東京高等裁判所 昭和31年(う)1685号 判決
被告人 水谷幸
〔抄 録〕
原判決は、その認定した業務上横領の事実を明示しないで起訴状記載の公訴事実を引用するとしている。よつて本件起訴状につきその公訴事実の記載をみるに、被告人の業務と金員保管の点について、「被告人は、……旧高家村予算の赤字原因を調査する目的をもつて同村熊倉部落を除く各部落総代により結成された旧高家村赤字対策委員会の委員長に就任しその業務に従事していた者であるが……旧村長等より赤字補填金として金五十万円の交付を受け、これを前記委員長名義で高家農業協同組合に預金して業務上保管中……」と記載しているに過ぎない。すなわち、これによれば、赤字対策委員会の委員長の職務権限の内容が明示されていないので右金員の保管ということが被告人の業務に属するものかどうか全く判明しない憾みがある。例えば、関係法規によつてその職務権限が定められている村収入役が村民の納入した税金を保管中着服横領したという事案のような場合においては、特にその収入役の職務内容を仔細に亘つて明示しなくとも、右のような性質の金銭を保管することがその職務に属するものと容易に判明するから、ある程度簡略に判示しても妨げないであろうが、本件のように赤字対策委員会及びその委員長なる地位が何ら法規の根拠なく全く私的に任意に結成された団体でありその代表者であるような場合にはその委員長であるとの判示によつて当然にその職務内容、従つて前記性質の金員を保管することがその業務に属することを推測することができるものとは解し得ないところである。それ故このような場合にはその委員長として右金員を保管することがその職務に属することを明示しなければ判決のよつて生ずる事実理由を判示したことには不十分であるから、前記のような判示をもつてしては所論のように理由不備の違法を犯しているものといわなければならない。
次に本件記録に現われた関係証拠及び当審で事実の取調としてした証人尋問の結果(但し後掲措信するに足りない証拠を除く)に徴せば、原判示のように被告人が前記委員長名義をもつて高家村農業協同組合に預金した金員のうち合計金二十七万五千円の払戻を受け、これを自己の生活費や事業資金等に費消してしまつた事実は、明らかであるが、この一連の行為が原判決の認定したように業務上横領罪を構成するかどうか争いの存する点であるので、この点について考察することとする。右関係証拠によれば、昭和三十年二月頃長野県南安曇郡高家村は、同郡豊科町と合併することになつたのであるが、同村には財政上相当の赤字があり合併のためにはまずこれを補填する必要があるので村有財産を処分してその資金を得る必要があるということになつた。そこで村民間に果して如何なる赤字が存在するのか、村政上不当な支出があるのではないかと村の理事者にすべてを委せないで直接自分達の手でこれが赤字の原因を調査しようということになつて、熊倉部落を除く各部落から赤字対策委員を選び出し、これらの者が高家村赤字対策委員会を構成し被告人がその委員長に就任しその調査のことに従うことになつた。そして委員長については特別な権限は定められず、特にその会の金銭を保管したりこれを独断で自由に処分し得る権限などは勿論与えられていなかつた。そして右委員会は当初は村理事者からの説明を聞く程度であつたが段々村役場備付の帳簿等を広範囲に亘つて多勢で閲覧したり財政上の不当処置ありとして村理事者側に説明を求めこれに納得しないで議論したりして毎日多勢が村役場に出かけ役場事務にも支障を生ずるに至つた。その頃村内でこのような紛争を生ずることを好ましくないことと考えた村の旧村議で有力者である高木数枝、内田一男、平塚宝作等が乗り出し仲に入り右委員会と村理事者間を調停斡旋して同年三月十四日頃村長、助役、村会議長等が個人の手許で合計五十万円を調達しこれを赤字補填金として右委員会に提供し、この問題はこれで打ち切り円満な解決をすることとなり、ここに同日被告人は前記委員会を代表して前記趣旨において右五十万円を受け取り即日応急措置として同委員会の委員長である被告人名義でこの金を高家農業協同組合に預金しておきその金の処置については後日決定することとなつた。