決
被告人 三角喜平
〔抄 録〕
原判決が本件公訴事実について被告人を無罪とした理由は、本件の現場は浦和市内商店街の中心目抜き通りで道路の幅員が余りに狭隘であり、人車の往来が非常に頻繁で雑沓を極めていたこと及び被害者は軽自動車を時速二十二、三粁の速度で運転進行し現場に差蒐つた際、見透しの支障あることに気付いたのに拘らず、何等の応急措置を講ぜず雑沓の現場を漫然通過せんとしたこと並びに本件事故発生当時の状況を綜合して考えて見ると、本件の場合において被告人に罪責を負わしめることは無理で証拠十分でないというに在る。よつて原判決の事実認定の当否について訴訟記録を調査し、当審における事実取調の結果を参酌すれば、被告人は軽自動車の運転業務に従事しているものであるが、昭和二十九年五月十一日午后四時四十五分頃、軽自動車を運転して浦和市仲町二丁目四番地先旧仲仙道を、時速約二十粁の速度で大宮方面より東京方面に向つて進行中、前方左側に小型自動車が駐車しておりその傍を歩行者が多く通行していて、そのまま道路の左側を進行することは困難であることを認めながら、何時でも停車し得るような徐行又は一時停車等の措置を講じないで、速度を稍低減しただけでハンドルを右に切つて斜に進行を始め、その前方約十五米の地点の道路の中央より稍左側(東京方面に向つて右側)を大宮方面に向つて軽自動車(ラビット)を運転して進行してくる黒沢雍弘を認めながら、そのままハンドルを右に切つて道路の中央より右側に出たため、右黒沢の運転してきた軽自動車と衝突し、因て同人の左下腹部打撲傷等により全治二週間を要する傷害を負わせた事実を認めることができる。よつて右黒沢の負傷が被告人の業務上の注意義務懈怠に基くものなりや否やについて按ずるに、右衝突の現場は浦和市内目抜きの商店街であり、幅員約十米の歩車道の区別のない道路で当時人車の往来が頻繁であつたことは記録上明らかであるから、自動車運転者たる者は交通規則を厳守し、前方から通行してくる歩行者の通行を妨げない範囲内で、できる限り道路の左側を通行し、斜めに道路を横断してはならないのであつて、若し左側に停車中の自動車があり又は通行人があつてそのまま左側を通行することができないような場合には、何時でも停車し得るよう速度を低減して徐行し又は一時停車する等適宜の措置をとり、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず、被告人は前段認定の如く軽自動車を運転して進行中、道路の前方左側に小型自動車が駐車しており且つその傍を歩行者が多く通行していて、そのまま左側を進行することは困難であることを認めながら、何時でも停車し得るような徐行又は一時停車等の措置を講ずることなく、幾分速度を低減しただけでハンドルを右に切つて斜めに進行を始め、前方約十五米の地点道路の中央より稍左側(東京方面に向つて右側)を大宮方面に向つて軽自動車(ラビット)を運転して進行してくる黒沢雍弘を認めながら、そのままハンドルを右に切つて進行し、道路中央より右側に出たため右道路の左側を進行してきた黒沢運転の軽自動車と衝突したのであるから、被告人の所為は自動車運転者としての前記業務上の注意義務に違反したものというべく、従つて右黒沢に与えた傷害に対し業務上過失傷害の罪責を免れることはできない。然るにこれを証拠十分でないとして被告人に無罪の言渡をした原判決は事実の認定を誤つたものであり、その誤が判決に影響を及ぼすこと勿論であるから論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により更に次のように判決する。