大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)1003号 判決

被告人 井上喜好

〔抄 録〕

論旨第一点及び第二点について。

原判決引用の証拠を綜合すれば、被告人が原判示の如く業務上の注意義務を怠つた為、その運転していた自動車の前部バンバ附近を進路前方の車道を被告人の進行方向に向つて右から左に横断歩行していた猪俣光一に衝突させて、これを約一二米前方にはね飛して、同人に左右下腿の骨折、頭蓋内損傷等の傷害を蒙らせ因つて同人を死亡するに至らしめた事実を認めるに十分である。

ところで所論は原判示事実中(一)被害者猪俣光一が本件現場車道を右から左へ横断歩行中であつたとの点、(二)被告人運転の本件自動車のバンバーを猪俣光一に衝突させたとの点、(三)猪俣光一がはね飛ばされた距離が約一二米であつたとの点、(四)被告人が本件現場を左側歩道に近接して時速約五〇粁で運転進行したとの点は何れもこれを肯認するに足りる証拠が存在しない旨主張するので按ずるに、被害者猪俣光一が本件現場車道を品川方面に向つて右から左へ横断歩行中であつたことは、(イ)司法警察員作成の実況見分調書(昭和二九年一二月四日附)によつて認められる如く、猪俣光一が品川方面に向つて左側車道において自動車に衝突された事実と(ロ)本件記録によれば猪俣光一の当時の住居は港区芝車町六二番地であるところ、該地番は当審証人坂間佐一の当公判廷における供述によつて認められる本件現場道路において品川方面に向つて右側方面である事実と(ハ)原審証人黒沢百合子(原判決は百沢百合子と判示しているけれども、これは黒沢百合子の誤記であることは本件記録によつて明瞭である。)の原審公判調書中の供述記載によつて認められる、当時猪俣光一は本件現場道路品川方面に向つて左側(猪俣光一の住居のあつた側とは道路をはさんで反対側)にあつた黒沢百合子が働いていた酒場竹の屋によく酒を飲みに行つていたが、本件事故発生の日は来ていない事実、(ニ)脇島きよえの司法警察員に対する供述調書の供述記載によつて認められる、猪俣光一は原判示の一二月三日午後一一時五〇分頃前記居宅を立出でた事実を綜合すれば、これを十分認めうるのである。次にバンバーを接触させた点は被害者の下腿部分の骨折の状況からこれを推認しうべく、又約一二米はね飛ばされた点は右司法警察員作成の実況見聞調書の記載によつて認めうるのであり、更に被告人が本件現場附近を時速約五〇粁で進行していたことは被告人の昭和二九年一二月四日附司法警察員に対する供述調書及び証人大野正雄の原審公判調書中の供述記載によつてこれを認めうべく、そして歩道に接近した部分を走つていたことは原審公判調書中証人坂間佐一、同秋山利之、同安川直大の各供述記載によつて明らかに認めうるのであつて、原判決にはこの点につき所論の如き審理不尽、理由不備、理由にくいちがいの存するものとは認められない。

而して、被告人は終始自己運転の自動車を猪俣光一に衝突させた覚えはない旨極力主張するのであるが、原判決援用の証拠中、本件事故発生の時、現場附近に何れも現在していた各証人秋山利之、坂間佐一、安川直大、大野正雄、土屋うめ子の各原審公判調書中の供述記載によれば、各証人はバーンとか、又はボンとか、ズドンとか云う音を聞くと同時に、現場を高速度の自動車が砂煙を上げて走るのを現認している事実が認められ、又証人大野正雄の原審公判供述は、自分が自動車を運転して品川方面から新橋方面に向つて、本件現場附近に差しかかつたとき、自分の自動車の右斜前方約一五米のところで、ザーツという音がして、ナツシユと一目で判る自動車が何か引きづつて行つたと思われ、砂煙がもうもうと上つていた、自分はそれとなくブレーキをかけて自分の右側を見ると、人がとんで来て今の車を追いかけろと云つたので、引き逃げと思い、その場でユーターンをして、そのナツシユを品川駅方面に追いかけ、捕えるとそれが被告人が運転するナツシユであつた旨であり、更に証人坂間佐一の原審公判供述は本件事故発生の直前現場附近を品川駅を出て銀座方面に向つて右側歩道を歩いていると、自分の進行方向と反対方向に自動車が通つたが、無理をして走つているなと思つた時に、バーンと音がしたので、振り返つて見ると、六、七間後方に人が倒れており、ほこりが立つていたので、今の自動車がやつたなと思いその人の倒れている場所に向つて走り、人の倒れている場所迄行くと頭を銀座の方に向けて、歩道と車道の間の歩道寄りに被害者は倒れていて口もきかないので、しつかりしろと声をかけたら、その時前方の交番の方からエンタクが来たので、それに向つておーい今の車を追いかけろと怒鳴るとその自動車はユーターンをして右自動車を追いかけて行つた旨であつて、以上各証人の供述に、被告人の当公廷における本件現場において自己運転の自動車の直前には三〇米位前方にシボレーと思われるような大型自動車が走つていたのみであるが、その車が事故を起したかどうか気がつかなかつた旨の供述、大野証人の当審第一五回(昭和三三年一一月二五日)公判廷におけるザーツという音をきく前には自分の斜右前方には自動車は居なかつた、ザーツという音がしたので見たとき、そこを走つていたのがナツシユであつた旨の供述を綜合すれば、バーンとかザーツとか云う音が発したときに本件事故発生地点を通過した自動車は被告人運転の自動車以外になかつたこと及び坂間、秋山、安川、土屋の四証人が現認した自動車と大野証人が現認して捕えた自動車とは同一のものであることが認められるのである。