そして内金七万五千円は右委員会の決定に従いその日払戻を受け各委員に対する日当及び委員会運営の諸費用に充当し、又同月十七日には村収入役の依頼により村の教育費等に充当するため一時貸として金十五万円の払戻を受けて貸与し後日正式に委員会の承認を得たのであるが、残余の金二十七万五千円の預金については、被告人はいずれも右委員会に何らはかるところなく勝手に被告人自らの生活費、親族知人等に対する貸金、事業資金等に充当するため原判示のように数回に亘り払戻を受け、それぞれのように費消した事実が明らかに窺えるのである。論旨は、右金五十万円は高家村が赤字対策委員会に対する調査費並びに慰労金として委員長たる被告人に対し支出交付されたものであり被告人はこの金の分配の方法についてすべて一任されており広範の処分権限を有していたものと主張し原審証人斎藤一雄、当審証人佐藤文人、同斎藤一雄、同三原岩恵の各供述、同人の司法警察員に対する供述調書の記載の一部にはこれに添う趣旨の供述がないでもないが、これらはすべてその余の関係証拠に比照し措信するに足りる心証を生じないものである。従つて、以上により明らかなように被告人は旧高家村の赤字対策委員会の委員長として村の財政上の赤字の存在や原因を調査することを目的とする団体の代表者であるにとどまり前記のように委員会に渡された金員を保管したりこれを任意に処分したりする権限を有しその業務に従事するものとは認められないのである。それ故被告人が前記委員長なる名下に受け取つた金員を農業協同組合に預金して保管していたとしても、それはいわゆる業務としてしたものではなく単純な委員会からの依託に基いてした占有であり預金の形式による保管であるとしなければならない筋合である。従つて被告人がこの預金を委員会の承認を求むることなく勝手に前記用途に充当するために払戻を受けるにおいてはそのときにおいて刑法第二百五十二条の着服横領の罪を構成することは間違いないのであるが、これが同法第二百五十三条の業務上横領罪を構成するものとは到底認められない。この点につき後日被告人から委員会に対し無断使用の点について了解を求めその承諾を得たから着服横領罪は成立しないし、更に内金三万五千円については被告人の日当として承認を得ている旨主張するのであるが、後日宥恕を得ても犯罪の成立には何ら影響のない事柄であり、又たとえ委員会に対し被告人において請求し得る債権があるにしてもその正式の承認を得ないで委員長なるが故に勝手にその相当額を自己の用途に使用することが適法視されるものでもない(この承認あることは証拠上窺えない)から、この主張はもとより採用し難いが、原判決が被告人の所為を業務上横領の所為と認定したことは結局において事実認定を誤つたものであつてその違法は判決に影響を及ぼすことの明らかな場合であるから論旨はこの限度において理由があることとなる。
然らば以上説明したとおりいずれにするも論旨は理由があることに帰し原判決は破棄を免れない。
よつて刑事訴訟法第三百九十七条に則り原判決を破棄し、同法第四百条但書を適用し当裁判所自から更に判決をする。なお、本件業務上横領の起訴に対し当審において単純横領罪を認定することは本件事実関係にかんがみ被告人に利益となる事柄でもあるので訴因変更手続を経由することは必要でないものと思料する。
当裁判所の認定した罪となるべき事実。
被告人は、昭和三十年二月十九日頃より長野県南安曇郡旧高家村(現在豊科町)の村財政の赤字原因を調査する目的をもつて同村熊倉部落を除く各部落民により結成された高家村赤字対策委員会の委員長となり右赤字原因の調査の仕事に従事していたものであるが、同年三月十四日頃旧村長等から右委員会に対し赤字補填金として金五十万円が提供さるゝや右委員会の依頼によりこれを前記委員長名義をもつて同村にある高家村農業協同組合に預金して保管中、右委員の承認を受けず勝手に自己の生活費、事業資金、貸金等に充当する目的で右農業協同組合で別紙一覧表記載のように同年三月三十日頃から同年五月二十六日頃までの間十二回位に亘り右金員中金二十七万五千円の払戻を受けてこれを着服横領したものである。
(大塚 渡辺辰 江碕)