東京高等裁判所 昭和30年(ラ)55号 決定 1955年5月09日
抗告人(申請人) 謝文森
相手方(被申請人) 横浜入国管理事務所長主任審査官
主文
本件抗告はこれを棄却する。
理由
本件抗告理由は別紙抗告理由書のとおりである。
よつて按ずるに抗告人は、抗告人に対し法務省横浜入国管理事務所長主任審査官山本紀綱(相手方)の発した外国人退去強制令書による行政処分を違法としこれが取消を訴求するとともに右退去強制令書にもとずく執行を一時停止すべきことを求め、原裁判所は「但し強制退去処分のためにする収容、日本国内に於ける護送はこの限りでない」との留保をもつて右退去強制令書にもとずく執行を一時停止すべきことを命じたものであることは記録上明らかである。すなわち原決定は右留保にかかる分については抗告人の申請を却下したものと解すべきであり、本件抗告はこの部分の取消を求めるにある。
しかし行政事件訴訟特例法第十条第二項によれば行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴の提起があつた場合において裁判所が申立又は職権をもつて処分の執行を停止すべきことを命ずるのは、処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があると認めるときに限ることは明らかである。出入国管理令にもとずき発せられた退去強制令書による執行はその令書に記載された送還先への送還、直ちにその送還ができないときは送還可能のときまで所定の場所への収容、それらのためにする護送を含むものであるところ、国外の送還先への送還が執行せられるときは、右行政処分取消の訴訟が勝訴の結果を得ても事実上償うべからざる損害をこうむるものというべきことは明らかであるが、これに反してその余の収容護送の執行は固よりその人の自由に対する拘束であるけれどもそれによつてこうむる損害は送還に比すれば軽度のものというべきである。
すでに退去強制令書の発付は法定のきわめて慎重な段階を経てなされるものであるが、しかもこれが違法な処分として取消されるとすれば、その間の収容護送処分による損害については別に救済の方法があるものというべきである。したがつてこれらの執行はこれを停止しなければ償うべからざる損害を生ずるものとは解し得ない。原審がこの部分の申請を却下したのは違法ではない。
よつて本件抗告を理由のないものとして棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)
抗告理由書
一、原決定は、抗告人が先に申請した昭和二十九年(行モ)第四号退去強制令書執行停止申請事件につき、申請を理由ありと認めながら収容、護送処分については之を却下した。
二、然しながら抗告人は、昭和二十七年十一月二十四日仮放免許可以来収容に至る迄、仮放免許可について附された、諸条件に違反したことなく、更に出入国管理令第五十五条第一項の規定による仮放免取消の原因となるが如き違反もなく而も収容されるに当つては終始素直な態度を以つて臨んだ、従つて本案訴訟終結まで殊更これを収容し護送する必要は全くない筈である。
三、のみならず、抑々抗告人は仮放免になつてから、其後仮放免取消処分を受けたことがないのであるから、抗告人に対し如何なる権限によつて収容処分するかということすら疑問であり、又抗告人を収容したとしても、現在抗告人の送還先である中国本土が、中共政権下にあり強制送還が不能である実情からして出入国管理令第五十二条第五項に云う送還可能のときは全く不明という他はなく、収容を継続することは抗告人が恰も不定期刑を科せられたに等しい結果になることを思へば、基本的人権尊重の点からも重大な問題であると、云わねばならない。従つて抗告人に対し収容護送処分を認めたる原決定は当然取消されねばならない。