東京高等裁判所 昭和30年(行ウ)7号 決定 1955年7月29日
申立人 公正取引委員会
被申立人 伊藤勲
主文
被申立人伊藤勲は毎日新聞を購読させ又は購読を継続させるため、同新聞を購読する者にその購読料の集金手数料等の名義をもつて、金銭を支払い、又は支払うことを申出で、また、テレビジョン受信機、螢光燈、電気アイロン、電気スタンドもしくは反物等の物品を供与し、又は供与することを申出てはならない。
理由
申立人は「被申立人伊藤勲は、本案の審決があるまで、毎日新聞を購読する者に対し、新聞購読料の集金手数料等の名義をもつて、金銭を支払い、または支払うことを申し出ることにより、また、テレビジョン受信機、螢光燈、電気アイロン、電気スタンドもしくは反物等の物品を供与し、または供与することを申し出ることによつて、毎日新聞の購読を誘引してはならない。」との裁判を求め、その理由として別紙緊急停止命令申立書記載のとおり主張した。
当裁判所は申立人の右主張とその疏明方法及び被申立人の意見弁解を検討審査した結果、被申立人は申立人主張の法条に違反する疑のある行為をしていること及び一時これらの行為を停止すべき緊急の必要があることが疏明されたと認める。被申立人は他の新聞販売店の行動等について種々主張するところがあるけれども、その主張の程度の所為は、かりにあつたとしても、これをもつて右被申立人の行為を正当化することはできないのである。
よつて申立人の本件申立を正当として認容すべく、主文のとおり決定する。
(裁判官 安倍恕 藤江忠二郎 浜田潔夫 猪俣幸一 浅沼武)
緊急停止命令申立書
東京都中央区日本橋室町二丁目一番地
申立人 公正取引委員会
右 代表者委員長 横田正俊
右 指定代理人総理府事務官 寺岡卓夫
同 奥山勇治
同 江上勲
同 杉田保三
愛知県西加茂郡猿投町大字下伊保字宮本二十六番地
被申立人 毎日新聞挙母専売所こと伊藤勲
不公正な取引方法緊急停止命令申立事件
申立の趣旨
被申立人伊藤勲は、本案の審決があるまで、毎日新聞を購読する者に対し、新聞購読料の集金手数料等の名義をもつて、金銭を支払い、または支払うことを申し出ることにより、また、テレビジヨン受信機、蛍光燈、電気アイロン、電気スタンドもしくは反物等の物品を供与し、または供与することを申出ることによつて、毎日新聞の購読を誘引してはならない。
との御裁判を求めます。
申立の理由
一、被申立人は、愛知県挙母市大字挙母字天神百二番地に主たる営業所毎日新聞挙母専売所を、同県西加茂郡猿投町四郷、同郡同町保見および同郡高橋村にそれぞれ支所を設けて、挙母市の大部分、前記猿投町および同郡高橋村等を販売地域とし、毎日新聞等の販売を業とする事業者である。
二、被申立人は、昭和三十年四月末ころ、挙母市農業協同組合の梅坪第四区の、実行組合、組合長三岡徳治ら数名から、前記営業所の販売業務責任者沢上章に対し、新聞販売拡張材料として従来のどんぶりや手拭等に代えて同区内の連絡通報用ラウド・スピーカー(以下スピーカーという。)の寄贈を受けたい旨が表明されたことを知るや、直ちに沢上をして三岡に対し、同区の五十五世帯のすべてが毎日新聞を一か年半購読することを条件として、スピーカーを寄贈する用意がある旨を申し出させるとともに、五月二日ころ同区集会所において開催された前記実行組合の会合に出席させて、その具体的取極について折衝させだ結果、同区三岡徳治ほか五十名との間に、(一)被申立人は、右五十一名が昭和三十年六月一日から同三十一年十一月三十日までの一か年半毎日新聞を購読することを条件として、同区内にスピーカーを設置し、その費用を立替払すること、(二)被申立人は、右期間中同区における毎日新聞の購読料の集金を購読者に委託し、それに対する報酬として、一か月一部につき五十円の手数料(以下集金手数料という。)を支払い、購読者はこれを逐月右立替金の弁済に充当すること等を内容とする契約を締結し、同月七日挙母市長生二十二番地所在の電気器具商スピード商会こと沢田恒次をして、トランペツト二箇付、見積価格五万三千四百円のスピーカー一基を同区内火の見やぐらに取付けさせた。
三、ついで、被申立人は、同年五月十日ごろから同市梅坪第二区および同第三区の区長または実行組合組合長を通じて、両区の住民に対し、毎日新聞の購読を勧誘した結果、購読期間を昭和三十年六月一日から同三十一年五月三十一日までの一か年としたほかは、前記梅坪第四区におけると同様の条件で、梅坪第二区においては佐野清吉ほか五十二名、同第三区においては水野貞次郎ほか五十三名との間に毎日新聞購読契約を締結し、同月三十日前記沢田恒次をして、両区の境界附近の火の見やぐらにトランペツト四箇付、見積価格十二万六千七百円の両区共用のスピーカー一基を取付けさせた。
四、前記のような被申立人の毎日新聞販売拡張行為の結果、朝日新聞挙母専売所および中部日本新聞挙母専売所扱の前記各区における朝日新聞および中部日本新聞の販売部数は、別表のとおり、同年六月一日以降いずれも激減し、これに反し、毎日新聞のそれは著増するにいたつた。
