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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)2号 判決 1955年10月25日

原告 梅野半次郎

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十八年抗告審判第四五八号事件について、特許庁が昭和二十九年十二月六日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は昭和二十七年三月二十八日その発明にかかる耐火家屋について特許を出願したところ(昭和二十七年特許願第四、六七六号事件)、昭和二十八年三月十八日拒絶査定を受けたので、同月二十八日抗告審判を請求したが(昭和二十八年抗告審判第四五八号事件)、特許庁は昭和二十九年十二月六日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は、同月九日原告に送達された。

二、原告の右出願にかかる発明の要旨は、鉄筋コンクリート基礎構造上に一定間隔に縦に一定数の鉄筋を取り付け、該鉄筋に横斜に一定間隔に一定数の各鉄筋を取り付け、縦横斜の各鉄筋を埋没すべく縦の鉄筋に中央部に孔を有する煉瓦を取り付け、該煉瓦上に煉瓦を積み重ね、順次前記の如く中央部を穿孔せる煉瓦と煉瓦とを交互に一定の高さに積み重ねて壁を構成せしめ、壁の表裏両面部全体にセメントモルタルを塗付して塗皮膜層を形成し、壁内部の各隅部に一定の柱を定立し、その上部に梁を掛け渡し、梁上部に柱を設立し、天井に天井板を設け、天井板に金属製ラス又は竹製ラスを取り付け、漆喰を施し、屋根に棟木を設け、屋根の根太上に瓦を葺くと共に漆喰を施し、かつ壁には排気窓、窓等を設けて成る耐火家屋に関し、積み重ねた各煉瓦を離脱崩壊せしめることなく、又これら煉瓦の表裏両面全体にセメントモルタルの塗皮膜層を緊着せしめ、これらを離脱又は亀裂を生ぜしめることなく、完全に耐火性を賦与し、かつ耐震、耐風性を兼備せしめ、更に従来の家屋の如く壁下地、外壁下地、筋違壁土等の建築資料を毫も用うることなく、使用資材を可及的少からしめて工費を軽減し、施工の手数を省いて、その施工を簡便ならしめ家屋建築を極めて容易かつ迅速ならしめる等特殊の工業的効果を奏せしめ得るものである。

審決は、隅角部位置の基礎上に柱を樹立すると共に、基礎上の柱間に煉瓦を積み上げ、基礎に取り着けた縦鉄筋でこれら積み上げた煉瓦を貫通した状態となし、そしてこの煉瓦積壁体に柱を含めてその表裏両面に上塗を施し、梁を架し屋根を葺き窓を設けた家屋は、本願出願前公知(特許第一九八四号明細書参照)であり、煉瓦やコンクリートブロツクを積み上げて造るブロツク積壁体においては、縦鉄筋のみならず横鉄筋び斜鉄筋をも併せ設けることも亦、本願出願前公知(昭和十一年実用新案出願公告第六二三九号公報参照)であつて、本願の発明は、これら二つの公知事実を湊合し、更に下張板上に取着けたラスに漆喰塗を施して天井を構成し、棟木を設けた屋根の横棧上に瓦を葺くと共に、漆喰を施して屋根を構成し、壁面には排気窓をも設けてなるものに相当するが、このようにした家屋は、その構成状態において一つの型を呈示するものではあつても、その使用組成材においても、又その組成材によつて家屋を構築する技術的思想においても、何等特殊のものを要したものとは認められないので、これを要するに、本願の発明は、前述の二つの公知事実に基いて当業者の容易に得られるものに他ならないとし、更に煉瓦とコンクリートブロツクとは材料を異にするけれども、両者はひとしくブロツク積壁体を構成する素材であつて、その点物品を一にするのみならず、中心に孔を有する煉瓦をその孔に縦鉄筋を挿通して積み上げることも普通の事柄(実用新案公告第八二一六号―大正十二年―公報参照)に過ぎず、この点何等新規のものではないと説示している。

