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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)3号 判決 1956年6月28日

原告 株式会社多木製肥所

被告 特許庁長官

主文

特許庁が同庁昭和二十八年抗告審判第六九一号事件につき昭和二十九年十二月十日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

(一)  原告は、昭和二十六年九月十一日に「粒状含燐酸肥料を製造する方法」なる発明につき、特許庁に特許出願をし、昭和二十八年三月二十七日拒絶査定を受けたので同年五月九日抗告審判の請求をし、同事件は昭和二十八年抗告審判第六九一号事件として審理された上、昭和二十九年十二月十日右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決がなされ、審決書謄本は同年十二月十六日に原告に送達された。

右審決の理由の要旨は、右拒絶査定に引用された特許第一四三一七二号明細書には、「粉状燐酸肥料を粒状化するに当り粒状化に必要な程度の水分を霧滴として肥料に撒布し、転動しつつ造粒すること。」が記載され、本件特許出願前公知に属する。本願は上記公知のものに於て、霧滴として撒布する水の代りに炭安水溶液を使用するものに相当するが、炭安水が二酸化炭素とアンモニアを含む水溶液であることは、技術常識上明らかであり、且この二酸化炭素とアンモニアを含む水溶液が過燐酸石灰のアンモニア化に際し、アンモニアの蒸気圧が低く、肥料中の有効燐酸成分の不溶化を起すことがなく、過燐酸石灰中遊離酸の中和に有効に利用し得ることが、同じく拒絶査定に引用した米国特許第一八九四一三六号明細書に記載されて、本件出願前公知に属する以上、前記霧滴水に代え、炭安水を霧滴として燐酸肥料に加えるようなことは、発明力を要しないで当業者が容易に実施し得る程度のことと認められるばかりでなく、本願方法が特異の効果を奏するものとも認められない。して見れば本願方法は結局拒絶査定に示した前記公知事実より当業者が容易に実施し得る程度のものであつて、特許法にいう発明を構成するものとは認められない。従つて特許法第一条に規定する特許要件を具備しない。と言うのである。

(二)  然しながら審決は次の理由により当を得ないものである。即ち、

(a)  本件発明は含燐酸肥料を転動しつつ、これに炭安水溶液の霧滴を加え、冷却することなく粒状化せしめることを特徴とし、然る後乾燥して粒状含燐酸肥料を製造する方法を要旨とするものであつて(甲第二号証)、炭安水溶液使用の目的は含燐酸肥料の中和、造粒と、之に次ぐ乾燥を連続的円滑に遂行しようとするものであり、右発明の効果を列挙すれば次の通りになる。

(イ)、炭安水溶液の製造並びに計量、取扱い共に極めて容易であり、従つて肥料物質中の遊離酸を完全且正確に中和し得る。

(ロ)、炭安水溶液と含燐酸肥料との反応は、アンモニア水に比し、円滑に進行し、有効燐酸成分の戻りを起すことがない。

(ハ)、粒状製品の物理的性質良好で、強度高く、特に化学的成分均一なものを容易に得られる。

(ニ)、製品の耐湿性大である。

(ホ)、造粒能率を著しく増大し得る。

(ヘ)、造粒乾燥中に有効燐酸成分を向上し得る。

過燐酸石灰のような含燐酸肥料は遊離酸を含んでいるのでそれを中和する必要があり、又その粉末は運搬、施肥等に有利なように粒状化することを必要とし、従来之等の手段としては含燐酸肥料粉末を水分を滴下し造粒して後、アンモニア瓦斯を以て中和し、後乾燥する方法、又は肥料粉末にアンモニア水を加えて造粒すると同時に中和する方法等があるが之等の方法に於てはアンモニア瓦斯の正確な計量が困難であつて中和が正確を期し難く、又中和の際の発熱によつて有効燐酸成分の戻りを生じ肥料価値を低下すること、或は密閉器中で操作する必要上設備費の嵩むこと、アンモニアの損失が不可避なこと、作業能率が極めて悪いこと等の欠点があり、実際工業的実施をするに好ましくない之等の欠点を克服し得たのが本願発明であつて、炭安水を使用することにより前記のような種々の効果をもたらすものであつて、之等の効果はアンモニア瓦斯又はアンモニア水を以てする方法では到底望み得ないところである。

