東京高等裁判所 昭和30年(ネ)276号 判決 1955年12月26日
控訴人 佐藤金属株式会社
被控訴人 株式会社棚田商会
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、
被控訴代理人において、
一、訴外小栗一男は控訴会社の伸銅課長で、控訴会社の営業関係一切を取仕切つており、出庫指図書を発行する権限を有していた者であるが、同訴外人は出庫指図書の操作により訴外村越機材株式会社の一時の金繰りを助け、控訴会社の訴外会社に対する過去の売掛代金を回収しようとして、訴外会社に出庫する意思なきに拘わらず、昭和二八年九月五日控訴会社名義で、電気銅三トン(指図書番号第一四一号)及び四トン(指図書番号第一四二号)を同月一〇日に引渡す旨記載した本件出庫指図書二通を発行してこれを訴外会社に交付した。のみならず、同月七日訴外会社から右電気銅三トンの出庫指図書(指図書番号第一四一号)を示して同書表示の電気銅の売却方を申込まれた被控訴会社が、右出庫指図書が控訴会社発行のものに相違ないか、同書表示の電気銅を確実に入手し得るか等を確めるため、社員谷秀雄をして、控訴会社に赴き、小栗一男に面会せしめた際、谷秀雄が携行して行つた前記出庫指図書を小栗一男に示した上、自分は棚田商会の谷であり、今回棚田商会で訴外会社から右出庫指図書記載の電気銅を買受けようとしているが、出庫指図書は控訴会社発行のものに相違ないかどうかと尋ねたのに対し、小栗一男は、谷秀雄の右質問により被控訴会社が右電気銅を訴外会社から買受けようとしていることを確知し、従つて真実を述べなければ控訴会社に損害を被らす虞のあることを十分認識して居りながらその意図を隠して、谷秀雄に対して、出庫指図書は控訴人発行のものに相違なく、同書表示の電気銅は間違なく訴外会社に引渡す旨言明した。以上の一連の小栗一男の欺罔行為を以て、不法行為であると主張するものである。
仮にそうでないとしても、小栗一男は昭和二八年九月一一日控訴会社本社において、被控訴会社が電気銅の引渡を求めて同人に呈示していた前記二通の出庫指図書を当然にその性質(後述)を了知し、これを破棄すればその所持人たる被控訴会社に同書表示の電気銅を取得し得べき権利を消滅せしめることとなり、被控訴会社に損害を被らしめるかも知れぬことを認識しながら、ほしいままにこれを破棄して、被控訴会社の右出庫指図書二通記載の電気銅の引渡請求権を消滅せしめた。右小栗一男の行為を不法行為として予備的に主張する。
二、出庫指図書の性質
鉄鋼その他金属関係の取引については、一商社内の出庫指図書(出荷指図書)なる一片の書面で広くこれに記載された物品の取引がなされ、この出庫指図書は転々として何人の手にも譲渡し得られ、その所持人は、その目的物の引渡を請求し得る商慣習がある。
三、被控訴会社の損害について
被控訴会社は小栗一男の前記欺罔行為により、控訴人が出荷する電気銅を、控訴人発行の出庫指図書により確実に入手し得る誤信させられ、その結果訴外会社から昭和二八年九月七日、八日の二回に亘り、電気銅合計七トンを代金トン当り金三〇万四、〇〇〇円で買取り、出庫指図書二通の受領と引換えに、代金内金として金一六二万四、〇〇〇円を訴外会社に交付するに至つた。而して同月一一日に至り、被控訴会社は右出庫指図書二通を小栗一男に破棄され且同人より出庫指図書操作の実状並びに電気銅を引渡さぬ旨を告知されたので、止むを得ず同日訴外会社との前記電気銅売買契約を解除して内渡金の返還を請求したが、既に前渡金のうち金一六〇万八、四〇〇円は訴外会社から控訴会社に支払済であり、且訴外会社が無資力であるため、今日に至るまで一銭の弁済を受けることができない状態で、結局被控訴人は前記内渡金一六二万四、〇〇〇円の損害を被つたものである。
と述べ、控訴代理人において、
イ 訴外小栗一男が控訴会社の伸銅課長であつたことは認めるが、同人が控訴会社の営業関係一切を取仕切つており、出庫指図書発行の権限を有していたこと、並びに同人が訴外村越機材株式会社の金繰を助け、一面控訴会社の債権回収を計らんとして、本件電気銅引渡の意思なきにかかわらず、出庫指図書を発行したとのこと、及び、同人が出庫指図書を破棄すれば当然被控訴会社に損害を及ぼすことを認識しながら、出庫指図書を破棄したとの事実はこれを否認する。
ロ 被控訴人主張の商慣習の存在はこれを否認する。控訴会社の出庫指図書は、控訴会社の本店は東京都千代田区神田須田町二丁目十三番地に、倉庫は東京都墨田区東両国三丁目四〇番地にあつて、本店と倉庫との社内連絡用として使用し居るものに過ぎない。
