大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)1896号 判決

被告人 内田捨次郎

〔抄 録〕

論旨は、原審にはその訴訟手続に法令の違反があつて、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れない、というのである。よつて、原判決を査閲すると、原判決は、被告人は飲酒の上昭和三十年十二月二十二日午後四時頃千葉市大宮町坊谷津字「タランボ山」地先山林内を通行中石井てる(当三十六年)が独りで焚木を取つているのを認めるや劣情を起し、同女を強姦しようと決意し、やにわに同女の右手首を掴んで約五十米先の山奥へ連れ込み、同女の胸部を両手で突き仰向けに倒して馬乗りになり、所携の小鎌を振り上げて「騒ぐな、声を出すとぶつ斬るぞ」と脅した上その小鎌で同女のモンペの紐を切つて引き下げ、その反抗を抑圧して、しいて姦淫したものである、との公訴事実に対し、被告人は右事実を否認し、弁護人は検察官提出の石井てる、加瀬浦五郎、吉岡文雄の各供述調書を証拠とすることに同意せず、かつ証人として採用した右三名は原審公判廷に出頭せず、その所在に対する検察官側の捜査はいまだ十分でないから同人らの検察官又は司法警察員に対する各供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号又は第三号によりこれが証拠調をなすことはできないものとし、結局本件についてはこれを認むべき犯罪の証明がないものとして被告人に対し無罪の言渡をしたことは判文上明らかなところである。しこうして記録を調査すると、昭和三十一年二月二十七日の原審第一回公判期日に被告人が前記公訴事実を否認し和姦なる旨主張したため、検察官は犯罪事実証明のため証人として前記石井てる及び加瀬浦五郎、吉岡文雄の各尋問を求め、原審裁判所は右三名を証人として同年四月四日の第二回公判期日に召喚する旨決定しその召喚状を発送する一方、検察官から右三名はいずれも箕直しを業とし山中に住んでいる関係上召喚状の送達が不可能な旨連絡があつたので更に千葉警察署に対し所轄駐在所をして右第二回公判期日に出頭するよう取り次ぎ方連絡ありたき旨依頼をしたところ、前記三名に対する召喚状はいずれも送達不能となり、かつ千葉警察署からも同年三月二十六日同人らの現住所不明のため連絡不能の通知があつたのであるが、その後検察官の命による千葉警察署捜査の結果、右三名は当初千葉郡泉町多部田七百九十九番地に居住していたところ、そのうち前記吉岡文雄は同年一月中旬頃無断転出しその行先不明となり、他の二名石井てる及び加瀬浦五郎はその二、三日後他に転出し一時所在不明となつたが、間もなく両名とも千葉市金親町字「ゲナイ」山林中の小屋に居住していること判明し、同年三月三十一日及び同年四月二日の二回に亘り千葉警察署小川巡査が同所に赴き、右石井てる及び加瀬浦五郎に対し同年四月四日の原審第二回公判期日に出頭するよう示達したのであるが、右両名ともついに右原審第二回公判期日に出頭せず、原審裁判所は同公判期日において更に前記三名を証人として同年四月二十五日の第三回公判期日に喚問する旨決定したのであるが、右三名とも右第三回公判期日にも出頭しなかつたため同公判期日に検察官は前記吉岡文雄の所在が不明であるとして同人の検察官に対する昭和三十一年一月六日付供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号前段の書面としてこれが証拠調の請求をしたところこれに対し、原審裁判所はその理由なきものとして却下し、なお検察官において同人の所在を捜査し報告すべき旨を命じ、石井てる及び加瀬浦五郎に対してはいずれも勾引状を発布して引致次第尋問すべき旨を申し渡し、次回公判期日を同年五月二十一日午前十時と指定したが、同日の第四回公判期日にも右三名はいずれも出頭せず、右石井てる及び加瀬浦五郎に対する勾引状の執行もできなかつたので、検察官は同人らの所在は不明であるとして刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号又は第三号に則り石井てる及び加瀬浦五郎の各司法警察員並びに検察官に対する供述調書及び吉岡文雄の検察官に対する供述調書を提出し、その証拠調の請求をしたところ、原審裁判所はいずれもその理由なきものとして右証拠調の請求を却下し、次いで検察官のこれに対する異議申立に対しても、証人勾引状の効力はまだ持続しており、証人申請を維持しながら供述調書の取調請求をなすのは失当であるとしてこれを却下しなお、証人吉岡文雄に対する採用決定を取り消し、同人に対する証人尋問の請求を却下する旨決定を宣したこと、次いで同年五月二十二日には千葉警察署長から原審裁判所に対し、前記証人石井てる及び加瀬浦五郎に対する同年四月二十五日付発布の各勾引状は同人らの前住居地である千葉郡泉町多部田及びその後の転出先である千葉市金親町地先の山林中の小屋その他につき所在調査するも転出先不明のため執行不能に帰した旨回答があり、同年五月三十日の原審第五回公判期日においては、原審裁判所はさきに採用した証人石井てる及び同加瀬浦五郎に対する証人尋問決定を取り消し、その請求を却下する旨の決定を宣し、次いで検察官から右証人石井てるらの所在につき捜査したが不明であることを立証するため司法巡査小川正の「所在調査方について」と題する書面の証拠調を請求した上刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号又は第三号の規定に則り石井てる及び加瀬浦五郎の各司法警察員並びに検察官に対する供述調書及び吉岡文雄の検察官に対する供述調書の取調請求をしたところ、右供述調書の取調についてはいずれもその請求を却下し、これに対する検察官の異議申立についても現段階においては、同人らは所在不明とはいい難く、何らかの捜査方法があると考えられるとしてこれを却下したことは原審第一回乃至第五回公判調書その他一件記録に徴し明らかなところである。