(b)  審決の引用する特許第一四三一七二号明細書(乙第二号証)に記載されたところは専ら過燐酸肥料の粒状化に際し水分の量を調節することを主目的とするものであつて、本願発明のように炭安水を加えることによる中和造粒化に関しては全然言及するところがない。又同じく審決の引用する米国特許第一八九四一三六号明細書(乙第一号証)に記載されたところは、過燐酸肥料の窒素化剤として遊離アンモニア及び尿素を含有した液を使用すること、即ち尿素製造の際の廃液を以て過燐酸石灰のアンモニア化を遂行するに止まるものであつて、その際尿素廃液にアンモニア及び水を添加して、その濃度並びに無機質窒素と有機質窒素との比を一対一乃至五対一に調節することを主眼とし、その明細書中にはアンモニウムカーバメートについて記載しているが、それは化学組成上からのみ本件の炭安水と均等物であると言い得るに過ぎないものであり、而も之は尿素及びアンモニア混合物を主体とする窒素化剤の附加物として少量混在すると言うに過ぎず、その作用及び効果については何等記載するところがない。而してこの窒素化剤と本件の造粒中和用炭安水溶液との間には次に指摘する極めて重大な相違点がある。即ち、

(イ)、右米国特許における右窒素化剤を使用する目的が、燐酸肥料の有効窒素分を高め、かつ、取扱いに好適な乾燥粉末状態とすることにあるに対し、炭安水を使用する本件発明の目的は造粒効果を大ならしめると同時に遊離酸を正確に中和することにあり、この点に於て両者は根本的に意図するところが異なるのである。

(ロ)、右窒素化剤は例外なく大量の尿素を溶存し、このような尿素とアンモニアの混合液を以て過燐酸の窒素化を実施する時は、原料相互の化学反応に由因する発熱の為、混合物の温度が上昇し、その結果有効燐酸の不溶化、いわゆる「戻り」を惹起することを免れず、又同時に尿素の加水分解によりアンモニアが発生し、之が過燐酸の「戻り」を助長するから、有効成分の不溶化による肥料価値の低下は不可避で、之を抑制する為冷却装置を設けて冷却しなければならない。

然るに本願発明のように炭安水を使用し、過燐酸肥料を中和造粒するときは、炭安水の添加量は遊離酸を正確に中和する程度に止まり、従つてたとえ摂氏一〇〇度前後に乾燥しても、肥料成分の戻り又は損失を生ずる憂いがないばかりでなく、過燐酸肥料の特徴である水溶性燐酸分の保証も可能である。従つて高価な冷却装置等は全く不必要である。

(c)  之を要するに本願発明と審決引用の各発明とは著しく異つており、前者における効果は後者を以てしては到底企及し得ないところであつて、審決の説くように本願方法を以て発明力を要せずして当業者が容易に実施し得る程度のものとすべきではない。

(三)、よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだと述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、原告の請求原因事実中(一)の事実を認める。同(二)の(a)の事実中本願方法に原告主張のような効果のあることは否認する。

同(二)の(b)及び(c)の主張につき、

完成肥料を作る為の燐酸肥料の窒素化は、その粒状化と共に本件特許出願前から夙に斯界に於て採用されているところであるから、燐酸肥料の窒素化と粒状化とを同時に実施する為に窒素化剤としてアンモニアと二酸化炭素とから成る水溶液を使用する審決引用の米国特許第一八九四一三六号明細書(乙第一号証)に記載された方法と、含水量を調節して転動し含燐酸肥料粉末を粒状化する審決引用の特許第一四三一七二号明細書(乙第二号証)に記載された方法とを結びつけるようなことは、これ等の方法を知る当該技術者であれば容易に想到し得る程度のことであり、而もこれ等の方法は本件特許出願前から公知に属しているから、審決において本願方法が右引用のものから当業者が発明力を要せず容易に実施し得るものとしたのは当然である。

