東京高等裁判所 昭和31年(う)2435号 判決
被告人 吉岡平
〔抄 録〕
検察官の控訴の趣意第一点及び第二点について。
原判決は、被告人は自動車運転者であるが、昭和二十八年十月十三日午後六時三十分頃事業用乗合自動車第二―六〇九一五号を運転し神奈川県足柄下郡酒勾町酒勾二十四番地の一先国道上を小田原方面より東京方面に向い時速約三十粁で進行中約百米先の道路左端を同方向に向つてそれぞれ自転車に乗つて走つて行く菊地繁蔵(当五十九年)他二名位を認め、その右側を追い越そうとしたが、自転車は一般に何時その方向を変えるかも図り難いから自動車運転者としてはあらかじめ警音器を吹鳴して警告を与え、その反応を待ち安全を確認して追い越し危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務あるにかかわらず、不注意にもこれを怠り警音器による警告をせず同一速度で漫然追越を開始した過失により前記菊地が被告人の自動車の接近に全く気づかず、道路右側へ横断すべく方向を右に変えたのを三、四米手前で認めて初めて危険を感じ急ブレーキをかけハンドルを右に切つたが及ばず、左前フエンダーを同人に接触路上に顛倒せしめ、よつて同人に対し約三ケ月の加療を要する右脛骨内踝骨折の傷害を負わせたものであるとの公訴事実に対し、その外形的事実は争なき真実であるが、被告人が約百米左前方に被害者を認めた後同人が自動車の前路を横切ろうとするまでの間被告人には警音器吹鳴による警告をなすべき義務はなく、したがつて被告人が警音器を吹鳴しなかつたことを以て被告人に過失ありと認めることはできない、またその際被告人のとつた応急措置もまた妥当な措置というべきであるから被告人には何ら過失を認むべき理由はないとして被告人に無罪の言渡をしたことは所論のとおりである。しこうして、原判決は被告人に警音器吹鳴による警告をなすべき義務なく、したがつて被告人に過失なしとした理由として、一、本件事故発生現場の道路の幅は十一米であつて、中央六米はアスフアルトで完全に舗装され、その両側は各二米五十糎の非舗装の平坦な直線の道路であり、中央の舗装道路は専ら自動車等の通行に使用せられ両側の非舗装道路は歩行者又は自転車等の通行に使用せられ、実質的には車道と歩道とに区別されているの観を呈している。二、被告人の自動車は舗装道路の中央よりやや左側を舗装道路の左端と自動車との間隔は約五十糎で進行し被害者は非舗装道路の左端から八十糎の地点を進行していたのであるから、被告人の自動車と被害者とは約一米十糎乃至一米二十糎の間隔があり、而かも道路は直線道路であり、百米位の間は被告人は舗装道路を、被害者は非舗装道路を直進して走つている。而して前方には横断道路はないので通常の場合被害者はこのまま直進するものと判断するを相当と思料せられ、三、かかる交通頻繁なる道路で非舗装道路の通行人に対し一々警告を発する要ありとせば、自動車は間断なく警音器の吹鳴をなすことを要し、到底その煩に堪えない。四、これに反し、被害者は自動車の交通頻繁なかかる道路を横断するに際しその後方を見ることなく、又何ら合図をなすことなく、前記場所において右折して道路の右側に向い横断せんとしたものであつて、後方から進行して来る自動車に全く気づかず、自動車に接触するまで全然認知しなかつたもので重大なる過失ありというべきであるとの事実を挙げている。そこで以上の諸点について検討するに、先ず一、本件事故発生現場の道路はその幅員が十一米であつて、その中央六米はアスフアルトで完全に舗装され、その両側は各二米五十糎の非舗装の平坦な直線の道路であることは記録上明らかなところであるが、中央の舗装道路は専ら自動車等の通行に使用せられ、両側の非舗装道路は歩行者又は自転車等の通行に使用せられ、実質的には車道と歩道とに区別されているの観を呈しているとの点については、当審証人阿部久蔵に対する証人尋問調書及び当審における検証の結果によれば本件道路はその舗装部分と非舗装部分との間には縁石線等による明らかな区分が存しないのみならず、両部分は平行かつ水平に接続しており、舗装部分には自転車を含む各種車輛が通行しており、非舗装部分は歩行者及び自転車の通行を主とするけれども、自転車以外の各種車輛もすれ違いその他必要ある場合には非舗装部分をも通行している実情であることが認められ、かつ「歩道」とは歩行者(小児車を含む)の通行の用に供するため、縁石線又はさくによつて区画された道路の部分をいい、「車道」とは車馬の通行の用に供するため、縁石線又はさくによつて区画された道路の部分をいう旨定めた道路交通取締法施行令第一条の規定に徴するときは、本件道路は明らかに歩道と車道の区別のない道路であることは疑をいれないところであつて、原判決がこれを、中央の舗装道路は専ら自動車等の通行に使用せられ両側の非舗装道路は歩行者又は自転車等の通行に使用せられ、実質的には車道と歩道とに区別されているの観を呈していると認定したのは明らかに誤りといわなければならない。次に、二、被告人の自動車は舗装道路の中央よりやや左側を舗装道路の左端と自動車との間隔は約五十糎で進行し、被害者は非舗装道路の左端から八十糎の地点を進行していたのであるから被告人の自動車と被害者とは約一米十糎乃至一米二十糎の間隔があるとの点につき考究するに、被告人の運転する自動車と被害者との間隔は記録上必ずしも明確ではないのであるが、当審における検証の結果によれば被害者菊地繁蔵の乗用していた自転車は道路の舗装部分の進行方面に向つて左端より約七十糎の非舗装部分の地点を進行していたことが認められ、また被告人の司法警察員に対する第一回供述調書によれば被告人はその運転する自動車の右側のタイヤを道路の舗装部分の中央辺にして走つていたことが窺われ、右舗装部分の幅員が六米、(したがつてその片側は三米)被告人の自動車の幅員が約二米五十糎であつたことは記録上明らかなところであるから自動車と右舗装部分の進行方向に向つて左端との間隔は最大五十糎以内であつたことが推測せられる。