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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2334号 判決 1956年6月14日

控訴人 株式会社広屋商店

被控訴人 斎藤隆二

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。東京地方裁判所が同裁判所昭和二十九年(ヨ)第六、二四九号立入禁止仮処分申請事件につき同年七月二十九日なした仮処分決定を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、「(一)茅野和明が本件土地を新井復興土地区劃整理組合(以下単に組合という。)より譲り受けたことは、単にその使用収益権を取得したに過ぎないと、いう原判示に従うも、その使用収益権は、民法第百七十九条第二項により消滅し、茅野は、完全な所有権を有するにいたつたのであつて、その後同人は、昭和二十九年三月二十日本件土地を控訴人に代物弁済として譲渡し、同月三十日所有権移転登記を完了したのであるから、完全な所有権は、控訴人が取得したので、茅野は、本件土地につき無権利者となつた訳で、同人より梅谷泰夫、梅谷より被控訴人に本件土地の所有権を順次譲渡したとの被控訴人の主張事実は、無権利者よりの譲渡であるから、被控訴人が本件土地の所有権を取得すべき筈がない。また、(二)組合規約(乙第四号証)第五十二条により組合の費用に充当するため本件土地を茅野和明より提供させ、さらに組合替費地処分規程(乙第五号証)に基いて、これを茅野に売り渡したのも、みな本件土地の所有権移転を目的とするもので、原判示のように単なる使用収益権の得喪を目的とするものではない。しかして控訴人は、茅野より本件土地を他の土地とともに代物弁済として所有権の移転を受け、その登記を経由しているのに、被控訴人主張の譲渡については登記がない。法律は換地決定前における耕地整理地区内土地の移転を認め、既登記の土地については、登記手続を認めている。(耕地整理登記令第八条ノ五、土地区劃整理法第二条、第百七条)仮りに被控訴人の主張する譲渡契約があつたとするも、その登記手続を経ていないので、その所有権移転は、登記を経ている控訴人に対抗し得ない。本件土地の使用収益権も所有権の一作用に外ならないので、これまた控訴人に対抗し得ない。本件土地が替費地の指定を受けたからと言つて、それ以前の土地と性質を異にするものでない。観念的には区劃整理上換地予定地、替費地等いろいろいわれるが、従前の土地と同一であつて、手続上替費地処分は土地台帳上新な地番が附せられ、新登記となるであろうが、それは土地台帳や登記簿の整理方法にすぎず、実質的に性質を異にするものでないから、従前の土地に対する権利移転登記の効力は替費地にも及ぶものである。(三)元来仮処分手続は、係争権利関係の実体が本訴において確定するまでの暫定的処置であるから、本件仮処分異議事件の第一審が係争権利関係の実体に立ち入り被控訴人に使用収益権ありと断定し、その趣旨に基いて仮処分の当否を判示したのは失当である。控訴人は、本件土地の所有権に基き仮処分申請をなしたのであつて、本件土地に関する登記簿謄本(甲第一号証)は控訴人の権利を疏明するに足り、甲第二ないし第九号証も同様であり、なお本件の場合は債務者の後日蒙むることあるべき損害を担保するため相当の保証を立てしめて仮処分決定をなすべきが常道と考える。」と陳述したほか、原判決の摘示と同一であるので、ここにこれを引用する。

理由

控訴人(債権者)の申請により東京地方裁判所が昭和二十九年七月二十九日なした同裁判所同年(ヨ)第六二四九号仮処分決定(本件仮処分決定)が理由なく、これを取り消すべきであり、従つて控訴人の本件仮処分申請を却下すべきであることについては、当裁判所も原審とその所見を等しくするので、控訴人の当審における主張に関し後記の説示を附加するほか、原判決記載の理由全部をここに引用する。