五、その後、前記のような毎日新聞販売拡張行為が業界その他において問題となるや、被申立人は、同年六月初ころ前記各区購読者との間の毎日新聞購読契約の変更を企図し、購読者の承諾をえて、集金手数料に関する条項を除いて他はこれを削除したため、梅坪第四区においては実行組合員が連帯し、また、同第二区および同第三区においては両区および実行組合の役員が連帯して、挙母市農業協同組合その他からスピーカー設置費の融資を受け、被申立人から購読者に対して毎月支払われる集金手数料を右借入金の弁済に充当することとした。
六、このころ、被申立人は、挙母市三軒家地区においても、前記梅坪各地区に対すると同様、駐在員山本八郎を通じて、同区において毎日新聞を購読する者に対し、昭和三十年七月一日から同三十一年六月三十日までの一か年集金手数料を支払うことを約し、同年六月十一日にいたり同区にもスピーカー一基が設置され、同区における朝日新聞および中部日本新聞の販売部数は同年七月一日以降激減するにいたつた。
七、さらに、被申立人は、同市深田山地区、同市梅坪第一区、同市大字下林および同市大字小坂において、各区々長を通じて、前記と同様の方法により、毎日新聞の購読勧誘を行い、また同市大字樹木において、同区婦人会々長および青年会会長を通じて、毎日新聞の購読者百名につきスピーカー一基、また同二百名につきテレビジヨン受信機一台を供与することを申し出ることにより、毎日新聞の購読を勧誘している。
八、その他、被申立人は、その四郷支所を通じ、同年五月半ころから前記猿投町の一部において、毎日新聞の購読者に対し、一か年または一か年半毎日新聞を購読することを条件として、蛍光燈、電気アイロン、電気スタンドもしくは反物等を供与し、または供与することを申し出ている。
九、前記二ないし八の事実によれば、被申立人が、挙母市梅坪第二区ないし第四区、同市三軒家地区および同市深田山地区、同市梅坪第一区、同市大字下林および同市大字小坂において、毎日新聞の購読者に対し、一定の期間、一定の集金手数料を支払うことを約し、または支払うことを申し出ている行為は、実質上、スピーカーの寄贈を約し、または寄贈を申し出ることにより、一定の期間毎日新聞の購読を誘引しているものであつて、右の行為および被申立人が、同市猿投町の一部および同市大字樹木において、蛍光燈等を供与し、または供与することを申し出ることにより、一定の期間毎日新聞の購読を誘引している行為は、正常な商慣習に照して不当な利益をもつて、直接または間接に競争者である朝日新聞挙母専売所および中部日本新聞挙母専売所の顧客を自己と取引するように誘引しているものであつて、昭和二十八年公正取引委員会告示第十一号の第六に該当し、私的独占禁止法第十九条に違反する疑があるものである。
十、しかして、本件において、被申立人は、従来に例を見ない高価な物品をもつて、きわめて長期の購読を条件として、毎日新聞の購読を誘引しており、ことに集金手数料の形をとつたスピーカーの供与にいたつては、土地の有力者を通じて、当該地区における住民の共通の利益となる物品をもつて、集団的に多数の購読者を獲得し、かつ右の利益との関連において購読者の間に生じる相互拘束力を利用して購読者の維持をはかつているものであつて、その方法の大規模かつ巧妙なこととその圧倒的効果において、近来その類を見ず、新聞販売手段としてはほとんど極限に達したものといわなければならない。かくて、被申立人によるこれらの誘引行為が今後も続行され、かつ拡大されるならば、朝日新聞挙母専売所および中部日本新聞挙母専売所は、これと同様のまたはこれにまさる対抗手段を講じない限り、審決をまつまでの間において顧客である新聞購読者の大部分を失い、挙母市の大部分、愛知県西加茂郡猿投町および同郡高橋村等における新聞販売分野から排除されるおそれがあり、しかも、一旦顧客を失うときは、新聞購読の継続性と定着性により購読者は固定し、正常な新聞販売手段によつては、その回復はほとんど不可能である。もし、対抗手段が購ぜられるにおいては、右各地域における新聞販売競争が混乱状態に陥ることは必定であり、同地域における新聞販売の公正な競争が阻害される結果を招来するばかりでなく、本件におけるような新にして効果的な手段は、短時日のうちにじ余の地域に拡大波及する危険がきわめて大であると考えられ、通常の手続による排除措置を命ずる審決をもつてしては、右の法益侵害は回復することができないものと推認されるから、ここに私的独占禁止法第六十七条の規定に基いて申立の趣旨どおりの緊急停止処分を求める次第であります。
(別表)
新聞販売部数推移表
中日
朝日
毎日
五月
六月
五月
六月
五月
六月
梅坪第四区
三三
五
一八
二
一
五一
〃第二区
四六
九
一五
二
五
五七
〃第三区
七一
三〇
三八
三三
七
六八
合計
一五〇
四四
七一
三七
一三
一七六