大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2321号 判決

そこで次に被控訴人の表見代理の抗弁について考えてみるのに、前示甲第七ないし第九号証を綜合すれば、控訴人はハンドバックの職人であつて、終戦の翌年あたりから水野栄久男のところで働いていたが、水野が栄商事株式会社に行くこととなつた際同人と共に同会社で働くこととなつたもので、同会社においても小僧さん達にハンドバックの作り方を教えながらその製作をしていたものであり、右会社ではその従業員達に被控訴金庫小岩支店への月掛預金をさせており、控訴人もまたその預金をしていたものであるが、右預金のこと(ただ預金をすることだけ、これを引き出すこと等はまた別)は右会社の代表取締役であつた前記水野栄久男において、すべてこれを委されており、その預金者としての印は、従業員達が出勤簿用として会社においているものを水野が取りまとめて右支店に持参使用していたもので、従つて水野が本件二通の手形の裏書用のため使用した印と右預金者用の印とは同一のものであつたこと、また控訴人は右手形割引の頃、被控訴金庫小岩支店の支店長田名部重雄が右会社に来た際、同人に対し、「いろいろお世話になつております。」と挨拶した事実があるが、右は控訴人としては、本件手形のことを知らず、ただ水野にいわれるままに、会社で世話になつているものと考え、従業員としての挨拶をしたに止まるものであつて、その際田名部の方からも手形についての話は何等持ち出されたものでないことが認められる。

右事実関係から考えれば、前記の月掛預金をすることについては、水野に控訴人を代理すべき権限があつたことは明かであり、本件裏書は水野が右代理権を超越して行つたところというべきである。そして被控訴人が右裏書につき水野に代理権があると信じていたことは、右甲第七号証及び証人田名部重雄、篠田義夫の各原審証言に徴してこれを認めてよいかと考えられる。そこで問題は、被控訴人に右水野の代理権を信ずべき正当の事由があつたか否かであり、この点については、なるほど、本件裏書用の印と預金用の印とが同一であり、また控訴人が被控訴人の支店長に対し、「いろいろお世話になつております」程度の挨拶をした事実のあることは右認定の通りである。

しかし、金庫に預金をしてただその債権を取得するだけの行為と、手形に裏書をしてその手形上の債務を負担する行為とでは、その本人に及ぼす効果において、その間重大な差異がある。そして本件では、被控訴人は金融機関であり、控訴人は多少監督的地位にあつたとはいえ、一介の職人であつて、被控訴人への預金も、他の従業員と共に集団的にしていたもので、その預金についての代理権を水野に与えていたというのも、同人が会社の代表者として全従業員のものを取りまとめていた関係からにすぎない。このことは、前挙示の各証拠を総合してこれを認めるに足るのであり、被控訴人においても右事実を十分知つていたことは前示甲第七号証と本件口頭弁論の全趣旨とを総合してこれを認めることができる。右のような事情の下で、水野に預金についての代理権があり、またその使用印が同一であるからといつて、直ちに同人に、手形の裏書についても、代理権が与えられたものと信ずることは軽卒であつて、代理人との手形取引上の注意義務を怠るものというべきことは言をまたない。被控訴人もまた、右事実の上に、本件手形の割引当時被控訴人の支店長において控訴人に会い、挨拶を受けたことを加えて、被控訴人側の正当事由を主張するものである。しかし、右挨拶の際も、手形の裏書のことについては何等の話題も出たものでないこと前認定の通りであつて、右事情の下において、手形の裏書のことについては何等これを確かめることをせず、ただ、前記会社の従業員であり前認定のような立場にあつた控訴人から右認定程度の挨拶を受けたからといつて、これによつて手形取引上の代理人に、代理権があるか否かの注意義務を尽したものとは認めることはできないのであり、結局被控訴人には、控訴人の本件裏書につき、水野の代理権を信ずべき正当な事由があつたものとはこれを認めることができない。

(薄根 奥野 山下)

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