と述べた外は、いずれも原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
<立証省略>
理由
一、控訴会社が昭和二八年九月七日頃訴外村越機材株式会社に対し、電気銅三トン及び四トンの二口を引渡すべき旨記載した出庫指図書(三トンの分一通、四トンの分一通)二通を交付したことは当事者間に争がなく、原審証人宮野宏、原審並びに当審証人谷秀雄の各証言及び右証人谷秀雄の原審における証言により成立を認めることのできる甲第二、三号証の各一、二によれば、被控訴会社が昭和二八年九月七日及び翌八日の二回に亘り、右訴外会社から電気銅三トン及び四トンの二口を一トン当り金三〇万八、〇〇〇円、代金は現金払、目的物は同月一〇日引渡の約で買受ける契約を締結し、訴外会社から控訴会社発行の前記出庫指図書二通を受取り、代金の内金として計金一六二万四、〇〇〇円を訴外会社に支払い、残代金は現品受領後支払う旨約したこと、しかるに控訴会社が訴外会社に対し右出庫指図書記載の電気銅の引渡をしないため、被控訴会社が訴外会社から電気銅の引渡を受けることができなかつたことを認めることができる。
二、被控訴人は、右出庫指図書の如き書面は、鉄鋼その他金属関係の取引について広く一般に行なわれ、かかる書面を譲り受けた所持人は、発行者に対しその目的物の引渡を請求しうる商慣習があるものであるところ、控訴会社の使用人である訴外小栗一男が電気銅の引渡をなす意思がないにもかかわらず、前記出庫指図書二通を発行し、同書面記載の電気銅を引渡すかの如くその所持人を欺罔し、且被控訴会社社員谷秀雄に対し、谷の質問により、被控訴会社が電気銅を訴外会社から買い受けることを承知しながら、出庫指図書記載の電気銅は間違なく訴外会社に引渡す旨、虚偽の事実を言明したため、被控訴人をして訴外会社に対し、前記契約を締結する意思表示をなし、かつそれに基いて訴外会社に対し前記の金額の金員を支払うに至らしめ、被控訴人に損害を被らせた旨主張するので、まず被控訴人主張の出庫指図書に関する商慣習の存否について考えてみるに、原審証人沼部清雄は、出庫指図書は何人にも譲渡しうるものであり、その所持人はその目的物を請求しうる旨証言しているが、これを、成立に争のない乙第一号証、原審並びに当審証人小栗一男の証言に対比して考えれば、同じく出庫指図書といつても、社内連絡用として使用される伝票の性質より持たないもののあることが窺われるので、出庫指図書が被控訴人主張のような一律的な性質を有する旨の前記沼部証人の証言はたやすく措信できないし、他に被控訴人主張の商慣習の存在を認めるに足る証拠は毫もない。却て、右乙第一号証並びに前記証人小栗一男の証言を総合すれば、控訴会社が訴外村越機材株式会社に対し昭和二八年九月五日電気銅を売却する契約をなし、その際控訴会社の社員である訴外小栗一男が訴外会社の申出により控訴会社の両国倉庫に対する社内連絡用として本件出庫指図書を交付したものであることが認められる。
しからば、被控訴会社が訴外村越機材株式会社から前記出庫指図書の譲渡を受けたとしても、これにより控訴会社に対し同書記載の物件の引渡請求権を取得する由ないものと言わなければならない。
従つて、控訴会社の社員である小栗一男が、被控訴会社の社員谷秀雄に対し、前記出庫指図書記載の電気銅を間違なく訴外会社に引渡す旨言明したとしても、また小栗一男が前記出庫指図書二通を破棄したとしても、これにより何ら被控訴人の権利を侵害するものでもないし、小栗一男の該行為を目して、被控訴人に対する不法行為と断ずることは到底できない。(小栗一男が出庫指図書は被控訴人主張の如き性質を有するものであることを知り、従つてこれを破棄すれば、その所持人たる被控訴人の権利を侵害することを十分認識しながら、これを破棄したとの事実は、被控訴人の全証拠によるも到底これを認めるに足らない。)
三、しからば、控訴会社の使用人小栗一男の不法行為により損害を蒙つたとして、その使用者たる控訴人に対し、その損害賠償を求める被控訴人の本訴請求は、その余の争点を判断するまでもなく失当で、棄却を免れないものといわなければならない。
四、以上と趣旨を異にする原判決は失当で、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条により原判決を取消し、訴訟費用の負担についき同法第八九条第九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田豊)