大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)1941号 判決

被告人 永沢健次

〔抄 録〕

被告人が昭和三一年三月三日、静岡県周智郡森町五川字赤根大洞院川南岸の通称赤根坂において、永沢高吉(当時六二年)を右川の中に投げ込んだ上、附近の土橋を渡つて対岸へ廻り川の中でもがいている同人の首筋を力一杯に押しつけ、よつて以て、即時同人を溺死させて、これを殺害したという原判示事実は原判決の挙示する、これに照応する証拠によつて、優に、証明することができるのであるが、右永沢高吉が被告人の尊属親であつたかどうかという点について按ずるに、原判決が認定した所によれば、被告人は永沢はるの私生子として生れたのであるが、戸籍上は同女の義兄に当る大石郡次郎の六男として出生届がなされた。そうして、昭和一七年一一月五日に、右大石郡次郎夫婦が承諾者として、はるの実兄に当る永沢高吉と養子縁組をした旨の届出がなされ、被告人は昭和二八年頃から右高吉と同居するに至つたというのである。おもうに、旧民法第八四三条第一項によつて、養子となるべき者が一五年未満であるとき、これに代つて縁組の承諾をすることのできる「家ニ在ル父母」の代諾たるや、法定代理にもとずくものであるが、その代理権の欠缺した場合は、一種の無権代理と見るべきである。それ故に、養子が満一五年に達した後は、「家ニ在ル父母」でない者のした代諾による養子縁組を追認することができ、しかも、この追認は養子から養親に対して明示若しくは黙示の意思表示をもつてすることができるものと解すべきである。被告人と永沢高吉との間の養子縁組につき代諾をした大石郡次郎夫婦は、被告人にとつては、旧民法第八四三条に謂う所の「家ニ在ル父母」ではなかつたので、該代諾はまさに代理権なき者の代諾ではあつたけれど、だからといつて該代諾による右養子縁組をもつて法律上無効と断ずべき謂われはなく、養子となるべき被告人の有効な追認があれば、該縁組は有効に成立したものとみて妨げないのである。しかり、而して、当裁判所が親しく被告人永沢はる、大石郡次郎につき取調をした結果に徴するに、該縁組の当事者間に縁組をする意思に毛頭缺くる所はなく、被告人は原判示犯行当時まで、永沢高吉に対しては、みずから子として仕え、しかも昭和二八年四月頃からは、これと同居するに至つたのであつて、被告人において明示的意思表示こそなけれ、黙示的に右養子縁組を是認していたのであるから、前示大石郡次郎夫婦の代諾は被告人において有効に追認されたものと見ることができる。してみれば、原判示犯行の被害者永沢高吉は、法律上被告人の養親であり、刑法第二〇〇条にいう所の直系尊属であつたといわなくてはならないのである。しかるに、原判決は、右養子縁組をもつて法律上無効であり、従つて、被害者永沢高吉は被告人の直系尊属にあたらないと断じたため、原判示殺人の事実に擬するに刑法第一九九条をもつて被告人を処断した。この措置たるや、事実を誤認した結果、刑法第二〇〇条を適用しなかつた誤を犯したものである。これ、明らかに、判決に影響を及ぼすべき誤であるというべきである。それ故に論旨第一点は理由あるものというべきであるから、原判決はこの点において、とうてい、破棄を免れない。

(中野 尾後貫 堀真)

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