東京高等裁判所 昭和31年(け)15号 決定 1956年8月24日
異議申立人 弁護人
被告人 小野主税
主文
本件異議の申立を棄却する。
理由
本件異議申立理由の要旨は次のとおりである。
原決定は申立人がした昭和三一年七月一日附被告人の為の保釈請求に対し、刑事訴訟法第三四三条、第三四四条の規定の趣旨に従い被告人に対する勾留はなお継続する事由があるものと認めるからこれを却下するというのであるが、右第三四三条は単に保釈された被告人が禁錮以上の刑に処する判決の宣告を受けたときは保釈の効力を失うことを定めているに止まり新たに保釈を許すことを禁じたものでないのである。又第三四四条は被告人が禁錮以上の刑に処する判決の宣告を受けた後は同法第六〇条第二項但書(勾留更新の回数の制限)及び同第八九条の所謂権利保釈の規定を適用しないと言うに止まり所謂裁量保釈の規定である同法第九〇条の適用を排除禁止するものではないのであるから原決定が右第三四三条、第三四四条を理由として保釈請求を却下したのは理由にくいちがいの存するものである。
なお禁錮以上の刑に処する判決宣告後といえども勾留更新をするには同法第六〇条第一項第一号乃至第三号の事由の存することを必要とするものであるところ、被告人には定まつた住居あり、又罪証を隠滅する疑や虞は全く存しないのであり更に、被告人が逃亡の疑や虞のないことは先に昭和三一年一月二六日勾留の執行停止決定により五日間帰宅を許された際、同年一月三一日午後八時の期限迄に前橋刑務所に復帰していることによつても明白であつて被告人には勾留を継続する必要の全く存在しないものであるから何れにしても申立人の請求を却下した原決定は不当違法のものであるからこれを取り消し更に相当の裁判を求める為本件異議申立に及ぶものである。
よつて按ずるに
刑事訴訟法三四三条は保釈された被告人が禁錮以上の刑に処する判決の宣告をうけたときは保釈は効力を失う旨定めたものであり同法第三四四条は禁錮以上の刑に処する判決の宣告があつた後は同法第六〇条第二項但書及び第八九条の所謂権利保釈の規定を適用しないという趣旨のものであることは所論のとおりである。よつて禁錮以上の刑に処する判決の宣告があつた後でも裁量による保釈を禁止するものでなく又勾留を更新継続する場合は勾留の基本原則である同法第六〇条第一項第一、二、三号の事由あることを要するものであることも亦所論のとおりである。
しかし、保釈中の被告人が禁錮以上の別に処する判決の宣告をうけたときは保釈が効力を失い、又所謂権利保釈の権利を失い更に勾留更新の回数につき制限のなくなるということは、右判決の宣告によつて被告人は一応有罪であることを推定されたので、その刑の執行を担保するという趣旨によるものと解せられるから、第一審においては保釈すれば被告人は逃亡する虞があつても所謂権利保釈の関係上刑事訴訟法第八九条の第一号乃至第六号の事由がない以上は単に逃亡の虞ありとして保釈の請求を却下することはできなかつたのであるが、被告人が禁錮以上の刑に処する判決の宣告があつた後は逃亡の虞ある丈の理由で保釈を許さないことができるのである。
刑事訴訟法第三四三条、第三四四条の趣旨に従いというのはこのことを意味するのである。
ところで被告人小野主税に対する窃盗被告事件記録を精査すれば、被告人には逃亡する疑なしとは認められないのである。被告人が先に勾留の執行停止の期限を遵守したという事実のみでは被告人には逃亡の疑ないものとは未だ確認し難いのである。
被告人に対する本件保釈請求を却下した東京高等裁判所第一〇刑事部の原決定は相当であつて、これには所論の如き理由にくいちがいの存するものでも又不当のものでもないのである。本件異議申立は理由のないものである。
よつて刑事訴訟法第四二八条、第四二六条第一項を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 石井文治)
異議申立の理由