したがつて、被告人の自動車と被害者との間隔はそのまま両者が直進するものとすれば被告人の自動車が被害者に追いつき平行した際あるいは原判決の判示するごとく一米十糎乃至一米二十糎であり得たかも知れないではあるが、もとより自転車は軌道車が軌条の上を走るのとは違い、常に必ずしも直進するとは限らないのであり、殊に本件道路は前記のごとく歩道と車道の区別のない道路であるから何時いかなる機会に道路の舗装部分に近より、若しくはその舗装部分の道路上を通行するかも図られないことについては常に自動車運転者として万全の注意を払わなければならないところといわなければならない。されば本件道路は直線道路であり約百米位の間は被告人は舗装部分を、被害者は非舗装部分を直進して走つていたとしても、また前方に横断道路がなかつたとしても、通常の場合被害者はこのまま直進するものと判断することの相当でないことは明らかなところといわなければならない。次に、三、の警音器吹鳴の要否につき按ずるに、被告人は時速約三十粁の速力で乗合自動車を運転し本件現場に差しかかつたものであり、約百米前方に自転車に乗用し同一方向に走つて行く被害者を認めたとしても、たちまちこれをその右側近距離の間隔において追い越すべきことは理の当然であり、かかる場合後車は警音器を吹鳴し若しくは掛声その他の合図をして前車に警戒させ、交通の安全を確認した上で追い越さなくてはならないことは道路交通取締法施行令第二十四条第二項の明定するところであるから、本件において被告人が自動車を運転して自転車に乗用した被害者を追い越すに当つては先ず警音器を吹鳴して被害者に警告を与うべきことは、被告人が自動車運転者として尽さなければならない法律上の義務であるといわなければならない。原判決は、かかる交通頻繁な道路で非舗装道路の通行人に対し一々警告を発する要ありとせば自動車は間断なく警音器の吹鳴をなすことを要し、到底その煩に堪えないといい、あたかも原判決は本件道路の非舗装部分を「歩道」であり、舗装部分を「車道」であることを前提としているかのごとくであるが、本件道路が歩道と車道の区別のない道路であることは前記認定のとおりであり、かつ本件の場合被告人に警音器吹鳴の義務あることもまた前記のとおりであるから、その煩に堪えないからといつて、そのなすべき法律上の義務をも免れ得るものでないことはいうをまたないところである。すなわち、原判決は、以上の事実関係を誤認したか、若しくは前記法令の解釈適用を誤つたものといわなければならない。次に、四、原判決は被害者において自動車の交通頻繁なかかる道路を横断するに際しその後方を見ることなく、又何らの合図をなすことなく前記場所において右折して道路の右側に向い横断せんとしたのであるから、本件衝突事故については被告人に過失なきものであるとし、あたかも被害者に過失あれば、自動車運転者たる被告人において法律上の注意義務に違反しても何らの責任をも負うべき筋合ではないかのごとく判示しているのであるが、かかる場合被害者に過失あることは単に民事上の損害賠償の額の算定に関し過失相殺の問題として考慮せられるに過ぎず、被告人の刑事上の過失責任の有無については何らの消長をも及ぼさないものといわなければならない。なお、当審証人菊地繁蔵に対する証人尋問調書によれば、本件被害者菊地繁蔵は本件道路の非舗装部分を自転車に乗つて進行中、本件事故の直前柴崎留太郎方店の前附近に差しかかつた際右折し道路の右側に向い横断しようとした際他の一台の乗合自動車が警笛を吹鳴して疾走して来たのでこれをやり過し、あらためて右折して道路を横断して右柴崎留太郎方に立ち寄ろうとした際本件事故に遭遇したものであつて、もし被告人においても、右被告人に先行した乗合自動車のように警笛を吹鳴して警告を与えていたならば本件事故は発生しなかつたであろうことは容易に推測せられるところである。しかるに被告人は自己に先行した右乗合自動車のあることにも気づかず、したがつて、一つの自動車をやり過した後においては往々にして後続車のあることに留意せず、その後を不用意に横断せんとする者があることにも意を用いず、漫然時速三十粁のまま通過しようとしたため、本件事故を惹き起したものであつて、被告人に業務上の注意義務を怠り、過失の責むべきものがあることは疑をいれないところといわなければならない。以上説示したとおり、原判決が本件において自動車運転者たる被告人に警音器吹鳴による警告をなすべき義務はなく、したがつて被告人に過失なしとした事由は一もその理由がなく、とるに足らないものというのほかはない。しこうして、以上のごとく被告人に過失の認むべきものがある以上、かりに被告人がその場において衝突の危険を感じその際としては最善の応急措置はとつたものとしても、よつて生じた傷害の結果に対しては責を免れることはできないものといわなければならない。されば原判決は事実を誤認し、かつ法令の解釈適用を誤つたものというべきであつて、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかなところであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。
(花輪 山本 下関)