三、しかしながら右審決は、次の理由において違法であつて取り消されるべきものである。

(一)  引用にかかる特許第一九八四号においては、壁体を煉瓦により積み上げることは記載されているけれども本件発明の煉瓦の構造及びその積上法とは全然相違し、すなわちその煉瓦は、支鉄の縦半身を嵌合する如くその一辺に半円状溝を設け、又柱にはその両辺若くは一辺に横截面凹形又は半円形の縦溝を穿ち、以て支鉄をその縦半身は柱の溝内に、残半身は煉瓦の溝内に嵌合せしめておるものであつて、本件発明のように、煉瓦体の中央部には支鉄は貫通していないものであるから、煉瓦壁の全体として煉瓦壁に直角に来る風圧に対する抗圧力弱く、本件発明のような耐火、耐震、耐風性における効果を奏せしめることができない。

又引用の昭和十一年実用新案出願公告第六二三九号は、セメントモルタル、コンクリートよりなり、側壁の下部に欠切部及び力壁の上下に欠切部を有する空胴ブロツク体の力壁を併列継合する二ブロツク体の側壁に積み重ね、これによつて生ずる欠切孔を貫通する横筋骨空胴内を貫通する堅筋骨及び力壁上部欠切部と側壁欠切部とにて成る欠切孔を貫通する斜交叉の筋骨を挿入する如くブロツク体を組み合せて成るブロツク壁の構造に関し、大型のコンクリートブロツクによる特殊形状の組成材を以て、縦、横斜の筋骨を使用するようになしたもので、単に組成材に縦横斜の鉄筋を使用するという抽象的な思想の一部に本件の発明と相通ずるところがあるが、その組成材の構成構造において本件の発明と相違し、又大型の窯焼しないコンクリートブロツクであるから、本件発明のように小型の窯焼煉瓦とは、その性質を異にし、このようなコンクリートブロツク体においては、壁のみ或は塀の構築には適するかも知れないが、家屋として構築するには、窓その他の工作上不適当である。

そして本件発明は、基礎上に一定間隙に樹立した縦鉄筋に中央部に孔を有する煉瓦を挿通し、これに孔を有しない煉瓦を配し、これらを交互に積み重ね、これに横斜の鉄筋を配し積み上げ、煉瓦の表裏両面部全体にセメントモルタルを塗布して塗皮膜層を形成したため、壁体を完全強固に耐火、耐震、耐風的ならしめ、これら壁内部の各隅角部に一定の柱を定立し、これに梁を掛け渡し、梁上に柱を設立し、天井板にラスを取り付け、漆喰を施し、壁には排気窓、窓等を設けて、耐火家屋を完成せしめるもので、かくの如くにして始めて明細書記載の工業的特殊効果を奏せしめることができるものである。しかるに審決は、本件発明を各部に分割して、これを公知事実の湊合といい、又組成材によつて家屋を構築する技術的思想において、何等特殊のものを要したものと認められないと称し、更に二つの公知事実に基いて当業者の容易に得られるものに他ならないと説示しているが、本件の発明は、各特殊構造を一つに纒めて各自の有しない特殊の工業的効果を奏せしめることができるも、二つの引用物を単に集めたのみでは、本件発明のような工業的効果は得られず、若し本件発明のような特殊の工業的効果を得るものが当業者の容易になし得るものなれば、引用特許及び実用新案の発表以来すでに長年月に亘る現在までの間に、他にすでに発表されておるべき筈であるのに、未だこれを見ないのは、この二の公知事実に基いて容易になし得ないものであることの証左である。

(二)  審決は前述のように、煉瓦とコンクリートブロツクとは材料を異にするけれども、両者はひとしくブロツク積壁体を構成する素材であつて、その点物品を一にすると説示している。

しかしながら引用新案のように、側壁の下部に欠切部及び力壁の上下に欠切部を有する空胴ブロツク体は大型で窯焼しないセメントモルタルコンクリート等であるから成形することができるが、本発明のように小型で窯焼する煉瓦にては、その成形が困難で、従つて両者はその性質を全然異にし、単に使用上一部が類似であるからとの理由で、両者を同一物品として取り扱われるべきものではない。

