東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2205号 判決
しかしながら、仮に被控訴人が今村久義の聞知した事実を知つて本件手形を取得したとしても、控訴人は、「ケー・エス・ケー」が輸出物件を納入するための資金を調達するために本件手形を割り引くであろうことを知つて本件手形を「ケー・エス・ケー」に振り出し交付したことは、前段認定のとおりであつて、このことは控訴人社員坂東忠勝が本件手形割引の斡旋をしている事実からもうかがわれるのである。いつたい、いわゆる前渡金(乙第一号証には、「前払の意味において」と表現しているが、これが前渡金を意味することは、弁論の全趣旨により明らかである。)として交付される約束手形が、これを割り引いて資金を調達するために使用されることは、かかる趣旨の約束手形を振り出す者の当然予期するところであることは、控訴人もまたあえて争わないところであつて、このことは輸出物品の取引に関し振り出された前渡手形であるからといつて何ら変るところはない。控訴人はただ、「ケー・エス・ケー」に対し本件手形が輸出物品を控訴会社に納入した後に支払われる前渡手形であることを明らかにして割引を受けることを承諾したと主張するに止まるのである。しかし「ケー・エス・ケー」が、本件手形の割引を受けるにあたつて、控訴人の主張するとおりを今村久義ないしは被控訴人に伝えたと認められる証拠はない。かえつて原審並びに当審証人今村久義、山崎憲一の各証言によれば、「ケー・エス・ケー」社員山崎憲一は今村久義に「納期までには品物を必ず納める」と確言して本件手形の割引を求めたことが認められる。ただ被控訴人ないし今村久義が本件手形を取得したとき、本件手形振出の原因となつた輸出品納入の約束が履行されないであろうこと、又は輸出品納入契約自体が解除されることを予想していた場合には、控訴人は右物品の納入なきことを理由として本件手形金の支払を拒むことができるであろうが、本件にあらわれたすべての証拠によるも被控訴人らがかかる事態を予想していたと認めることはできない。およそ手形を振り出した者は、手形の受取人に対して信用を与えたのであるから、自己が与えた信用の上に立つて手形の受取人に現実に金員を供与した手形の被裏書人ないし所持人に対し手形債務の履行を拒否するためにはこれらの者が具体的かつ明確な抗弁事由の存在を知つて手形を取得したことを要するのである。これが手形法第十七条但書の趣旨であつて、本件でいえば、被控訴人は輸出品納入契約の不履行や契約自体の解除が将来発生する可能性があることを観念的に知つていただけでは足らず、これらのことが将来発生するであろうことを予想していた場合にはじめて、「債務者を害することを知つて手形を取得したる」者ということができるのである。(最高裁判所昭和二八年(オ)第一〇七八号、同三〇年一一月一八日第二小法廷判決参照。)
本件においては、前段認定のように、本件手形を被控訴人が取得した後輸出品納入契約が解除されたのであるけれども、被控訴人が本件手形を取得したときに、このようなことが起るであろうことを予想していたとは認められないのであるから、被控訴人は「債務者を害することを知つて手形を取得した」者にはあたらないものというべきである。
(大江 内海 猪俣)