控訴人が当審において主張するところは、前段事実摘示の(一)ないし(三)であるから、順次これを審按する。

(一)  民法第百七十九条第一項に規定する、いわゆる混同は、同一物の所有権と他の物権とか同一人に帰した場合これを併存しておく必要がないので、所有権がその物の全面的支配権と観念される点からして他の物権を消滅せしめるという法律上の消滅原因であつて、その物又は混同した物権が第三者の権利の目的である場合は、第三者のためにもまた所有権者のためにも、これを併存する必要があるので消滅せしめない。同条第二項に規定する所有権以外の物権及びこれを目的とする他の権利が同一人に帰した場合も前同様に解すべきところ、成立に争ない乙第四号証(組合規約)第五号証(組合替費地処分規程)並びに原審証人小笠原績の証言によれば、組合がその事業費にあてるため指定した替費地を売却するに際しては、原地の所有権者又は借地権者を第一順位と定め、原地の所有権者がこれを買い受けた後他に譲渡する場合には、組合長の承諾を得ることを要し、その承諾なき限り譲渡し得ず、原地の所有権者が替費地を組合より買い受けても替費地の換地処分前は替費地たるの性質を保有し、やがて換地処分の定まるまでの間同土地に対し単に使用収益をなし得るにすぎないことが明らかであるので、替費地の指定を受けた本件土地を前所有者茅野和明が買い受けたからと言つて右替費地としての制限を免れることを得ず、民法第百七十九条第一、二項の理論をあてはむべき限りでないからこの点に関する控訴人の主張は理由がない。

(二)  本件土地が控訴人主張のように代物弁済により茅野和明より控訴人の所有名義に移転登記されたこと、その所有権移転登記が組合の替費地指定後茅野和明においてさらにこれを買い受けた後に行われたこと並びに控訴人が茅野より本件土地を代物弁済として取得するにつき組合長の承諾を得なかつたことは、いずれも当事者間に争ないところであり、右代物弁済による所有権の取得が当事者間の意思表示に基く権利の移転である点において前記の譲渡とその法律効果を異にするものでないから、組合長の承諾なき限り所有権の移転はその効力を生ずるに由なく、控訴人主張の所有権移転登記は事実上の権利関係に合致するものでないので、もとより右登記の対抗力を主張し得べき限りでない。控訴人引用の法令は組合が換地処分をなした場合における登記手続を規定したものであつて、本件の場合適切でなく、この点に関する控訴人の主張もまた理由がない。

(三)  仮処分手続が、係争権利関係の実体が本案訴訟において確定するまでの暫定的処置であることは、控訴人所論のとおりであるが、債権者たる控訴人が本件土地に対する被控訴人の占有を解きその使用を制限するため仮処分を申請するに当つては、控訴人において本件土地につき被控訴人に対しかかる要求をなし得る権利、すなわち被保全権利の存在することを疏明しなければならない。しかして本件記録によれば、第一審たる東京地方裁判所は、当初控訴人の甲第一ないし第六号証の疏明方法を添附した本件仮処分申請を理由ありとして昭和二十九年七月二十九日本件仮処分決定をなしたのであるが、被控訴人より被保全権利の存在を争い、むしろ被控訴人こそ本件土地に対し使用収益の権能を有する旨主張して異議を申し立てたので、同裁判所は、口頭弁論を開き被保全権利の存否に関し控訴人の疏明が十分であるか否かを判断するため被控訴人の反対主張並びにその疏明について審理したことが明らかである。かかる審理は仮処分裁判所として当然なすべきであつて、被保全権利の存否は本案裁判所において審理判決すべきものとして、これを放置すべきでない。いま本件記録並びに当事者双方挙示の疏明方法を仔細に検討するに、原裁判所の審理は、仮処分異議事件としてまことに相当であつて、審理の範囲を逸脱して控訴人主張の如く実体上の権利関係を確定したものといいがたいので、この点に関する控訴人の主張もまた理由なく、控訴人主張の被保全権利の存在が疏明せられず、かえつて被控訴人において本件土地に対し使用収益をなし得べき権能を有することが疏明せられ、かつ本件弁論の全旨によれば被控訴人が本件土地を占有し、控訴人において、嘗つてこれを占有した事実のなきことさえ推認せられるので、保証をもつて被保全権利の疏明にかえ、被控訴人の占有を解き、これに制限を加えるが如き本件仮処分申請を許容するのは適当と認められないところである。

よつて、控訴人の仮処分申請を認容してなした本件仮処分決定を取り消し、控訴人の本件仮処分申請を却下すべく、これと同旨の原判決は相当であつて、控訴人の控訴は理由なきにより、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 草間英一 猪俣幸一)

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