(三)  審決は、更に中心に孔を有する煉瓦をその孔に縦鉄筋を挿通して積み上げることも普通の事柄であるとして、実用新案公告第八二一六号(大正十二年公報参照)を附加しているが、この引用新案に対しては、全然意見書提出の機会を与えられていない。

しかしながら単に縦鉄筋に中心に孔を有する煉瓦を挿通して積み上げることがあつても、本件の発明はただこのような構造のみを要旨とするものではないから、なんら本件発明の新規性を阻却するものではない。

(四)  本件発明は、単に壁の構造或は壁の構築法のみをその要旨とするものではなく、耐火家屋全体を要旨とするもので、引用特許に家屋全体の構造に関し、一部の説明は見受けるけれども、本件発明を示唆するに足りる記載は何等これを窺い知ることができないものであり、仮りに公知の思想を根拠としても、その利用に係る具体的装置において、工業上特殊有益な効果を生ずるときは、発明を構成するものであるから、本件発明は特許せられるべきものである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。

一、原告主張一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを否認する。

(一)  本件発明の各部分は、建築技術上普通の構造であつて、これを特殊構造と呼ぶに値するようなものではなく、原告のいう工業的効果も、本件発明を形造る各部分の算術的集計に過ぎないものであつて、そこには何等「各自の有しない特殊の工業的効果」なるものは見出し得ない。審決が「その使用組成材においても、またその組成材によつて家屋を構築する技術的思想においても、何等特殊のものを要したものとは認められない。」と判断し、「これを要するに、本願の発明は、前述の二つの公知事実に基いて、当業者の容易に得られるものに他ならない。」と認定しているのも、この意味を述べたものである。

(二)  原告は、建築用ブロツクとして煉瓦を使用する場合と、コンクリートブロツクを使用する場合との材料としての性質上の相違の一点のみを挙げて、煉瓦とコンクリートブロツクとは、その性質を全然異にし、同一物品として取り扱うべきではないと述べているが、このような論旨こそ、技術的理由不備のもので、審決説示のように、両者は物品を一にすると見るべきものであり、従来からもブロツクの形成材料として煉瓦もコンクリートも普通に併称されている。

(三)  原告は、審決が中心に孔を有する煉瓦をその孔に縦鉄筋を挿通して積み上げることも普通であるとして実用新案公報を例示したことに対して、意見書提出の機会が与えられなかつたと述べているが、これは審決の論旨の技術的説明を尽したに過ぎないものであつて、これを以て拒絶の理由としているものではないから、意見書提出の機会を与える必要はない。

(四)  本件発明は、家屋全体として何等発明を構成するものではなく、特許するに値しないことは、審決に説示したとおりであつて、原告の主張は採るに足りない。

第四証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実とその成立に争のない甲第一号証によれば、原告の出願にかかる発明は、「鉄筋コンクリート基礎上に、家屋内部の各隅角部に柱を立て、右柱の間の煉瓦積の壁には間隔を置いて、上記基礎に取り付けた縦鉄筋を設け、この鉄筋に間隔を置いた横及び斜の鉄筋を取り付け、これらの鉄筋を壁内に埋設するように、縦の鉄筋には中央部に縦孔を穿つた煉瓦を挿通し、これと普通の煉瓦とを交互に積み重ねて壁を構築し、前記柱を含めて壁の両面全体にセメントモルタルを塗付して塗皮膜層を形成し、天井は下張板上に、金属製又は竹製のラスを取り付けて漆喰を塗り、前記柱の上部に梁を掛け渡し、梁の上部に柱を立て、棟木を有する屋根の横棧上に瓦を葺き、これに漆喰を施し、壁には排気窓、窓等を設けて成る耐火家屋」をその発明要旨とするものと認められる。

