大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1612号 判決

控訴人が解約の申入をなした昭和二十七年四月二日当時これをなす正当の事由があつたか否かを考えるに、原審および当審における控訴本人(原審におけるものは第一、二回)の各陳述を綜合すれば、控訴人はもと東京都台東区浅草向柳原一丁目十七番地に居住し、メリヤス小売業をしていたが、昭和二十年三月九、十日の空襲により罹災したため埼玉県北葛飾郡堤郷村に疎開し他家の二階二間を借り受け、妻、長男、母親の三人の家族とともに生活していた。ところが家主より立退を迫られ、かつ長男の勤務先である東京都足立区役所梅島出張所への通勤にも一時間三十分を要し不便である関係上右疎開先を引き揚げ本件家屋に居住し、もとのメリヤス小売商を営まうと計画している事実を認めうるけれども、控訴人が右疎開先の家屋を立ち退かなければならぬ義務あることを肯認せしめるに足る証拠がないのみならず、当審証人杉田四郎の証言に控訴人の前記各陳述を綜合するときは、控訴人は本件家屋附近に家作数軒および土地八十二、三坪を有し、これを他に賃貸し、当時一カ月合計金一万二千円の賃料の収入があり、これに長男の月給金六千円を加えるときは毎月金一万八千円の総収入があること明らかであつて、この収入ではさまで裕福な生活をなし難いこと勿論であるけれども、これを前に認定した被控訴人山木の生活、財産状態に比較するときは雲泥の相違があるのみならず、控訴人の右資産、資力を以てするときは快適な住家を求めることは難しいにしても雨露を凌ぐに足る住家を獲得することは必ずしも難しいことではない。これに反し控訴人山木は前に認定したとおり何等の資産なく生活保護法の適用を受け一カ月僅かに金二千四百円の支給を受け漸く口を糊しているにすぎず、これを本件家屋より退去せしめるときはたちまちその住居にこまり、また控訴人矢崎一家もこれに随伴するとは限らないから、不具である控訴人山木はその起居にも事欠き、従来控訴人矢崎より受けていた僅少の補助も受け得られず全く路頭に迷うこと明らかである。かかる事情の下にこれをして本件家屋を退去明渡せしめることは事公正を欠き不当といわねばならぬ。本件解約の申入は正当の事由を欠き無効である。

(渡辺葆 牧野 野本)

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