東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1574号 判決 1955年12月27日
控訴人 古川浩
被控訴人 株式会社後楽園スタジアム
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取り消す。被控訴会社の昭和二十九年七月十日の株主総会においてなされた第一号議案「資本増加のため定款の一部変更の件、定款第五条中『一六〇〇万株』とあるを『一六五〇万株』と改める。」第三号議案「資本増加による新株式発行の件、(1) 発行新株式数記名式額面普通株式(一株の額面五十円)一、一〇〇万株、(2) 資本増加額五五、〇〇〇万円、株式払込による資本増加額三三、〇〇〇万円、再評価積立金の内資本組入額二二、〇〇〇万円」、第四号議案「定款の一部変更の件、本議案の決議は再評価積立金の一部資本組入並びにこれに伴う新株式発行と同時に効力を生ずるものとす。定款第五条中『一六五〇万株』を『六〇〇〇万株』に改める」との決議はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求める旨の控訴状を提出しながら昭和三十年十月四日午前十時の本件口頭弁論期日に出頭しないので、当裁判所は該控訴状を陳述したものとみなし、出頭した被控訴代理人に弁論を命じ、同代理人は控訴棄却の判決を求めた。被控訴人の陳述した原審口頭弁論の結果によると、当事者双方の事実上並びに法律上の主張は、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(但し後述の如き主張の撤回及び補正がある)。被控訴人は、新に、次に記載する如き法律上の主張をなし、また、当裁判所が陳述したるものとみなした控訴人の準備書面によると、後に記載するような従来の主張の撤回並びに新な主張が記載されている。
控訴人の新な主張。昭和二十九年七月十日の総会における株主の新株引受権に関する決議に対する控訴人の主張は放棄する。(一)第一号議案についての主張。商法第三百四十七条第二項において『会社が発行する株式の総数は発行済株式総数の四倍を超えてこれを増加することを得ず』というのは、只、単に、株式総数の増加限度だけを定めたものではなく、同時に会社が発行する株式総数を増加するには発行済株式の総数そのものを増加すべきであることを規定したのである。即ち「会社が発行する株式の総数」とは発行済株式総数と発行を予定せる未発行株を併せ称するのである。会社が発行する株式の総数を増加するという場合においては、会社が発行する株式の総数のうち既に発行された所謂発行済株式以上に会社が発行する株式、即ち、これから発行する株式、発行することを予定する株式、即ち、未発行株を発行済株式総数以上に予定しようというのであるから、現在なお未発行株が発行されずに残つているとか、その残つている未発行株の総数を増加しようなどいうことは原則的には考えられないのである。会社が発行する株式の総数の増加にはその増加の限度が規定されているから、更にこれを増加しようという時には増加の限度ぎりぎりまで発行され、未発行株なきに至つて更に増加の必要の生じたものであろうというのが常識であつて、未発行株式の幾何が残存せる時に更に増加の必要ある場合は異例である。会社が発行する株式総数の増加は旧商法の下における資本の増加に該当するのであつて、未払込株金は取締役において随時任意に徴収することを得たることと現行法で発行予定の授権株式の発行を取締役会の決議を以つてすることが許されたるとその軌を一にするものであつて、株金の全額払込を完了して未払込金なきに至らざれば資本の増加が許されなかつたことは、会社の発行する株式総数のうち未発行株なきに至り全部が発行済株式となつた上でなければ、会社の発行する株式総数の増加が許されないことが原則的のものであることに通じるものであつて、然しながら未払込株式を有する会社が強いて資本増加を行わんとする如き異例の場合においては、特に未払込株式の併合を行うて全部の株式を払込済としてここに始めて増資の目的を達することを得る等の異例には異例の手段があるものである。要するに、本件第一の決議は、株主の新株引受権に関する商法第三百四十七条第二項の削除にかかわらず、会社の発行する株式の総数一六〇〇万株と定めた定款を一六五〇万株と改めた旨の決議をしながらこの定款変更の決議を以つて、単に五〇万株だけ会社の発行する株式の総数を増加したものであるという本決議は定款第五条の「一六〇〇万株」の規定を「一六五〇万株」と改めることによつて一六〇〇万株の規定は改廃されて失効して、未発行株の発行権を失うから、本件第一決議が被控訴会社の主張する決議とすれば、違法であり、無効たらざるを得ないのである。(二)第三号議案についての主張。右議案に対する決議が無効であることの主張は原審において主張するところと同一であつて、会社が発行する株式の総数を一六〇〇万株から一六五〇万株に増加する第一議案の決議が無効である以上、発行済株式の総数が五五〇〇万株である被控訴人が第三議案の決議によつて新株一一〇〇万株を発行するときは、被控訴人が発行する株式の総数を超えて株式を発行することになり法律上許されないものである。(三)第四号議案に対する主張。株主総会の決議は、商法第二百三十条の二において総会は本法又は定款に定めた事項に限り決議をなすことを得と規定し本件の如き会社の発行する株式の総数の増加について条件を附して効力の発生を決議することは我商法の規定しないところであり、被控訴会社の定款も、また、このことを規定していないから、法律上別段に禁止する事項でなくとも本条に照して違法の決議である。然るに、被控訴会社は第三決議において、株式総数千六百五十万株を六千万株に増加する決議をしたのであるが、この決議のときに千六百五十万株が発行済株式でなく、その内五百五十万株だけが発行済株式であつたのであるから、その四倍二千二百万株以上には増加することができなかつたので、これ以上に資本を増加する決議をすることは違法であるのみならず、この決議と同時に「但し、この決議は九月二十四日千六百五十万株が全部発行済株式となつた時に効力を生ずると条件的附帯決議をしているが、このような附帯決議をしたからといつて、前記の無効の決議が有効となるものではない。
