東京高等裁判所 昭和31年(う)2853号 判決
被告人 和泉田宗吉 外二名
〔抄 録〕
各論旨中事実誤認及び法令適用の誤を主張する部分について。
原判決挙示の証拠によれば、被告人等の犯意の点を含めて原判示詐欺の犯罪事実を肯認するに十分であつて記録を精査検討するも右事実認定に何等の過誤は存しない。すなわち、関係証拠によれば、被告人等はいずれも茨城、群馬、栃木の各県下において原判示のような貸金業を営む日興殖産株式会社の営業に関与して来た者であるが、経営上の問題で右会社の他の首脳者と意見を異にするに至り同会社の茨城県下の水戸、下館、大子の各営業所における営業すべてを同会社より分離独立して新たに堅実な経営を目標に新会社を設立することを協議決定し、ここに昭和二十八年二月二十日頃原判示株式会社日興殖産(大蔵省受理第七十五号)(以下単に会社と略称する。)を発起設立することとなつたのであるが、その設立の法的手続その他は一切この方面に通暁しているという被告人飯島徳二において受け持ち、同人において被告人等他の発起人がそれぞれ数百株の株主とされているに拘らず現実に同人等から直接払込金を納付しない儘、当時水戸、下館、大子の各営業所に保有している出資応募者の醵出した金員のうちから合計金二百五十万円を一時流用して会社資本金二百五十万円が真実各割当額に従い発起人等から払込まれた如く仮装し銀行預金とし手続書類を完備し会社設立の諸手続を終了し、右各営業所の提供した右金員は右手続終了後間もなく会社本社に要する経費として一部を控除本社に留保した外はすべて元の各営業所に還元したものであつて、ここに商法の要請する会社資本の充実を脱法的行為により免れ、この事実は勿論外部に公表せず、現実に株金の払込のないことは被告人一同の知悉し居ることであり、その会社設立の手続については飯島以外の者はすべて如何に作為されたものか全く無関心で会社資本が果して充実しているかどうか全く意に介しなかつた事実が認められるのであるし、又会社はその設立に際しては前記日興殖産株式会社の茨城県下の水戸、下館、大子の各営業一切すなわち貸付金債権、応募出資払込金債務その他を現状の儘引き継ぐこととなつたのであるが、その債務超過額合計約六百万円に及びこの儘の状態では行先が不安であり果して堅実な経営ができその業績を振興させることができるかどうか、被告人等を含む発起人の多数は多分に危惧の念を懐いていたのであるところ、被告人飯島の各自が努力して出資払込者を多数募集できれば心配はないという楽観論が採用されることとなり、ここに経営の重点を出資者の募集に置き会社を発足せしめることとなつた事実竝びに被告人等新会社の重役のうちには僅かに元憲兵で多少法律的知識を持ち北海道において短期間金融業に関係し失敗の経験を有する被告人飯島以外この種貸金業経営の経験者はなく、金融や会社経営に関する理論、計理上の根拠も全くなく唯々無計画、放漫なその場当りの経営をなし、その主目標である出資者を募集するための方便として徒らに各営業所傘下の出張所の増設(従つてこの結果は従業員の増加となる)に努めたために人件費交通費その他の経費が相当巨額に達し、一方貸付先の獲得竝びにその選択等に意を払わなかつたために貸付金の利息竝びに元金の回収も円滑に行かず貸付先も期待のようには増加せず、これに加えて出資金の返還時期の到来とともに発足後数ケ月に達しないうちに漸次その経営が苦しくなり、応募払込まれた出資金は貸付金に廻す余裕のない程会社経費や出資金の返還のための資金に充当せざるを得なくなり、ここにいわゆる自転車操業を続けるの止むなき状態となり、遂に原判示のように支払遅延、支払不能の状態を現出するに至つた事実が明らかであり、又会社の機構上の欠点が存在し各営業所が独自の経営をなし、本社経費は適宜各営業所において分担供出していた関係上、その業績について本社に対する正確な報告を秘匿するの傾向があり、本社においてそのために全体に亘る経営状態を的確に把握することができなかつた事実や本社より監督官庁に対し報告すべき事項については、会社設立当初より本社において主として被告人飯島の指示により各営業所の報告に基く数字を改変したりして会社に都合の良いように作為し宛かも会社の経営が健全で安定しているように取りつくろつた文書を作成して報告をしていた事実等が明らかである。
