東京高等裁判所 昭和31年(く)83号 決定
本件抗告理由の要旨は、抗告申立人は昭和二八年一二月二一日宇都宮地方裁判所において強盗強姦殺人被告事件により有罪の判決を受け之に対して控訴を申し立てたが昭和二九年一〇月一八日同控訴を取り下げたため同日同判決は確定した。然し、同判示事実中第三の抗告申立人が昭和二六年一〇月一一日午前一時頃千葉県安房郡小湊町地内通称「おせんころがし」の断崖上の国道において小林ふよのを強姦の上殺害したほか、同人の長男幸男、次女幸江を殺害し、長女幸子を殺害しようとして目的を遂げなかつたとの事実は、抗告申立人の全く関知しないことである。同申立人は当時秋田県雄勝郡西馬音内町本町下西脇マサノ方に居り、当夜は同町に隣接する沼館町内の寺田洋品店において衣類等約一五〇点を窃取し、そのうちズボン三本、ネクタイ一本および登山帽一カを自用に残して、その余は他に売り渡し、その後約一週間を経て、抗告申立人は東京都品川区西戸越銀座二丁目二八七番地のテキヤ塩野英五郎方に身を寄せ、間もなく同人方の若者本田某に右ズボン中二本と右登山帽とを貸与したが、抗告申立人はその後昭和二七年一月一六日千葉市検見川町にあつた殺人事件の嫌疑を受けて千葉警察署に逮捕され、同事件の証拠品として右ネクタイを押収された。故に同申立人は、前記判示日時には「おせんころがし」における犯行は不能の実状にあつたもので、そのことは右本田某の所持するズボンおよび登山帽ならびに右押収されたネクタイを取調べれば判明するから、その理由を以て宇都宮地方裁判所に再審の申立をしたのに、同裁判所は之を棄却する決定をしたのは不当であるから、同決定の取消を求めるため本抗告におよぶと謂うにある。
そこで本件抗告事件記録ならびに抗告申立人に関する強盗強姦殺人等被告事件(宇都宮地方裁判所昭和二八年(わ)第四〇〇号、東京高等裁判所昭和二九年(う)第三三九号)の記録を査閲するに、抗告申立人は、同主張のような強盗強姦殺人等被告事件により昭和二八年一二月二一日宇都宮地方裁判所において有罪の判決言渡を受け、之に対して東京高等裁判所に控訴を申し立てたが、昭和二九年一〇月一八日同控訴を取り下げたため右有罪判決は確定したこと、同確定判決につき抗告申立人から昭和三一年八月一六日同主張の如くズボン等の証拠調を求めるため再審の請求をしたが、同年一〇月一六日同請求は棄却されたことは孰れも明らかである。
而して右原決定の再審請求棄却の決定理由をみるに、それは抗告申立人は前記有罪の確定判決につき既に昭和三〇年七月二四日にも原裁判所(宇都宮地方裁判所)に再審の請求をなし、その理由として抗告申立人(右確定判決事件の被告人)は右判決摘示の昭和二六年一〇月一一日当時は秋田県下に居り、恰も同県平鹿郡沼館町の寺田洋品店において衣類を窃取した事実があつたのであり、此のことは西脇マサノ外一三名の証人を取り調べることにより判明する旨申し立てたが、右原裁判所は之に対し右再審請求人主張の右確定判決摘示犯行は同判決引用の証拠によつて証明十分であるのみならず、斯る主張は刑事訴訟法第四三五条第六号所定の有罪の判決を受けた者に対して無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見した場合その他法定の再審請求理由のいずれにも該当しないものとして、同請求棄却の決定をなし、之に対し抗告申立人は東京高等裁判所に対し抗告申立をしたが同年一二月一二日同抗告棄却の決定がなされた。而して、その後また申し立てられた本件再審請求の理由として主張する前記ズボン等も先の再審請求理由にいう西脇マサノ外一三名の証人と同様に刑事訴訟法第四三五条第六号所定の無罪の言渡をなすべき明らかな証拠をあらたに発見したときに該当しない。故に前の再審請求の決定があつた以上結局それと同一理由による本件再審請求は許されないものであるから刑事訴訟法第四六条後段により之を棄却すべきものなりと謂うのである。
おもうに、刑事訴訟法第四三五条第六号にいう無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したときとは、確定判決につき再審請求人申立にかかる証拠のみによつても再審裁判所をして右有罪の認定を覆して無罪の認定をなすべき理由明白なりと首肯せしめるに足る証拠にして同確定判決事件の審理中証拠調のなされざりしものが覚知された場合を指称するものと解するを相当とする。而して本件において前記有罪の確定判決事件の記録を査閲するに、同判決摘示第三の「おせんころがし」辺における被告人(本件抗告申立人)の強姦致死、殺人および殺人未遂の犯罪事実は同判決引用にかかる被告人の同事件第一審公判期日における供述、小林幸子、柴田愛子の各司法警察員および検察官に対する供述調書、第一審裁判所および司法警察員の各検証調書その他の諸証拠を綜合することにより之を認めるに十分であり、而して、むしろ被告人は右犯行後同日(昭和二六年一〇月一一日)中に千葉県より東京都を経て翌日秋田県下に赴き、その当時より意識的に右犯行当時同犯行地に居なかつたことの主張(いわゆるアリバイ)の準備的工作にかかつていたことも右記録上認められる状況にある。故に、本件抗告申立人としての主張にかかる前記ズボン等は、これらのみによつて右申立人が右確定判決摘示の右犯罪に無関係なりしものとして無罪を言い渡すべき明らかな証拠とは到底認めることができない。而して抗告申立人の主張に関しては右以外の点においても原決定上特に再審の理由となるべき廉は見出せないから、結局本件抗告申立人の本件再審請求を棄却した原決定は正当であり、之に対する本件抗告は理由がない。
(久礼田 武田 石井文)