東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1729号 判決
先ず被控訴人大谷覚が控訴人上暮地農業協同組合主張の約束手形を振り出した事実の有無について検討するのに、証拠を綜合すれば、被控訴人大谷は昭和二七年一〇月頃控訴組合と限度を三〇万円とする手形取引の約定を結び、同被控訴人自身は右約定による取引をしたことはなかつたが、同被控訴人の義弟に当る佐藤精之助において右口座を使用し、同被控訴人の名義を以て控訴組合と手形取引をした事実があり、右取引の結果本件手形の振出日である昭和二八年一一月一日の当時において金二三万円の債務が右口座において存したこと、そこで問題は被控訴人大谷に右取引上の債務についての責任があるか否かであるが、控訴組合としてはその責任が同被控訴人にあることを明かにしておきたい関係にあつたため、右佐藤精之助に既に満期の到来していた手形の書替を要求すると共に、その書替手形には被控訴人大谷覚自身が署名することを要求するに至つたもので、本件手形振出し当日である昭和二八年一一月一日には、同被控訴人は、右佐藤及び同人と同じく控訴組合と取引関係があり、同様手形の書替を求められていた大谷美貴夫(同被控訴人の実弟)、大谷清次(同じく甥)の三人から「手形の書替をしないと組合の方で訴訟にするといつているので、是非組合に行つてくれ、ただ顔だけ貸してくれればよい」と頼まれて、同人等と同行組合事務所に至つたものであり、同所において控訴組合の理事である志村公彌から本件手形への署名を求められたものであること、右手形はまず志村において金額日附等を記入の上被控訴人大谷覚にその振出人欄への署名押印を求めたが、同被控訴人はこれを拒否して署名押印に成ぜず押問答となつたので、結局その場にいた大谷清次が記名したものであつて、その押印は志村公彌において従来から佐藤が右口座に使用していた印章を同人から受け取り、これを押捺して作成したものであり、被控訴人大谷覚は終始その場にあつたが最後まで右署名押印には反対していたことを認めることができる。
そこで右事実関係の下において、果して被控訴人大谷覚は本件手形の振出を承認していたものと認むべきか否かであるが、同被控訴人は手形の書替がせられることを知つて(むしろ手形の書替のためといつてもよいかも知れない)、組合事務所に行つたものであり、本件手形に同被控訴人の記名がせられるのを終始見ていたこと前記の通りとすれば、同被控訴人は右手形の振出を黙認していたものと認めるのが相当なるかのようではある。しかし同被控訴人が組合事務所に行つたのも、実弟大谷美貴男等に「ただ顔を貸してくれればよい」とて無理矢理連行せられた形であり、また現実、手形作成の場にあつては、終始その署名押印を拒否し続けたこと前記認定の通りである以上、前記の同被控訴人の行勤を以て本件手形の振出を黙認したものと認めることはできないのであり、同被控訴人が控訴組合理事よりの署名要求に対し「眼鏡がなくて書けない」等の言を弄した事実があつたとしても、右事実もまた、ただ同被控訴人が右言辞を以て署名拒否の辞柄としたに過ぎないものと解するのが相当である。
これと同趣旨に出でた原判決は相当であるとして、本件控訴はこれを棄却した。