大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1724号 判決

本件手形が振り出されてから被控訴人の手に帰するまでの経過について検討するに、証拠を綜合すれば次のような事実が認められる。

被控訴人は、東光物産株式会社(代表取締役服部恭平)に対し売掛代金百数十万円の債権をもつていたが、右服部は北海道小樽市に行つていたので、被控訴人の知合である鈴木貞一に右債権の取立を依頼し、鈴木はその依頼に基いて小樽市に赴いた。たまたま当時東光物産は被控訴人からの買受品を含め手持品を第三紙業に売却し、同会社に対しその代金一二三万円の債権をもつており、それを手形で支払を受けることになつたが、右鈴木の忠告を受けた代表取締役服部はこれに従い特に固い手形の要求をしたので、第三紙業は自ら振り出し保証の趣旨で信用ある控訴会社の北海道出張所長名義の白地裏書を得た本件手形を、鈴木立会の上東光物産の代表取締役服部に交付した。右服部が右の如く手形を入手するまでの経過において債権取立に来た鈴木の事実上の影響下にあつたこと、又手形入手の上はこれを被控訴人に対する債務支払のため鈴木に交付するというのが当初の予定であつたことは否むべくもないが、さりとて本件手形を取得したのはあくまで右代表取締役服部恭平であつた。

ところで被控訴人のため、その東光物産に対する債権取立に赴いた鈴木は、右服部から同会社がその本店所在地方面に多数の債権者を擁し、負債に苦しんでいる実情をきき、次第に同人に同情するようになり、服部が前記の如く手形を入手した頃には、その社運挽回の希望をかなえさせてやる気持が強くなつていた。かかる折柄服部は手形を入手するや、鈴木に対しこれを有効に使つて商品の買付をなし、その売却による利益をもつて債務の弁済に充て、徐々に再興の機を得たいと協力を懇願したので、鈴木もこれを諒とし右手形を割引いて東光物産のため繊維製品を買い付けてやることを約し、その趣旨で本件手形を預つて名古屋市に持ち帰つた。そして帰来後間もなく鈴木は被控訴人に対し右の事情を伝えて諒解を求めたのであるが、被控訴人は敢て責問するでもなく事実上納得した形となり、その頃鈴木は被控訴人に右手形の割引の依頼までしたが被控訴人はこれを断るという実状にあつた。一方鈴木は本件手形割引のため奔走したが意の如くならぬまま経過するうち、前記服部らは鈴木が手形を詐取したものと思うようになり、北海道新聞に振出人たる第三紙業の名で本件手形の無効公告をしたところ、間もなくこの公告の事実を知つた鈴木は買付の委託は解除されたものと考え、又手形も公告によつて無効になつたものと思い込んだ。そして被控訴人から鈴木に対し右手形をくれとの要求があつたのを機に交換的に給付の要求をしたところ、被控訴人はこれに応じて鈴木に金額一五万円の約束手形を振り出してくれたので、鈴木はこれと引換に既に死物化したものと思い込んでいた本件手形を被控訴人に渡してやつたのである。すなわち、被控訴人は鈴木の手許にあつた本件手形は東光物産が正当に所持したのを、同会社のため買付をするために鈴木が預つていたもので、鈴木にはその任意譲渡の権限など毛頭ないという事実を既に早くから十分知つていたのに敢てこれを役立てる意思で鈴木から手に入れたのである。

以上のように認定されるのであつて、他に右認定を左右すべき適確な資料は存しない。もつとも、被控訴人が本件手形を入手するに当り、引換に鈴木に一五万円の約束手形を振出、交付したことは、被控訴人が鈴木に譲渡権限なきこと、そうした本件手形の性格を知つてこれを鈴木から入手したとなす前記認定と矛盾するかの如くである。しかし、ここで実際取引上重要なのは、被控訴人が鈴木に譲渡の権限なきことを知つていたこと自体なのではなく、将来請求をする際に、被控訴人が右事実を知つていたことが明るみに出るか否かということにあることを考えれば、その点についての見込によつて被控訴人が若干の給付をして本件手形を取得したとしても何ら異とするにはあたらないことであり、特に本件においては、被控訴人としては鈴木に前記手形を振出、交付したのは、現実に本件手形の手形金取立ができた場合にはじめてその支払をする意図であつたこと、これがため鈴木の延期同意文まで取つてあることが明瞭であつて、そこに本件手形についての被控訴人の危惧の念があらわれているというべきであるから、この点からいつても前記一五万円の手形振出の事実は直ちに以て前記認定の被控訴人の悪意取得の事実を動かす資料とはなし難い。

これを要するに被控訴人は本件手形の正当な所持人ではないのであるから、右手形につき控訴人に対し裏書人としての責任を問う被控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであるのに、被控訴人の請求を認容した原判決は失当であるとしてこれを取り消した。

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