東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2110号 判決
控訴人は本件賃貸借につき昭和二十六年五月三十一日に合意解除の合意が成立し、被控訴人野原謙造は同年十一月限り本件建物を明け渡す旨の約定が成立した、と主張するので按ずるに、原審並びに当審証人須田藤松の証言並びに同証言により真正に成立したと認める甲第一、第二号証(但し同号証の被控訴人野原謙造の署名及びその印影の成立については当事者間に争がない。)を綜合すれば、控訴人代理人須田藤松は、昭和二十五年十月初当時食料品ブローカーをしていた被控訴人野原謙造から本件店舗をブローカーの連絡場所として短期間でよいから貸して貰いたいとの申込を受け、賃貸期間を同月八日から翌昭和二十六年五月末日までと定めて賃貸し、同月八日被控訴人野原謙造から「請書」と題し「私儀北区田端町一八六九番地所在貴殿所有平家建四坪一棟ヲ商店用トシテ借用致シマシタガ昭和二十六年五月末日限リ一先ヅ明渡ス事ヲ確約致シマス」と記載した控訴人あての書面(甲第一号証)を差し入れしめたこと、控訴人代理人須田藤松は、昭和二十六年五月被控訴人野原謙造に対し本件建物の明渡を請求したところ、同人はさらに半年期限を延期して貰いたいというので、これを承諾し、同人から昭和二十六年五月三十一日「別紙請書約束通リ明渡スベキ所来ル十一月三十日迄延期致シ下サレ度候也」と記載した控訴人あての書面(甲第二号証)を差し入れしめ、引き続き本件建物を使用せしめたことを認めることができる。尤とも、右甲第一、二号証の本文は被控訴人野原謙造の自署でなく、須田藤松が同被控訴人の求めにより代書したものであることは、前記須田証人の証言により明らかであるけれども、右事実は毫も前記認定をなす妨げとなるものでなく、右認定に反する原審における被控訴人野原謙造本人尋問の結果は信用しない。以上認定の事実関係を見るに、当初本件賃貸借につき定められた期間は七月余りであるから、借家法第三条の二によつて、期間の定のない賃貸借とみなさるべきものであるが、昭和二十六年五月三十一日に控訴人と被控訴人野原謙造との間に成立した同年十一月三十日限り本件建物を明け渡すべき合意は他に特段の事由のない限り賃貸借の合意解除と認定して差し支えなく、その効力は前記期間の定のない賃貸借とみなされることによつて何ら影響を受けるものでない。それ故、本件賃貸借は右合意解除によつて終了したと認めるのが相当であり、従つて被控訴人野原謙造は、原状回復義務の履行として控訴人に対し本件店舗を明け渡すべき義務がある。
次に、控訴人の被控訴会社に対する明渡請求につき按ずるに、成立に争のない甲第三号証、当審証人穂積正巳の証言、原審における被告(被控訴人)野原謙造本人尋問の結果を綜合すれば、被控訴会社は、昭和二十八年一月二十八日設立登記を経由して成立した合資会社で、本件建物の所在地にその支店をおく登記がなされており、現在穂積正巳は、被控訴人野原謙造から本件建物を借り受け、「西宮商店」なる看板を掲げて酒類販売業を営んでおり、被控訴人野原謙造は、同時に被控訴会社の代表者であり、本件店舗に掲げてある看板である「西宮商店」が被控訴会社の商号であることが認められ、このような事実関係の下にあつては、被控訴会社は、なお本件建物に対して間接的な占有、すなわち民法第百八十一条にいわゆる占有代理人による占有を有しているものというを妨げないものというべきであり、被控訴会社が実質上被控訴人野原の個人会社であるからといつて、被控訴会社の占有が全くないということはできない。しかして被控訴会社の占有が被控訴人野原の占有権原に基くものであることは、弁論の全趣旨によつて明らかであるけれども、被控訴人野原が現在本件建物に対する賃借権を有しないことは前段認定のとおりであるから、被控訴会社は、所有権に基く控訴人の本件建物明渡請求を拒み得ないものというべきである。よつて被控訴会社は、控訴人に対し本件建物を明け渡すべき義務がある。
(大江 内海 猪俣)