大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)2049号 判決

被告人 谷平兼治

〔抄 録〕

論旨第一点。

被告人が、その所有に属する原判示農地の上に昭和二十九年十月下旬頃橋田芳雄をして原判示住宅を建築させて、同農地を宅地に転用したことは記録ないし証拠により明白なところ、右宅地転用につき農地法所定の手続を経て神奈川県知事の許可を得た事実、その他同法第四条の違反を内容とする違法性を阻却すべき同法掲記の諸事由は、記録上ついにこれを認めることはできない。もつとも、記録によれば、被告人は、予ねて農地法第五条の規定に基き右農地以外の目的に転用するため、その所有権を実子の清繁に移転することの許可申請書を神奈川県知事に提出していたところ、同県当局がこれを紛失したことなどの事情から右許可申請に対する同県知事の許可ないし不許可の行政措置が相当期間遅延するに至つたこと及びその遅延するところがなかつたら被告人の右宅地転用の所為までには、右農地周辺の状況から見て当然宅地に転用されて然るべき客観的事情があり、従つて、地元農業委員会においても宅地転用を相当とする意見具申の決議を為した事情等から見て、右申請に対する許可も或いは可能であつたろうことは窺い得られないわけではないけれども、右許可申請は、もともと、譲渡人である被告人及び譲受人である谷平清繁両名の申請にかかるものであつて、仮にこれに対する許可があつたとしても、譲受人である清繁は、第五条第二項、第三条第三項の規定によつて許可と同時にこれに附されることのあるべき条件の内容如何によつては、他人に対する譲渡ないしは他人による住宅建築は不可能な場合のあるべきことが予想されるばかりでなく、たとえ、事前において近い将来に右の如き附款のないままの許可が予想されたとするも、苟くも県知事の許可なくして農地を宅地に転用した所為ある以上、他に農地法第四条所定の除外事由の見るべきもののない本件においてその所為をもつて違法性なき所為であるとして、本件犯罪の成立なきものということはできない。なるほど、人の行為がたとえ形式上刑罰法規に触れるところがあつても実質的な違法性を欠く場合犯罪の成立なきは理論上首肯せざるを得ないにしても、本件被告人の所為は、戦後狭隘な領土に居住を余儀なくせしめられるに至つた膨大な数に達する国民の生存を保障しようとして、農地法第一条の規定によつても明らかなように少くとも農業生産力の増進を図る国政上の目的から私的自治の原則にかかわらず、敢て都道府県知事の許可なくしては農地の宅地転用を原則として禁ずるに至つた農地法所定の行政法規に違反するいわゆる法定犯に属し、国政の一般として国家が、その国民の福祉目的達成のためには、常にその定立を避け難い技術的法規範たることの本質として、法秩序上これに違反することは、とりもなおさず実質的にも違法なのであつて、他にその違反行為の有責性を阻却すべき特段の事由なきかぎり、右の如き近い将来における許可可能性の存在をもつて違法性の阻却事由とすべき筋合ではない。而してまた、事前において、被告人に対し、地元農業委員会の一委員から宅地転用を相当とする同委員会の決議があつたことや、その他の事情から県知事の許可も当然期待されるところであるから、宅地に転用しても良いではないかとの宅地転用の勧誘に近い意見の告知があつたとするも、本件宅地転用の所為の違法性を阻却すべき事由とするを得ないし、また、その有責性を阻却すべき事由とするにも足りない。

所論において、本件所為の違法性阻却の一事由として県知事による予測的同意の存在を主張する。しかしながら講学上行為の違法性を阻却すべき事由として挙げられる予測的同意とは、例えば、外科手術の途中緊急止むを得ない治療上の必要として患者の同意を得ずして拡大手術を行うが如き場合に、被害者がその具体的事情を知るにおいては当然事前に同意したであろうことを客観的に判断し得る場合、現実に同意があつたのと同様に取扱わねばならない場合の同意のことであつて、本件所為は右とは全くその事情の性質を異にするばかりでなく、前段に説明したような本件罰則法規の本質に照らし、右の意味における予測的同意の観念を本件に適用し得べきかぎりではない。所論もまた採用するに由がない。

論旨はすべて理由がない。

(三宅 河原 遠藤)

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