以上の諸事実によれば、被告人等は会社設立の当初において会社の資本が充実しておらず出資金債務と貸付金債権の差が相当額(六百万円余)にのぼりこの儘の状態では会社経営が堅実でなく何時債務超過のため経営に行詰りを生じ支払不能の状態に陥るかも知れないという予見を持ちながら、自己の金融業に関する無智無能から、このような状態の発生の危険に関する関心を欠き単純にこのような結果の発生はあり得ないものと盲信し何等適切な手段を講ずることもなく、ここに相互に意思通じ会社を創設しその事業を発足せしめ、敢えてこのような事実を秘匿し健全な貸金業者であるものとしてその趣旨において原判示出資者を募集し又各営業所係員を通じて募集せしめたものであるから、ここに被告人等においては少くとも原判示詐欺のいわゆる未必的な故意を有したものと推認するのが相当であり、且つ、原判示のように共謀したものと認定するのが相当であると思料されるのである。被告人飯島は、同人の所属する本社においては、各営業所がいずれも前記のように独立採算制を取つており本社に対しその経理内容を秘匿しその真実の状況を報告して来ていなかつたから、昭和二十八年六月頃下館営業所等における出資金払戻遅延の事態が発生するまでは、その経営状態の悪化したことは承知していないのであるが故に同被告人においては他の被告と共謀してこのような支払不能に陥るべき事態を秘匿したことなしと主張するけれども、右飯島においては会社発足から引き続いて終始その経営状態を知悉していた事実は、関係証拠上優にこれを肯認することができるのみならず、かりに正確に同被告人において会社営業状態全般について逐一知悉していなかつたとしても、その会社創設当初においては前叙の如く同被告人において主導的立場にあつたものでありその会社経理の内幕も十分知悉していたものと認められ原判示共謀の事実は明らかであつて、会社発足後における経理内容の詳細を知悉しないということはそのような機構に会社を置いたこと自体が同被告人の無智無能無関心を現わしている問題であり同被告人の未必的故意を推測せしめる一事項であつて右被告人の刑責を消滅せしめるものではない。又、被告人和泉田において昭和二十八年六月頃以降会社取締役竝びに下館営業所長を辞任したことは明らかであるが、証拠上爾来右営業所長としての仕事には従事していなかつたが、なお顧問として関係を持ち全然会社を去つたものでもないのみならず、一旦犯行を共謀しこれに加担した者において犯罪の実行に着手後その共謀の意図を放棄しその実行を中止しても他の共謀者による犯罪の実行を阻止しないかぎり、犯罪の共謀者としての責を免れることのできないものであることは多言を要しないところであるから、本件において被告人和泉田が本件詐欺(本件については原判決は全体を通じて包括的一罪を認定している。)の犯行に共謀加担した以上、右の如き事実ありとしても、これは犯情として他の共謀者より軽く評価される理由にはなるにしても、犯罪そのもの(特に包括的一罪を構成する昭和二十八年六月一日以降の分について)の成立を阻却すべき事由とすることは許されないところである。又事実関係にして以上のとおり間違いなしとすれば、原判決が正当に擬律したように詐欺罪を構成するや勿論であつてこの間の被告人等の行為が所論のような貸金業等の取締に関する法律違反或は商法違反を構成するものがあるとしても、これらの事実について公訴の提起がなされていないのであるから、これらの罪の成否まで敢えて論及する必要はなく又論及判断するを許されないものである。
以上これを要するに原判決には所論のような事実誤認乃至法令の適用の誤は全く存しないから、論旨は理由がない。
(大塚 渡辺辰 江碕)
註・本科破棄は量刑不当。