東京高等裁判所 昭和31年(う)2342号 判決
被告人 宮本一
〔抄 録〕
所論は要するに原判決には事実誤認の違法がある旨主張する。仍つて本件記録を精査し、原判決を仔細に検討勘案すれば、原判示事実中被告人が昭和二八年六月埼玉県北葛飾郡庄和村大字大衾五一六番地朝倉病院に入院しその後翌二九年三月末東京都北多摩郡清瀬村国立療養所で整形手術を受けるため一旦同病院を退院し、手術後同年八月初旬再び右病院に復帰し引続き療養生活をしていたが、同三〇年五、六月頃から同病院長朝倉忠孝の被告人に対する診療態度その他に不満を懐いていたところ、同年七月一八日夜同病院附近の飲食店で飲酒をして一旦は就寝したものの、翌一九日午前二時三〇分頃、酔余の勢を駆つて右朝倉に対する日頃の鬱憤を霽らそうと企て自己の入院室を出て右病院構内の朝倉忠孝方前に至り、同人に対し「院長だな、命を貰いに来た」などと呶鳴りながら、その附近にあつたこん棒(昭和三一年押第八六一号の一はその後若干削つたもの)を以つて同家の玄関の硝子戸及び窓硝子等を叩き割るなどしたが、その現場に右朝倉とともに同人の求めに応じた同病院栄養士岩井博美外数名の職員が駈けつけ、被告人を取り鎮めようとして、こん棒で被告人の顔面、背部、足等を殴り押し倒したため、被告人は「やつたな」と叫びその言動に難を怖れて逃げようとする同人等の後を追い縋つて、右朝倉方横庭で「この野郎」と怒号しながら、所携のナイフ(刃渡り約六糎、前同押号の二)を以つて偶々躓いて俯伏せに転倒した右岩井の右腋下を突き刺し因つて同人に約二ケ月間の安静加療を要する右側胸壁刺創兼右肺損傷兼血胸の傷害を与えた事実は原判決挙示の全証拠を綜合すれば優にこれを認めることができ所論の総べてを参酌するも此の部分に関する限りにおいては原判決には事実誤認の違法その他採証法則違反の廉は存しない。然し乍ら原判示事実中被告人が朝倉忠孝岩井博美外数名の職員を憤激の余り殺害しようと決意するに至つたとの点及び殺害の目的を遂げなかつたとの点については原判決挙示の全証拠を仔細に検討勘案し且つ本件記録を精査するも到底これを認め難く、此の点原判決には事実誤認の違法があるものと認められるのである。
今これを詳説するに、
原判決挙示の証拠中には、被告人が判示の如く朝倉忠孝、岩井博美外数名の職員により殴打され憤激の余り殺害しようと決意したと認むべき証拠は全然これを見出すことができないのであるが、只僅かに被告人が朝倉忠孝に対して殺意を有していたと認むるに足りるかの如き証拠として朝倉啓子の司法警察員に対する供述調書中に同人の供述として「七月一九日午前四時半頃の事でありましたあの朝午前二時頃宮本が私宅の表玄関のガラス障子を打ち壊し乍ら主人に院長お前の命を貰いに来たと云い乍ら表玄関のガラス戸をメチヤメチヤにたたき壊した勢いに主人は怖れて了い私にお前隣の金沢先生に話しそして警察へ届けろと云い乍らズボンをはき身仕度をして居りますと宮本は何俺を警察へ売る俺はお前の命を貰ふんだ左へ逃たら命はないぞと云う様な事を云つているので主人は驚いて裏から逃げて了いました。私は一人で病院正門の方へ歩いて来た時病院正門前で春日部警察南桜井派出所の市川部長と五分刈のお巡りさん二人で宮本一を連れて部長派出所の方へ連れて行くのに会いましたすると宮本は私に対しおい院長に云つておけ、これが最後だと思うな必ず殺つてやるからそう思えと云う捨ゼリフを私に云いましたので私は恐しくなり私はふるえ上つて了い家へ帰つてからも怖くて仕方がありませんこの様な事を云う位ですから私の主人を殺す積りで宮本は私方を襲つた処主人と思つて刺したのが間違つて岩井さんだつたのだろうと思われるのでありますというのは主人と岩井さんは身長も大体同じ位だし身体つきも大体同じ様だし偶然にもはいていたズボンが鼡色のギヤパ長ズボンで普通のワイシヤツに腕をまくり上げていたのも主人と岩井さんが同じなのでありましたからであります」との記載があり又原審第二回公判調書中原審証人金沢勝男の供述として「被告人は長さ一米と一寸太さ三糎角位の棒を持つていたので私がどうしたと聞いたら被告人は院長を殺すぞと云つて居りました。被告人は尚も院長をぶつ殺すと言い乍ら入口のガラスを破ろうとしたので私はどんな話か知らないが酒を飲んでいないとき来て話したらどうかと宥め被告人の持つている棒を取り上げ何とか納めようとしたのですが被告人が棒を返せドスを持つているぞと云つたので私は折角取上げた棒を又被告人に返して了いました」との記載があり又更に同公判調書中原審証人朝倉忠孝の供述として「七月一九日一二時前後頃だつたと思います、私は何だろうと思つて宮本ではないかと声を掛けたら被告人は院長だな命を貰いに来たと言い出し私は直感的に殺意を感じたので急いで玄関の戸を閉め奥へ引込んで了いました被告人はその間に台所のガラスをこわしたり格子戸をたゝいたりし更に私方の横へ迫つてそこのガラス戸をこわしたりして居りまして家の中と外で私との間に忠孝出て来い殺してやるぞ宮本何の用で来たんだ等と二、三問答がありました。被告人は殺気立つて居り何が何でも家の中へ入ろうという気配を示して居りましたから私は被告人に殺されるのではないかと思いました」との記載があるのみであつて他に被告人の殺意を認定すべき証拠は全然存しないのである。而して右朝倉啓子、金沢勝男、朝倉忠孝の各供述たるや本件犯行前からの被告人に対する同人等の悪感情その他諸般の関係から必らずしもこれを措信し難いのみならず、仮に被告人の言動において前記供述の如きものありとするも、被告人が真実朝倉忠孝を殺害する意思を有していたか否かは俄にこれを決することを得ないのであつて、当時被告人は原判示にもある如く多量の飲酒をなしての酔余の勢を駈つて判示病院構内の朝倉忠孝の自宅に赴きたるものであつて前記言動たるや単なる朝倉忠孝に対する嫌がらせ若しくは脅しに過ぎないものと認むべきであることは被告人に対する司法警察員及び検察官の各供述調書中同人の供述記載に徴し首肯し得られるのである。
これを要するに原判示事実中被告人の殺意の点を除くその余の事実は原判決挙示の証拠により優にこれを認むることができるのであるが、被告人が判示の如く朝倉病院職員多数により殴打された憤激の余り殺害しようと決意したとの事実は原判決挙示の証拠を以つてしては末だ到底認め難く、その他本件記録上これを認むるに足る証拠は一も存在しないのであつて、原判決には此の点において事実誤認の違法があり右違法は判決に影響を及ぼすことが明かであるから、原判決は到底破棄を免れない。
(山本謹 渡辺好 石井)