尚前記米国特許第一八九四一三六号明細書にはアンモニウムカーバメートを含有した窒素化剤が例示されてあり、この水溶液は本願方法の炭安水溶液と明らかに均等物であるから、審決が右明細書を引用したのは誤りでない。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中(一)の事実は被告の認めるところである。よつて本願方法が審決の言うようにその引用する特許第一四三一七二号明細書及び米国特許第一八九四一三六号明細書の各記載内容から容易に想到実施し得る程度のものであるか否かにつき審案するに、本願発明の要旨とするところは、含燐酸肥料を転動しながら之に炭安水溶液の霧滴を加え、冷却することなく粒状化させることを特徴とし、然る後乾燥して粒状含燐酸肥料を製造する方法に存することは被告が明らかに争わないから、その通り自白したものとみなすべく、而して成立に争のない甲第二号証(本願の訂正明細書)によればその目的とするところは含燐酸肥料を連続的に粒状化すると同時に、その含有する遊離酸(遊離の燐酸分)を中和し、乾燥して、吸湿性が少く、粒子の強度が高く、貯蔵、運搬、施肥等の取扱に便利な粒状肥料を経済的に得ようとするものであると解されるところ、成立に争のない乙第一号証によれば、審決の引用した米国特許第一八九四一三六号明細書には、過燐酸肥料の窒素化剤として尿素及びアンモニア含有液を使用することを記載してあることが認められ、又成立に争のない乙第二号証によれば、審決の引用した特許第一四三一七二号明細書には、過燐酸肥料の粒状化に際し水分の量を適当に調節することによつて、強度の大なる粒子とすることにつき記載されてあることが認められ、前者は過燐酸肥料の窒素化即ち窒素分の導入を目的としたものであつて、その成分から見て過燐酸肥料に含有する遊離酸を中和する作用のあることは本願方法と同様であるが、本願方法のように肥料の造粒を目的としたものではなく、又後者は肥料を造粒化する点は本願方法と同様であるが、その造粒剤が単なる水であつて本願方法の炭安水のように造粒と同時に肥料中の遊離酸を中和することができないから、結局本願発明と右各引用例とはその目的効果を異にするものと認めざるを得ない。尤も前記乙第一号証によれば右米国特許の明細書にはその請求範囲の中に窒素化剤中にアンモニウムカーバメートが混在した場合についての記載の存することが認められ、右アンモニウムカーバメートはアンモニアと二酸化炭素とが含有し、化学組成上から見て本願方法における炭安水と均等な物質であると言えないこともないが、その作用効果については右明細書には何等の説明もなく、単に窒素化剤の一成分として掲げられてあるに過ぎないことが認められ、この事実に徴すれば右発明では右は単なる窒素化剤として使用したに止まり、本願方法における炭安水のように肥料の造粒目的に使用されたものではないと解さなければならない。然らば審決の各引用例に示されたものは、いずれも本願方法における炭安水による処理とは本質的に異なるものと言うべく、これ等を単に結びつけても本願方法と同一のものとはならないから、本願方法は引用例の方法から当業者が容易に想到し得るものとすることはできない。

尚又成立に争のない甲第四号証の一、二によれば、同証は本件特許出願後なる昭和二十八年八月発行の刊行物であることが認められるところ、之には石炭ガス製造の際得られる副産アンモニア液を利用して粒状化成肥料を製造すること及び過燐酸石灰、硫酸カリ等の混合物を粒状化した場合、造粒が容易であつて製品の粒子が一定であることが示されてあることが認められ右副産アンモニア液はアンモニアの外に二酸化炭素を含有する点で本願方法の炭安水と略均等物と認めることができ、この事は本願方法の炭安水による含燐酸肥料の粒状化が可能であり、而もその目的とする効果があることを裏付ける一資料と解されるから、審決の言うように本願発明が特異の効果を奏し得ないものとすることもできない。

然らば以上と異る見解に立つて本願方法が特許法にいわゆる発明にならないものとし、本件特許出願を排斥した審決は不当であつて、原告の請求は理由があるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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