按ずるに、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号又は第三号にいわゆる所在不明には、当時その所在につき相当の搜査の手段を尽すも判明しないいわゆる一時的所在不明の場合をも含むものであることは、同条の解釈上疑をいれないところであるが、いかなる程度に搜査の手段を尽したときをもつて所在不明と認めるかは、社会通念に従い原審の決するところに従うべきところではあるが、一方においていまだ所在不明とはいい難いとしてその供述調書の取調を却下する場合にはその者に対する証人尋問の決定はなおこれを存して相当の期間検察官をしてその所在につき捜査の手段を尽さしめるべきであり、しかる後証人尋問を施行するか、若しくは所在不明者としてその者の供述調書につき証拠調をなすべきであり、また証人の居所が不明であるとし、若しくは証人に対する勾引状がその居所不明のため執行不能となつたため証人尋問の施行不能なりとしてこれが証人尋問の決定を取り消したような場合には当然その者の供述調書は刑事訴訟法第三百二十一条第一項に則りこれが証拠調をしなければならないものというべきであつて、いずれにしてもこの場合検察官請求の証拠調を終らないで結審して判決の言渡をするがごときことは許されないものといわなければならない。これを本件についてみるに、原審裁判所は前記のごとく、原審第四回公判廷において、検察官より証人吉岡文雄の所在が不明であるとして同人の検察官に対する供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号の書面としてその取調請求がなされたのに対し、その理由がないものとして却下した上さきになした同人に対する証人尋問決定をも取り消し、これが検察官の証拠調請求を却下しているのであり、なお原審第五回公判廷においても検察官から重ねて右吉岡文雄の検察官に対する供述調書を同条項第二号の書面として取調請求がなされたのに対し現段階においては同人はいまだ所在不明とはいい難く、何らかの捜査方法があると考えられるとしてこれが証拠調請求を却下しているのであるが、これによれば原審裁判所は、右吉岡文雄はいまだその所在が不明であるとはいい難いものとして同人の検察官に対する供述調書の取調請求を理由なきものとして却下したのにかかわらず、一方においては同人に対する証人尋問については、その居所不明のため尋問不能なりとしてその採用決定を取り消し、検察官の証人尋問請求を却下しているのであつて、その措置たるや全く前後矛盾し、結局検察官の証拠調請求を何ら理由なく却下したことに帰し、審判の手続に関する法則に違反したものといわなければならない。しこうして原審裁判所は、前記のごとく、原審第五回公判廷においてさきに発布した証人石井てる及び同加瀬浦五郎に対する勾引状がその所在不明の理由によつて執行不能となつたためこれが証人尋問の決定を取り消し、検察官のこれが証人尋問請求を却下しながら、次いで検察官のなした刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号、第三号の規定に基く同人らの検察官並びに司法警察員に対する供述調書の取調請求に対しても、同人らはいまだ現段階においては所在不明とはいい難く何らかの捜査方法があると考えられるとしてこれが請求を却下しているのであるが、若し原裁判所のいうがごとく、同人らの所在が現段階においていまだ所在不明とはいい難いならば、さきになした同人らに対する証人尋問の決定は勾引状の執行不能にかかわらず、なおこれを存し、これが証人尋問の施行を図るべきであり、またもし、勾引状の執行不能が同人らの所在不明に基因したものとしてその尋問決定を取り消したものとすれば、同人らの前記各供述調書についてその取調をなさなければならないものといわなければならない。これを要するに、原審のなすところは前後矛盾し、結局何らの理由なくして犯罪事実の在否の証明に欠くことのできない検察官の証拠調請求を却下した上証拠調を終らないで結審し、判決の言渡をしたものであつて、原審は、所論のごとく、刑事訴訟法第三百二十一条第一項のいわゆる所在不明の意義を誤解したか若しくは刑事訴訟法に定められた審判の手続に関する法則に違反したものというべく、この違反が判決に影響を及ぼすことは当審における証拠調の結果に徴しても明らかなところであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。結局論旨は理由がある。

(花輪 山本 下関)

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