大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)931号 判決

被告人 申基夫

〔抄 録〕

弁護人の控訴の趣意第一点について。

刑法第二百四十条後段は、犯人が財物強取の手段とすると否とを問わず、その強盗の機会に被害者に暴行を加え、因つて死に至らしめた場合を規定するものであり、且つその際殺人の犯意があれば強盗殺人罪、その犯意がない場合は強盗致死罪を以て論ずるものと解すべきであるが、これを本件についてみるに、原判決挙示の各証拠によれば、原判決において認定するように被告人は、昭和二十九年五月九日午前零時ころ、長野県大町市大字平東京電力株式会社高瀬川第一発電所北方約三百米の道路上において原判示の被害者金原良から同女の所持する金品在中のハンドバツクを強取しようとしたところ、同女が抵抗したので、その抵抗を抑圧するため右腕を同女の頸部に巻いて締めつけ、同女を仮死の状態に陥し入れた後、同女を自己の運転していた自動三輪車の助手台に荒繩で縛りつけ、同女が地上に落したハンドバツクを強取し、同女を乗せたまま右自動三輪車を運転して大町市大字大町北原町所在山田留一所有のヱビス林檎園に至り、同所で、なお仮死の状態にあつた同女の両手をビニール製風呂敷で緊縛し、同林檎園内の肥溜の糞便中に同女を投げ入れた事実が明らかであるが、司法警察員警部補作田英明作成名義の検証調書、昭和二十九年五月二十六日付司法警察員巡査部長長沼嘉一作成名義の実況見分書及び原審の検証調書の各記載を総合すると、被告人が金原良のハンドバツクを強取した場所から、同女を投げ入れた前記肥溜の所在場所までは約二粁の距離で、被告人の前記自動三輪車によれば二十数分で到着し得たことが認められるし、また、被告人の検察官に対する供述調書の記載、並びに当審の証人福沢不二雄の証言及び原判決に挙示する同人の死体鑑定書の記載を総合すると、被告人は、頸部を締めつけられて仮死の状態となつた金原良を、すでに死亡したものと誤信し、その死体を処理して犯跡を隠ぺいしようとして、前記のように自動三輪車に縛して前記林檎園まで運搬し、肥溜中に投げ入れようと考えたが、その際、若し同女が未だ完全に死亡しておらず、肥溜に投げ入れた後に蘇生するようなことがあつては、自己の犯罪が発覚するおそれあることに気付き、その蘇生を妨げ、完全に死亡せしめる意思で、同女の両手を前記のように緊縛して肥溜中に投げ入れたものであり、金原良は、被告人によつて肥溜中に投げ入れられるまでは未だ完全に死亡しておらず、いわゆる仮死の状態にあつたが、肥溜に投げ入れられた後に仮死より完全な窒息死に移行したことが明瞭である。

してみれば、被告人が金原良の頸部を締めて仮死の状態に陥し入れハンドバツクを強取した強盗の所為と、同女を肥溜中に投げ入れた所為との間には、場所的、時間的に多少の距離間隔があるけれども、その間被害者金原良が仮死の状態を継続していたような極めて近接したものであり、後の行為は前の強盗の行為と継続して密接な関係を有する一連の行為であるから、後の行為は前の強盗の犯行の機会に行われたものというべきであり、しかも後の肥溜に投げ入れる行為の行われた後に金原良が死亡したのであるから、被告人の本件行為は全体として刑法第二百四十条後段所定の結合罪に該当するものというべく、前の強盗の犯行と後の肥溜への投入行為とが別個独立の犯罪を構成するとの論旨は失当である。

また前記のように、被告人は、仮死の状態にある金原良の蘇生を妨げ、完全に死亡せしめる意思を以て、同女を肥溜中に投入したのであるから、たとえその際、被告人の心裡に、同女が既に死亡しているものと考えた一面があつても、被告人は殺人の犯意を以て右の所為に出たものと認めるのが至当であり、この点また原判決には所論のような事実誤認の違法はない。

ただし原判決においては、被告人が金原良のハンドバツクを強取した後、仮死の状態にある同女を自動三輪車の助手台に縛りつけ、これを運転してヱビス林檎園に至り、蘇生を恐れ、殺意を以て同女の両手をビニール製風呂敷で緊縛し、右林檎園内の肥溜中に投げ入れ窒息死に至らしめ、以て殺害したと判示し、仮死の状態にあつた同女が、被告人により肥溜の糞便中に投入されたことに因り死亡の結果を発生したもののように認定しているが、原審において取り調べたすべての証拠及び当審の事実審理の結果に徴しても、金原良の窒息死が被告人の右投入行為に基因することを確認することができない。しかしまた一面、同女の死亡が被告人の前記頸部絞扼に因るものであつて、肥溜中に投入する行為の有無に拘らず、絞扼による仮死の状態からそのまま死亡に移行したものであること、又は頸部絞扼と肥溜中への投入との両行為が競合して死の転帰をもたらしたことのいずれであるかを明認すべき資料にも乏しい。ただ被告人の右頸部絞扼及び肥溜の糞便中への投入の各行為のいずれか、又はそれらの行為の競合が、金原良の窒息死の原因となつたのであつて、被告人の右行為以外の他の原因が右の結果を発生させたものでないことは、原審及び当審の各証拠によつて明らかにこれを認めることができるのである。それ故原判決の前記事実認定には、誤認の疑が存するのであるが、未だこれを所論のように明確な事実誤認と断定することはできない。

而して被告人が、金原良に対し頸部絞扼等の暴行を加えてハンドバツクを強取し、その機会に仮死の同女を肥溜へ投入する等の行為をし、その間殺意を生じ肥溜への投入行為が同女を殺害する意思を以てなされたものである以上、冒頭に説示したとおり、被告人の右全行為と金原良の死亡の結果とを併せて、被告人の右行為は、刑法第二百四十条後段の強盗殺人の既遂を以て論ずるのが相当と解すべく、従つて結局、原判決には所論のような事実誤認又は法律の適用を誤つた違法はないことに帰着するから、論旨はすべて理由がない。

(谷中 坂間 久永)

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