被控訴人の新な主張。昭和二十九年七月十日の臨時総会で決議した第一号議案、「資本増加のため定款の一部変更の件、定款第五条中『一千六百万株』とあるを『一千六百五十万株』と改める決議、第三号議案、資本増加による新株発行の件(再評価積立金の資本組入と払込金徴収とを併せ行う新株の発行である)については商法の一部が改正された今日においては何等の疑義もない。
控訴人は、会社が発行する株式総数を増加するには、発行済株式の総数そのものを増加すべきであると主張するのは、会社が発行する株式総数を発行済とした上でなければ発行する株式の増加は出来ないという趣旨と思われるが、商法第三百四十七条第一項には「会社が発行する株式の総数は発行済株式の総数の四倍も超えて之を増加することを得ず」と規定しているのみで、控訴人主張の如き趣旨の見るべき記載はない。本件においては、発行する株式の総数一千六百万株を一千六百五十万株に増加するのであつて、当時の発行済株式総数は五百五十万株であるから、その四倍の二千二百万株迄増加し得るのである、然し、この決議では一千六百五十万株に止めたのである。また、控訴人が無効を主張する第四号議案定款の一部変更の件『本議案の決議は、再評価積立金の一部資本組入並びにこれに伴う新株式発行と同時に効力を生ずるものとする』、(一)定款第五条中『一千六百五十万株』を『六千万株』に改めるとの決議は再評価積立金の一部資本組入並びにこれに伴う新株式発行(昭和二十九年九月二十四日)と同時に効力を発生するものとしたものであつて、かくの如く株主総会の決議が条件附又は期限附でなされうることは学説判例の一致するところである。控訴人は商法第二百三十条の二の規定を以て決議に条件又は期限を附することは違法であると主張するけれども、商法第二百三十条の二の規定は総会は本法又は定款に定むる事項に限り決議をなすことを得と規定しているのみであつて、条件附又は期限附決議を禁止したと解すべき何等の根拠もないのである。却つて、本件決議は商法上総会の決議を要する事項を決議したもので何等違法の点はない。その他控訴人は発行済株式の四倍を超える決議をしたとか、株式会社の本質に反するなどと主張するが、本件決議は発行済株式の総数が一千六百五十万株となつた後にその四倍を超えない範囲内である六千万株に増加する効力を生ずるのであつて、何等違法の点はなく、又株式会社の本質上においても条件附又は期限附決議を無効と解すべき理由は全然ないのである、以上いづれの点からするも、控訴人の本訴は理由がないものである。
<立証省略>
理由
一、控訴人が被控訴人の株主であること、被控訴人が昭和二十九年七月十日午前十時本店において臨時株主総会を開き、同総会において控訴人主張の如き決議をしたこと、右総会の当時被控訴人の発行済株式の総数は五五〇万株、会社が発行する株式の総数は一六〇〇万株であつたことはいずれも当事者間に争いがない。
二、第一号議案(原判決にいう第一決議)に対する判断。商法第二百八十条の二によると「会社成立後株式を発行する場合においては定款に別段の定めがないときは取締役会が之を決するものとす」とあるのは、会社の定款において、会社が発行する株式の総数、授権資本の枠を定め、その範囲内において取締役会は経済事情の状勢に応じて適宜新株を発行し機動的に会社資本を調達することを得せしめたものであるから、取締役会にこの機能を充分に発揮せしめるには、未発行の株式がなお残つており従来の資本額に相当する株式の全部が払込済となつていない場合においても、更に会社が発行する株式総数の枠を拡大しておく必要のある場合があるわけである。従つて、従来の株式が全部払込済となつた場合でなければ株主総会は資本増加の決議ができないものというのは右法条を正しく理解しない所論といわなければならない。控訴人が主張するところは、要するに右と異る見地に立つて商法第三百四十七条第一項の規定を云為して右決議の効力を否定せんとする所論であつて、当裁判所は採用しないところである。
三、第三号議案(原判決にいう第二決議)に対する判断。前段説明のように第一議案に関する決議の効力を否定すべき事由がなく、これを有効と認むべきものである以上、これに伴い資本の増加するのは当然であるから、資本増加額を五五〇〇〇万円に増加し、その内株金払込による資本増加額を三三〇〇〇万円再評価積立金の内資本組入額を二二〇〇〇万円とする決議の有効であることは勿論である。
四、第四号議案(原判決にいう第三決議)に対する判断。控訴人は、被控訴人が本件第三決議により本件総会当時の発行済株式の総数五五〇万株の四倍を超えて一挙に被控訴人が発行する株式の総数を六〇〇〇万株に増加したのは商法第三百四十七条第一項に違反して違法であると主張する。然しながら、本件決議自体の内容から明なように、被控訴人が発行する株式の総数の増加は、本件決議の日にただちに効力を生ずるものではなく、被控訴人のなした再評価積立金の一部資本組入の効力発生及び第二決議による新株一一〇〇万株の発行により発行済株式の総数が一六五〇万株となつた後その四倍をこえない範囲内である六〇〇〇万株に増加する効力を生ずる趣旨であつて、株主総会の決議の効力を右の如き条件にかからせることは法律上禁止したものではない(大審院大正二年六月二十八日判決)から、これを以つて違法であるということはできない。
五、然らば、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浜田潔夫 仁井田秀穂 伊藤顕信)