第一、本件と刑事訴訟法第三四三条との関係
右却下決定の理由は単に刑事訴訟法第三四三条第三四四条の規定の趣旨に従い勾留継続の事由あるものと認めるからと謂うのである。然るに、同法第三四三条によれば原則的には保釈された被告人に対し其后禁錮以上の刑に処する判決の宣告が有つたときは、保釈は失効することを定めたに止まり、新たに保釈を許すことを禁じたものでないことは同条の明文自体により明白である。況んや同条第二項によれば、右判決后に保釈を許すことの可能であることを法文に於て明示して居るのであるから同条第一項を援用明記して保釈請求却下決定の理由としたことは、理由と結論の却下とが齟齬するものであり、同却下決定は不当且つ違法であるから之を取消すことが相当である。
第二、本件と刑事訴訟法第三四四条との関係
(一)前記本件却下決定は、同法第三四三条の外に同法第三四四条を援用し同条を該却下決定の根拠として居るけれども、同法は唯禁錮以上の処刑判決宣告后は同法第六〇条第二項但書及び同第八九条の所謂権利保釈の規定を適用せずと言ふに止まり、申請により之れを共鳴許容して保釈を許す所謂裁量保釈の規定たる同法第九〇条の適用を排除禁止するものでは無いのである。
又第六〇条第二項但書は、単に勾留継続の必要有るとき勾留更新が一回に限らず一ケ月毎に何回でも更新し得ることを規定したに止まり、禁錮以上の処刑判決有る場合必ず勾留を更新せよ若くは保釈を許す可からずと命じたものでは断じて無いのである。況んや特に判決後も勾留の必要有る場合に限るべきことは同条第二項本文に明示するところであり、決して無条件に勾留更新継続を強要したものでは無い。即ち、(二)勾留を更新継続するには、同法第六〇条第一項の第一、二、三号の所謂住所不定証拠隠滅の疑逃亡の疑等の何れかの事由が有ることを必要条件とするのである。之れは勾留の根本原則であることは何人も争なき事柄である。然るに、此点に付ては被告人小野主税に関する限り、嚢きに第一、二審に提出した各保釈願保釈申請書等に詳記した通り、本件被告人に就ては現在に於て刑事訴訟法第六〇条第一項の第一、二、三号の何れかの要件に該当する事由が一つも無いのである。即ち、(1) 被告人の住所が一定して居たこと(居ること)は起訴状の住所記載、第一審の勾留伏の執行停止決定書の住所記載其他各保釈願書に添附の各書類に徴して明白である。(2) 又罪証隠滅の疑や虞れのないことは、既に現在事実審たる第一、二審の審理は完了し、唯法律審とも称すべき上告審のみの段階に在り仮りに同隠滅を為さんとするも事実上不可能で何等影響力ない状態に在るから同号の事由の無いことも明らかである。(3) 又同人が逃亡の疑若くは虞れの無いことは現に嚢きに本年一月二十六日附で勾留状の執行停止決定により五日間皈宅を許された際真面目に必要用務を果し自宅に起居した上一月三十一日午后八時の期限に先んじて午后四時三十分弁護人同伴で前橋検察庁に出頭連絡の上単身前橋刑務所に到着午后五時勾留状の執行を受けた事実は一件記録上明白であり、之れは即ち被告人が逃亡の疑又は虞れ無きことを積極的具体的に現実に立証した事実に徴し非逃亡の証拠十分であります。以上述べる通り被告人には勾留を継続する必要事由は一つも存在せざるに拘らず、原決定は何等具体的事由の説明並びに以上の主張を否定すべき何等の証拠説示を為さずして弁護人の申請を概めて抽象的概括的に前記決定理由の通り単に二個の法文を摘記説明して保釈請求を却下したのは不当且つ違法である。
第三、結論
本件異議申立の法律上及事実上の理由は大体前述の通りであつて、尚被告人本人が保釈出所の上皈宅して為すべき必要処用の数々は前数回の保釈願に添附の被告人の書簡竝びに第三者作成文書等により明白であり、相当日数皈宅の必要有ることの立証とします。特に昭和三十一年一月二十六日附同年四月四日附、同月二十九日附同年七月一日附各保釈願書記載の各事情及び添附書類記載事情等を綜合御考察の上前記却下決定取消の上速かに保釈許可決定相成度し。