東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1801号 判決
控訴人が昭和二十九年二月三日金額五十万円の約束手形を受取人欄を白地として振り出したことは当事者間に争いがない。
ところで本件約束手形の成立事情については、証拠を綜合すると次の事実が認められる。すなわち、被控訴人の販売代理店である帝国オート株式会社は訴外佐藤健雄にスクター三台を売り渡したところ、同人はその代金支払のため右約束手形を受取人欄空白のまま同会社に交付したが、同会社は被控訴会社からスクーターを買い入れた代金債務があつたのでその支払のために本件約束手形を被控訴人に交付した。そのとき本件約束手形はその受取人欄は白地であつたのであるが、被控訴人の販売代理店がスクーター買入代金支払のために被控訴人に交付する約束手形には代理店が裏書をすることになつていたので、帝国オート株式会社も本件手形の裏書欄に署名捺印して被控訴人に交付したのであるが、被控訴会社の社員が誤つて本件手形の受取人欄に被控訴会社の社名と社印を捺し、帝国オート株式会社の右裏書を抹消して了つたので、帝国オート株式会社では被控訴人の依頼によつて、受取人欄の被控訴会社の社名を抹消し、改めて受取人欄に帝国オート株式会社の社名と代表者の氏名印と社印及び代表者の印章を捺すと共に、裏書人欄の第一裏書欄に再び帝国オート株式会社の裏書をして前記の不当に抹消された裏書を復活したものである、と以上のとおり認められる。
ところで、受取人欄を白地のまま約束手形を振り出した者はその補充権を手形所持人に与えたものと認むべきであるから、右手形の所持人となつた帝国オート株式会社が本件手形の受取人欄に同会社の社名を記入した上、被控訴人に裏書譲渡することにより、被控訴人は本件約束手形の正当な所持人となつたものといわなければならない。前記の如き受取人欄、裏書欄の抹消は誤記を訂正したものであるから、控訴人は右裏書は裏書の連続を欠くものと主張するけれども本件手形の効力には何ら影響は認められない。
次に控訴人は、本件約束手形の裏書は偽造にかかるものであつて、被控訴人はこの事実を知つて本件手形を取得したものであると主張するけれども、叙上説示のとおり本件約束手形の裏書は特段の事情が認められないかぎり、本件手形の正当な所持人と認むべき帝国オート株式会社が被控訴人に対する売掛代金債務の支払のために裏書譲渡したものであるから、控訴人の主張は採用できない。
更に控訴人は、本件約束手形は控訴人が金融のために振り出したものであるが、控訴人は未だ割引金を受け取つていないのであつて、被控訴人はこの事実を知つて本件約束手形を受け取つたものであると主張するので、この点について考えるのに証拠を綜合すると、控訴会社の代表者大久保貞は訴外戸田豊の依頼により金融の目的で本件約束手形を振り出し、戸田豊に交付したところ、同人はこれを訴外高橋晴与に割引を依頼して交付したのであるが、同人は割引金を戸田豊に交付しないでこれを訴外佐藤健雄に交付して了つたことが認められる。従つて、控訴会社は本件約束手形振出について何ら対価を得ていないことが認められるけれども、被控訴人がこの事情を知りながら本件約束手形を取得したものであることはこれを明認するに足る証拠はなく、却つて当審証人の証言によれば、帝国オート株式会社の代表取締役田中武夫は本件約束手形を佐藤健雄から受け取るや直ちに控訴会社に対して右手形の確認を求めたところ、控訴会社の社員福本は控訴会社の代表者大久保貞の指示によつて確認書を作成して帝国オート株式会社に交付したので、同会社が本件手形を被控訴人に裏書譲渡した際その趣旨を伝えて、本件手形は間違ないことを告げて裏書譲渡したものであることが認められるから、被控訴人は本件手形の善意の取得者であるといわなければならない。
然らば控訴人は被控訴人に対して本件手形金並びにこれに対する支払済までの年六分の割合による損害金を支払うべき義務があるから、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であるとして、本件控訴はこれを棄却した。