東京高等裁判所 昭和30年(ウ)560号 決定
申請人(被告) 長坂延志
被申請人(原告) 楳地正
〔抄 録〕
第一審において申請人主張のような判決言渡あり、これに対し被告たる申請人より適法な控訴の申立のあつたことは、記録に徴し明らかである。
ところで前記判決において仮執行の宣言を附せられているのは、同裁判所が民事訴訟法第五百四十八条に則り、さきになした強制執行停止決定を認可した部分に限られている。そして同条第三項によれば、右裁判に対しては不服を申立てることはできない。と明定され、右裁判とは同条第一、二項の裁判を指称することは、昭和十年十月一日言渡の大審院判決(民集第十四巻一七三二頁参照)の示すとおりである。よつて前記判決に対し控訴の申立あるも、この部分(強制執行停止決定の認可並びにこの部分に限る仮執行の宣言)については上訴の対象となり得ず、従つてこの場合民事訴訟法第五百十二条の規定を適用して前記仮執行を停止する余地はないものといわねばならない。
尤もこの解釈は聊か形式論に過ぎるので、前記判決の如く強制執行停止決定認可の裁判に仮執行の宣言を附した判決を以て、民事訴訟法第五百五十条第一号にあたるとして既になした執行処分をも取消している現在の実務上の取扱に鑑み、執行債権者の保護を顧慮しない議論であるという非難もあり得るであろう。(かかる仮執行宣言附判決を以て民事訴訟法第五百五十条第一号にあたる書面と解すべきか同条第二号に該当する書面と解すべきかは、ここでは詳論を省く)そして民事訴訟法第五百四十八条による強制執行停止決定の認可の裁判は、本案判決に対応しこれに従属する性質を有することから、右第五百四十八条の裁判それ自身が控訴審の審理の対象とならないとしても、本案裁判の内容如何により影響を受け、本案に対し上訴をなした場合に、上訴審が本案判決と共にこの裁判を変更し得るとする説を採ると、前示見解と異なり、民事訴訟法第五百十二条により第五百四十八条の裁判の執行を停止することができると解する余地が生ずる。仮りにこの説に一歩を譲り、仮執行の停止をした場合は如何。元来民事訴訟法第五百四十七条による強制執行停止決定は、本案判決をなすに至るまでの効力を有しているに止るのであるから、本案判決をなすに当り判決確定までなお停止を持続せしめる必要ある場合に、第五百四十八条によりさきになした強制執行停止決定を認可する裁判をなすと共に、職権を以てこれに仮執行の宣言を附することとしたのである。従つて若し右第五百四十八条による裁判の仮執行が、敗訴者たる被告(執行債権者)の上訴提起により停止されることができるとなると、前になされた停止決定は、本案判決の言渡とともに既に効力を失つているのであるから、強制執行は障碍なく続行し得ることとなり、勝訴者たる原告は却つて第二審において更めて第五百四十七条により停止決定を得なければならない奇異の結果となるであろう。この場合前記実際の取扱例に見る如く第五百四十八条による強制執行停止決定認可の裁判に仮執行の宣言を附した判決が、第五百五十条第一号の「強制執行ノ停止ヲ命ジタル旨ヲ記載シタル執行カアル裁判」に該当すると解しても、『この仮執行を停止することによりその裁判は第一号に該当するものと解し得られず、第五百四十七条の強制執行の一時の停止を命じた裁判と、それを認可した第五百四十八条の裁判とが相俟つて、第五百五十条第二号の「執行又ハ執行処分ノ一時ノ停止ヲ命ジタル裁判」となり、既になした執行処分は保持せられるに止り強制執行は続行されるのではない。』と説明する者もあり、現に実際の取扱例は、第五百十二条により停止決定を得た場合に強制執行を続行せしめることなく、停止の状態をそのまま持続せしめているとのことであるが、その理論的根拠は首肯し難い。
要するに民事訴訟法第五百四十八条の終局判決中の裁判(さきになした強制執行停止決定を認可し、これに仮執行の宣言を附した裁判)は、判決確定までの仮の処分を命ずるもので、執行不許の終局判決自体に仮執行の宣言の附せられた場合と異なるから、これをもなお執行の一時の停止を命じた裁判(同法第五百五十条第二号)なりと解するときは、執行機関としてはかかる裁判正本の提出あるも、従前の停止の状態を保持せしめるに止まり、既になした執行処分の取消(差押の解放)までなすべきでない。従つて叙上上訴提起による執行停止の問題も起らない筈であるし、またかかる見解に立つことによつて、前示当裁判所の判断も何等不都合を生じない。ところが反対にかかる裁判を前記第五百五十条第一号に該当するとし、既になされた執行処分をも取消すべきことを前提とするときは、上訴提起中の敗訴の執行債権者に、右執行解放の不利益を免れしめるためには、上訴提起による執行の停止決定を得せしめ、これによつて差押の解放を阻止し得るものと解する外に途なきことから、前示肯定説を理論づけようとするにあると思われるが、前説示のような理由によりこの見解には俄かに左袒し難い。そして若し強制執行停止決定認可の裁判に仮執行の宣言を附した第一審判決を以て、前記第五百五十条第一号にあたるとし、これにより執行処分の取消がなされた場合と雖も、請求異議の訴については勿論、第三者異議の訴でも上訴審において本案につき、審理判断を受くべき法律上の利益はなお存するものと解し得るから、かかる差押の解放は敗訴の執行債権者に不利益を生ずることは免れないが、さりとて全然上訴の利益を奪うことにはならないのである。