三、その成立に争のない乙第一、二号証によれば、審決に引用された特許第一九八四号明細書(明治二十六年六月二十二日特許)には、コンクリート等で固めた地盤上に基礎を置き、家屋の隅角部その他の位置で、この基礎上に柱を樹立し、この柱の間の基礎上に煉瓦を積み上げると共に、断面凹形又は半円形の縦溝を煉瓦の一部と柱とに設け、下部を前記基礎に取り付けた縦の鉄筋を前記煉瓦と柱とで形成した縦溝内に貫通し、これで、柱及び煉瓦積壁を柱上の梁に締着け固着し、この煉瓦積壁と柱とを全部両面から上塗を以て被層し、梁上に柱を設け、横棧上に屋根を葺き、窓を設けた耐震、耐風用の家屋を記載しており、また昭和十一年実用新案出願公告第六二三九号公報(昭和十一年五月十二日発行)には、セメントモルタル、コンクリート等から成る中空ブロツクに縦、横及び斜の鉄筋を挿入して、ブロツク壁を構築し、ブロツク間の連結を強大にし、壁体を堅牢ならしめるため、ブロツクの側壁及び中壁に、それらの鉄筋を挿入するため欠切部を設けることが記載されており、更に実用新案公告第八二一六号公報(大正十二年五月十日発行)には、煉瓦の中央を縦に貫通する孔並びにその上下及び左右の面に半円形断面の溝を設け、これらを利用して、縦横の鉄筋を挿入した堅牢な壁を構築することが記載されていることが認められる。

してみれば右各事実は、何等反証のない本件においては、本件の特許出願以前当業者の間において公知の事柄となつていたものと推認するを相当とし、更に天井を構成するに当り、下張板上にラスを取り付け、これに漆喰を施すこと、棟木を設けた屋根の横棧上に瓦を葺き、更にこれに漆喰を施すこと、並びに壁面に排気窓を設けることは、耐火家屋構築の一手段として、本件特許出願前一般に行われた普通の手段であることは、当裁判所に顕著なところである。

四、原告の本件発明の要旨と右認定にかかる公知の事項とを比較対照するに、前者は、後者中前記明治二十六年六月二十二日特許された特許第一九八四号明細書に記載された家屋の煉瓦壁に、中央に縦孔を有する煉瓦と普通の煉瓦とを使用し、これらを交互に積み重ねて縦鉄筋を壁中に埋没し、又これに横、斜の鉄筋を加え、(この斜鉄筋の埋没については、明細書中に全く記載がなく、明細書記載の煉瓦では可能と考えられない。)天井は下張板にラスを取付けて、これに漆喰塗を施し、屋根は棟木を設け横棧(明細書における根太)上に瓦を葺き、これに漆喰を施し、かつ壁に窓、排気窓を設けた耐火家屋であつて、前記公知の事項が従来から有していた効果を、いずれもそのままで単に一つのものに寄せ集めたものに過ぎないと解するを相当とし、またこれにより何等工業上特殊有益な効果を生ずるものであることは認められない。

これを要するに、原告の発明と称するは、つまるところ前記公知事項を単に湊合したものに過ぎず、かつその組成材及び組成材結合法においても何等新規とするところがないから、当業者の容易に実施することができる設計であつて、発明を構成するものとは解されない。

五、なお原告は、審決が煉瓦とコンクリートブロツクとは、ひとしくブロツク積壁体を構成する素材であつてその点物品を一にすると説示し、かつその引用した実用新案公告第八二一六号明細書について全然意見書提出の機会を与えなかつたことを非難しているが、両者が、本件特許出願当時、耐火建築におけるブロツク積壁体の構築資材として、均等な性質を有していたものであることは、当裁判所に顕著な事実であり、またその成立に争のない甲第一号証(審決書)及び甲第五号証(原告の意見書)の記載を総合すれば、所論の実用新案公告公報は、特許庁が、当時普通とされている事柄を引いて、原告の意見書における主張の理由のないことを説示するに当り、参照として掲げたものであることが認められるから、原告の右非難はいずれも当らない。

その他審決が、家屋全体の構造について、原告の発明の特許することのできないのを説示しているのは、右審決書全体の記載に徴し明白であり、審決には、原告の主張するような違法は認められない。

よつて原告の本訴請求はその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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