ところで、所論は坂間証人が大野証人に呼びかけ大野証人がユーターンして追走の態勢に入る迄には少くとも三〇秒を要するので、大野証人が認めたナツシユは本件事故を発生せしめた自動車ではない旨主張するのであるが、本件記録によれば、所論の如き時間を要したことを認めるに足りる証拠はないのであつて、当審における昭和三一年一一月二六日附検証調書によれば、坂間証人がバーンという音をきいて、後方を振り返つて見た地点から、被害者が倒れていた地点を経て大野証人が運転する自動車に呼びかけた地点迄の距離は約四二米五であることが認められ、そしてその間、坂間証人は走つていて、被害者の倒れていた地点で立ち止つたのは殆んど瞬間的であることが坂間証人の当審における証人尋問調書の供述記載及び原審公判廷における供述によつて認められるので、坂間証人がバーンという音をきいて大野証人に呼びかける迄の時間は実験則上せいぜい一〇秒内外と認められる。そして大野証人がユーターンして追跡の態勢に入る迄には同証人の原審公判調書中の供述記載及び当公判廷における供述によれば、さしたる時間を要しなかつたものと認められるので、所論の如く本件事故発生から大野証人の追走態勢に入る迄の時間は三〇秒をも要したものとは到底認め難いのである。

次に被告人の昭和二九年一二月四日附司法警察員に対する供述調書によれば、本件事故発生当日被告人運転の自動車の色は灰色であつたことが認められるにも拘らず、証人安川直大、同秋山利之の各原審公判供述及び当審における証人尋問調書によれば、本件事故を発生せしめた自動車の色は黒色或は濃紺であつたというのであつて、この点事実に符合しないかの如くである。しかし、本件事故発生の時刻は深夜であり、現場は或程度の照明はあつたが、勿論白昼光ではなく、それに証人等が自動車を見たときは自動車後部の番号板の文字が見えない程の砂煙が立つていてこの砂煙を通して見たものであつた為に黒色或い濃紺と誤認したものと認められるのである。

而して、証人土屋うめ子の当審における証人尋問調書によれば、同人は本件事故を発生せしめた自動車を後方からでなく横から見ていて、その自動車の色は空つぽい色と感じたというのである。これは正に被告人運転の自動車の灰色と吻合するのである。又証人坂間佐一、同秋山利之の原審公判調書中の供述記載によれば、本件事故を発生せしめた自動車の種類はオースチンのように思う或はオースチンではないかなあと云うのであつて、オースチンであると確認したものではないのである。

ところで所謂オースチンと本件ナツシユとを比較するに、当審証人大野正雄、同坂間佐一の当公判廷における供述によれば、ナツシユは大型、オースチンは中型であり、オースチンは甲虫と云えば甲虫に見えるが後方がだるまの如くに見え、ナツシユは本当の甲虫のように見えることが認められ、二者には夫々特徴があり、これを並べて見るときは二者を混同誤認することはあり得ないことであるが、何れも全体として甲虫型で殊に後部が丸い点においては共通点がないでもないことが認められる。故に瞬間的に後方から見た場合、右二者の異なる点を余程よく知つている者でなければ、二者の識別は困難な事と認められるから、ナツシユをオースチンと誤認することもありうるものと認められる。坂間証人も原審公判廷において、後方から見た感じでは丸いなあと思つたので、オースチンではないかと思つた旨供述しているのはこの間の事情を物語るものであり、被告人の当公廷における供述によつても本件現場において被告人の前方にオースチンと認められる自動車の存在しなかつた事実が認められる点から判断すれば、坂間、秋山両証人はナツシユをオースチンと誤認したものと認められるのである。

次に被告人運転の本件自動車には何等見るべき損傷も変化も生じていないことはまことに所論のとおりである。しかし時速五〇粁程度で走る自動車の前部バンバー(本件自動車のバンバーは地上から、〇、三一米の高さにあることは司法警察員の昭和二九年一二月六日附実況見聞調書及び当審検証調書の記載によつて明瞭である。)が堅固な物質で覆われていない人の下腿部分に衝突した場合、人ははね飛ばされても、自動車の方には格別特段の異状も発生しないことは実験則上必ずしも絶無のこととは認められないところであるが、証人高間昭二、同纐纈要次、同新保闇四郎の各原審公判調書中の供述記載はこれに照応しているのである。

更に、前説示の如く本件自動車のバンバーの地上からの高さは〇、三一米であるのに、本件被害者の下腿部の骨折は何れも下三分の一の箇所であつて、〇、三一米より幾分低い箇所と認められるのであるが、当審における鑑定人宮内義之助の鑑定書によれば、被告人が本件衝突直前ブレーキをかけていれば、本件自動車のバンバーによつて、本件被害者の下腿部骨折を生ぜしめることができるというのであるところ、被告人は本件現場附近においてブレーキをかけたことはこれを否認しているのである。しかし乍ら、証人土屋うめ子の原審公判(第三回)調書中、本件事故発生の際ギイーという音がした旨の供述記載によれば、被告人は本件被害者の姿を発見し無意識の内即ち反射運動として突嗟にブレーキをかけたが、己に及ばず本件被害者の身体に後方から自動車のバンバーを衝突させてしまつた後、再び前の速度に戻して走り去つたものであることを推認しうるのである。

しからば、バンバーの高さより低い下腿部分において骨折が生じていても、本件被害者の下腿部分の骨折は被告人運転の本件自動車のバンバーとの衝突に基因するものであることを十分認めることができるのである。

その他原審並びに当審取調の全証拠を仔細に検討しても所論事実を認めて、原審認定を覆すには足らず、原判決には所論のような事実誤認は存しない。

論旨はすべて理由のないものである。

(山本謹 渡辺好 石井)

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